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2017年1月

2017年1月30日 (月)

Longing@DAVID AZARIAN

先の投稿が「がっかりジャケットなのに中身は良かった」という話だったので、今回は「ジャケットかっこいい」アルバムの御紹介です。

LongingというアルバムでリーダーはDAVID AZARIAN(デヴィッド・アゼアリアン)というピアニストです。

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アルバムジャケットを見れば、昨日のタコボウズ(失礼)とは違って端正な顔立ちのモノクロ写真にシンプルな筆記体でのアルバム・タイトルと黄色で書かれたリーダー名のコントラストがオシャレじゃあないですか。

みるからに中の音楽もカッコ良さそう!期待してしまいます。

今回も名前をなんと読んでいいのかわからないのでどこの国の人だろうとジャケットを見回したら1983年アルメニア録音とある。

アルメニアってどこだ!?と地図を見ればカスピ海と黒海に挟まれた南北に柱のような地形の中にひしめく小国の一つで、東はアゼルバイジャン、南にイラン、西にトルコなどと複雑に国境を接するところに位置している。
独断的にいってしまうけれど、見るからに政情が不安てそうな地域でありました。

歴史をひもとけば1983年と言ったらアンドロポフが前年にソ連(まだあったんですね)の 書記長になり東欧から湧き上がる民主化の波を粛清によって引き締め、ソ連復活を目論んだ時期でありますから、そういう時代の中でこのような音楽がアルメニアで演奏されていて、しかも録音が残っているというのは驚きでもあります。

アルバムのノーツだけではあまりに情報が乏しいので早速、またまたググってみたところやはりこのヒト、デヴィッド・アエザリアンというアルメニア出身のピアニストらしい。
まあ、なに人でもいいや。中身の音楽の方を聴いてみよう!

アルバムを聴いたらまず気になったのが録音があまりよろしくないところ。
ピアノの音色は妙に軽く、ダイナミックレンジも狭い感じ。
楽器の音量バランス的にはピアノは引っ込んでしまいベースの音が前に出すぎてうるさい。さらにピアノもベースも調律がずれているように聴こえる。

こう書いたところでこのアルバムはダメアルバムなのかと思われるようですが、なんというか不思議な魅力があるんですよ。

この録音のバランスの悪さと演奏の中で時にピアノとベース、ドラムスがバラバラなことをしているように聴こえるのですが、そこからから生まれる浮遊感がなんとも心地よいという効果を生み出しているのです。

収録曲は四曲。うち二曲がスタンダードで二曲がアエザリアンのオリジナル曲。

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一曲目はオリジナル曲。
曲のテーマがピアノのシングルトーンにベースが絡んで進行していくのですが、メロは美しいのに不安定なコード進行のAメロからちょっぴり安心できるサビに入ってまた不安定なAメロに戻るちょっと変わった曲。この辺りが政情の不安定さに由来するのかどうかは別にして、妙に不安定な中でクラシカルなピアノのタッチが妙に物悲しく響き渡り、そこに少々うるさ目のベースが少し調子外れに入って混ざると妙な浮遊感が生まれて心地よく感じる。

要所にジャズ的リズムのキメを入れたり、ドラムはフォー・ビートになったり16ビートになったり変化して一体どこに行っちゃうんだろうと不安にもなるんですが、ちゃんとキメを入れるむことでを演奏全体が不安定なままにならない。
それでも何ともとりとめのない演奏であることには違いなく、ソロのメロディは決して粋でもカッコよくもなく情緒に流されるままに歌い上げているだけのような気すらするのでありますが、妙な魅力があり引きずりこまれてしまう。ヒトによってはいぶし銀のようなピアノと表現しているようでありますが・・・

このピアニストは右手の高音をキラキラさせるのが好きなようで、ソロの随所に見られるのですがこれをリチャード・クレーダーマン的と捉えるのか否かは聞き手の好みの問題かな?そういえば1982年と言ったらクレーダーマン全盛の頃じゃなかったっけ?

とにかくどの曲も素直に同じテンポで演奏し続けるということをせずに、どんどんリズムやテンポが変わっていくのだけれども、調性は整っているのでけしてフリージャズ的な響きはしていないんですよ。

二曲目のChild is Bornのテーマなどは情感たっぷりに歌いあげて美しいのだけれど、時に臭いフレーズと僕には感じてしまうものもあり、聴いている自分がこのピアノが好きなのか嫌いなのかなかなか判断できない不思議な気分に成ってくる。

曲の最後はHappy Birthdayのメロディで洒落たつもりで終わっているのだけれど、そこまでの演奏とのギャップにちょっと唐突な感じがする。

三曲目のオリジナルも一曲目に似てメロディが悲しい。
でもベースがうるさいのでその悲しさを思う存分味あわせてもらえないところにリズムの変化で次なる世界に変わっていってしまうので、つかみどころがないのであります。

四曲目のジャイアントステップスはミディアムテンポで始まり例によって叙情的ねっとりフレーズで組み上げられていき、途中から倍テンポになりコルトレーン・テンポになっていくのでありますが、ねっとりしたピアノのフレーズは変わらずジャイアントステップスという曲を演奏する時に良く行われる「渇いた疾走感」的解釈とは全く違っているところが面白い。


なんだか、サウンド全体は一聴するとクリアで渇いたヨーロピアン・ジャズのようであるのだけれど、聴きこむほどにウェットな感じを受けるという不思議なアルバムなのでありました。
何れにしても、ぼくには捉えどころのない印象が否めなく、何度も繰り返して聴けばその良さもわかるのかもしれないけれど、そういう気分にならないんですよねえ。
ジャケットはカッコイイけど中身的にはカッコ悪いジャケットのナイポンクのストレートな演奏の方がぼくは好きだなあ。

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2017年1月29日 (日)

Cookin' at the office @ NajPonk Trio

新春CDバーゲン・シリーズはさらに続き、今回はジャケ買いの話です。

ネットでCDバーゲンのページをスクロールしながら、何かいいのはないか?と物色していた時不意に現れたのがこのアルバム・ジャケット。

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タコボウズ(失礼)が薄気味悪い笑顔を浮かべているのが目に入った瞬間、戦慄が走りましたよ。その時頭の中で叫んだ言葉は「なぁ〜んじゃあ〜、こりゃあ!」

青い目の白人スキンヘッドに不敵な笑顔、着ているチェックのシャツ、全てがジャズ的ではない、いや、ぼくの中にあるジャズのイメージとは程遠い、むしろ対極にあるようなヴィジュアル。唯一ジャズらしいのは背景がバーの棚でずらりと酒瓶が並んでいるところくらいか。

本当にこれはジャズのCDなのだろうか?と一体どういう人のアルバムなのか?とミュージシャンの名前を見て次なる衝撃が走った!
Najponk trioと書かれている。Najponkってなんて発音するんだ?「ナジポンク」か?だとしたら吉本の一発ギャグのような人をおちょくった響きではあるけれど、国によってはそういうオトの名前もあるのだろう。しかしこの響きもジャズっぽくないなあ。

ということで、この非ジャズ的ジャケットを見ただけでその場はスルーし、さらに画面を下へとスクロールさせていったのでありましたが、あまりの強烈な印象が脳裏にこびりついて離れずたのアルバムをチェックすることに集中できない。

仕方ないので再度薄笑いスキンヘッドに戻り、ちょっとどういう人なのかググってみた。
すると、わたくしの受けた戦慄や衝撃は大いに的外れであったことを知る。

Najponkは「ナイポンク」という発音でチェコ人のピアニスト。2000年頃から活躍しており、スイングするピアノスタイルは人気があるらしくCDも沢山発売されているので、真面目なジャズファンの中ではすでに有名人なのであろう、ぼくの勉強不足であることが分かった。

そうなると、この薄気味悪いジャケットの中身が、ぼくの想像を裏切ってどれだけ素晴らしいのだろうか、という好奇心がぐんぐんと湧いてきてポチっちゃったのであります。

ジャケ買いといったら、本来は何かとてもジャズを感じさせる魅力的ジャケットに惹かれ、さらにミュージシャンや曲目など眺めて、その中身の演奏を自分なりに想像し期待して買うものなのでありましょうが、レコードからCDに変わってサイズが小さくなってしまって以来ジャケットの魅力も減少してしまった感もあり、ほとんどしてこなかったのだけれど、まさかこういう形でのジャケ買いをするとは思ってもみなかった。
いわば「逆ジャケ買い」というのか。初めての会見であります。


さて、数日後ワタシの手元にはタコボウズがあった。
実物のジャケットはPCのディスプレイの中ものよりもさらにその薄気味悪さが増し迫力があり目を背けたくなる。

ジャケットを裏返してCDを取り出してセットしCDプレーヤーのプレイボタンを押すと最初の音がスピーカーから飛び出してきた。

「いいじゃん!」
思わず立ち上がってしまいそうになった。

いいのである。モンクの曲 In Walked Budのテーマはまるで本当にヤク中でフラフラのバド・パウエルが「今日は調子いかんね!」とよたりながら歩いている感じがしてきて、一気にそのサウンドに引き込まれた。

スタイル的にはハード・バップ・スタイルのスウィングした演奏なのだが、なかなか気の利いたフレーズやキレの良さ、よどみないフレーズながらも嫌味がない。
「いいじゃないか!いいじゃないか!」と、曲が進むにつれどんどんその世界にのめり込んでいく。

ジャケットから受けたネガティブな印象の反動もあってかスィングしたオーソドクスなスタイルの演奏が輝いて見える、いや聴こえる!

十曲目まで一気に聴き倒して唸らされた。
これは、愛聴盤になってしまうかも。どうしよう!

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少し冷静になってアルバムの中身のことも書いておきましょう。
演奏は2015年2月チェコのLittle Glensというお店でのライブ録音。
演奏曲十曲は一曲彼のオリジナルを除いてすべてスタンダード曲ばかり。
演奏だけでなく選曲もなかなかイカしておりますぞ。

おあとは直接聴いてののお楽しみ!ということで。


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2017年1月28日 (土)

why@EVARISTO PEREZ TRIO

新春バーゲンCD爆買いシリーズ第二弾でございます。
EVARISTO PEREZ TRIOというピアノ・トリオのアルバムなのだけれど、どこを見てもメンバー名と曲目、録音スタジオのクレジットしかないので何人なのかもわからず。

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Evaristo Perez (p,fender rhodes)
Cedric Gysler(b)
Tobie Langel(ds)
Guest
Ohad Talmor (ts on 6)

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1. Tous les chats sont gris(Evaristo Perez)
2. Les moutons volants(Evaristo Perez)
3. Autmun Leaves (piano solo)(Joseph COSMA)
4. Nicole(Evaristo Perez)
5. Moose The Mooche(fender rhodes)(Charlie Parker)
6. Why(Evaristo Perez)
7. El meu Avi(trad. catalan, J.Ortega Monasterio)
8. La dernière séance(Pierre Papadiamandis)
9. Ain’ t Misbehaving(Thomas Wright “Fats” Waller)


そこで今回もググってみました。

すると、どうやらこの方はスペイン人のようでこのアルバムが自主制作によるファーストアルバムらしい。どおりでモントルーのスタジオで録音としか書いていないはずだ。

この後にも何枚かアルバムを出していて、そちらではドラムスの代わりにカホンを使っているようなのですが、ここではドラムスによるオーソドックスな編成です。

サウンドはねちこくグルーヴするのとは正反対な端正で叙情的なポロポロ・ピアノ音を美しく聴かせてくる。

曲ごとの構成にとても気を使っているのがわかって、いいアレンジが効いているためかトリオとしてのサウンドのまとまりがとても素晴らしく、見事なインパープレーを聴かせてくれます。

三曲目の枯葉はソロピアノで六曲目のタイトル曲Whyではテナー・サックスのOhad Talmorという人が入っている

このバンド、Tobie Langelという人のドラムスがいいなあ。
これまたピアノのサウンドを壊さない抑えめな太鼓ながら実に細かな気遣いが効いているというかサポートの仕方がお洒落というか、この太鼓がカホンに変わったら随分とトリオの印象も変わってしまうのではないかと思います。

五曲目ではフェンダー・ローズでパーカーの曲を弾いていますね。
フォービートでベタにはやらず出だしはえ〜っとなんていうリズム形式だったろ、忘れてしまったがアフロのような変則エイト・ビートのようなドラムスのビートでソロに入ると一気にフォービートになって突っ走るところが気持ちよい。この曲のエレピを聴くとこの方結構ハンコック的な左手の和音も使うのがわかり、自ずとサウンドも現代風でなかなかカッコイイですよ。

一転して六曲目ではしっとりとしたピアノのイントロからテナーサックスが入ってくるバラード。
チャーリー・ヘイデンの「ノクターン」を彷彿させる夜のしっとりサウンド。
サックスはあくまで抑えめにメロディーを美しく奏で、ピアノおよびバックの面々はしっとりとサポートするサウンドが心地良い。ピアノソロもいいですねえ。お酒が欲しくなる。こういうときに飲むのは度数の高いスピリッツがいいなあ。
久しぶりにフランスのパスティスが飲みたくなってきた。

七曲目はラテンリズムの曲。
この曲のドラムスのスネアの音はひょっとしたらスネアではなくカホンなのかも。という感じの音色ですね。シンバルも叩いているしハイハットも踏んでいるし音の強弱のつけ方もスティックでやっているようにも聞こえるのでカホンではないのかもしれないけど、多分この後のカホンでのトリオのサウンドはこういう感じになるんだろうなあ。
この曲では地味ながらベースもなかなかいい味を出している。
随所にラテン的リリシズムを感じさせてくれるピアノのメロも素敵。
この曲を聞いたらスペイン人というのもうなずけてきた。

それにしても、この人を初めとするヨーロッパのピアニストにはピアノのタッチの繊細な人が多いですね。うまいピアノ、いや、ピアノに限らないけれども、楽器のうまい人は音色の使い分けがうまいですね。だからこそ表現力が豊かなんだと思うのですが、ヘボサックス吹きとしては僕もこういうところを勉強しなくちゃと思わされるのでありました。

最後のファッツ・ウォーラーの曲は我が家のソニー製CDプレーヤーではうまく再生できないのが残念なのだけど、なんとか聞いてみると作曲者のようなノリノリスウィング演奏とは打って変わって抑えめの、でもスウィングしたいい演奏ありました。


なんだか通して聴いてみたら、今回の爆買いCDの中で一番の好みかも。
でもまだ14枚もあるので何が出てくるかわからない。
この後もこういう上質なジャズが出てくるといいなあ。

ちなみにカホンでのトリオがYou-Tubeにあったのでご参考に。
https://www.youtube.com/watch?v=pnPoPyoGO88

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2017年1月27日 (金)

Eno Cafe 長崎丸店@長崎丸 本牧 横浜

全国の離島をはじめとする各釣り場を流浪しては自家焙煎コーヒーを淹れて釣り人に無理矢理飲ませ、さらに無理矢理うまいと言わせて自己満足に浸るEno Cafeですが、今回はやっと地元横浜にて開店することができました。

今回開店したのは横浜は本牧の港。
ほんもく〜に〜、い〜った娘はカモメになったよ〜!
って書いてもナンノコッチャ?という読者の皆さんがほとんでしょうが、昭和四十年代にこういう曲が流行った時に、わたくしの「本牧」という地名のイメージが固定されたのでありますよ。

そこは、なにか、危ない、近づいてはならない何かのある、でも大人の香りのするアヤシイ街だと。そしてその港というのはさらに危ないとところで健全な青少年は決して立ち入ってはならない禁断の場所であると。

少年時代に植え付けられた「本牧の港」のイメージはこれまでそこの港から船に乗って釣りに出ることすらタメラワセルほどに当時としては強力なインパクトを持ってわたくしの体に突き刺さっていたのですが、一昨年、数年に一度の爆釣の日にたまたま本牧港から船に乗って釣りをして以来、そのトゲも少し抜けたようで、歳のせいもあって図々しくなったのか今回はコーヒー道具一式持参で釣りに行くという、まあ、普通の人はやらないであろうことをしてしまったのでありました。

最近はEno Cafeのおかげで釣行前日の最優先事項はコーヒーの焙煎でありまして、明日の朝一番、あそこの港で、あるいは船上で釣りを前にしてテンションを上げるにはどのようなコーヒー豆のどのような焙煎のものが良いのかと思考し、決めたら素早くこれを焙煎することが日課となりつつのであります。

ルアーは何色ががとか、リーダーの太さは、とか、仕掛けは云々(読めないソーリ大臣がいましたね)とかはさておいて、まずはコーヒー焙煎で地固するんです。

今回は本牧港は長崎丸に釣行するに望んでは、ホンジュラスのセロ・アスール農園という品種の豆を普通はやらないと思われる中煎りにて持参いたしました。

この豆のこの焙煎は絶妙のコクと酸味のバランスが売りなのであります。
これまで飲んだコーヒー数千杯、いや、もっとかもしれない、の中で、ブルマンを除いて最も美味しいと自信の持てる豆なのであります。

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この焙煎のヒントを下さった兎夢(トム)さんという方の名前にちなんで「兎夢スペシャル」と命名したのでありますが、今回訪れる船には別のトムさんであるルアー・デザイナーのトム・若林さんが一緒に乗ることになっていたので、これまたこの名前のコーヒー飲んで景気をつけて入れ喰っちゃおう!という魂胆なのであります。

午前六時、開店前から本牧の港から少し内陸にある長崎屋さんにて釣り券を購入して港へ、勇んで出かけたら港には人影らしきは無く、事務所代わりのコンテナハウスもシャッターが閉まっている。勇んで早く着きすぎてしまったのだ。そのくらい気合いも入っていたのですよ。

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しばらくしたら駐車場に人の気配がしたので車から出て行くと、知り合いの山田氏がいらっしゃった。今日ぼくがEno Cafeをやりますよ〜、と前日に連絡を取っておいたら、そのために早く来てくださったとおっしゃる。
そこまで期待されたら本気でやるっきゃないというもの、事務所が間も無くひらいたら早速お湯をいただく話をし、船の釣り座だか確保したら釣りの用意より先にコーヒー野点セットを車から取り出して、早々にEno Cafeの準備です。

一人道具を準備し事務所でコーヒーをゴリゴリしていたら山田氏が来たので写真を撮っていただいた。

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聞かれもしないコーヒー焙煎の話を問わず語りに無理やり聞かせながらゴリゴリしているとお湯も沸き、さあ、いよいよコーヒーを淹れます。

まあ、人気のない朝日の当たり始めた朝の港の静寂のなかでコーヒーを入れるというのはなかなか風情があって、コーヒーの香りが港の目を覚ませて一日が始まっていく、という静かなる高揚感がありなかなかいいものなのです。

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とりあえず三杯分のコーヒーを淹れて山田氏、長崎丸のスタッフのおじさんと三人で飲みながら、トムスペシャルを味わう。

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おそらくどなたも、出船前に本格コーヒーを飲むのは初めてのはず、口ぐちに「美味しい、缶コーヒーとは違う」とヨロコビの声を発してくださったのでぼく的にも満足したのであります。

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さらに、釣りビジョンの取材の方が近くに来たので、余り物で申し訳なかったけど飲んでいただいたら、写真をとられたので、「釣りにコーヒー・ミルを持ってくるアホなおっさん」ということでWebマガジンに掲載していただけたら嬉しなあ。

さらに、トムさんもいらしたので、トムさんに兎夢スペシャルを飲ませて、美味しいの一言をいただけば、一応本日の釣行の目的は半分達成したようなもの。
ココロの充実感は増し、初めて気持ちが釣りに向かっていくのでありました。

昨年五月に初めて以来、ほぼ毎月のようにこのような釣りをしていると、コーヒーを淹れるのも釣りの中のルーティーンのような感じになってきている気がします。

ちなみに、コーヒーを一番に飲んだ山田氏のこの日の釣りは、開始早々一投目からヒットし、連続十匹位キャッチし、さらに十数連続ヒットと神がかっており、ご本人もEno Cafe効果かな、と言ってくださったのでさらに嬉しかった。コーヒーでの景気付けが功を奏したようで。

さて、やっと地元横浜で開店することができたEno Cafe。
次回比較的近いうちに再度長崎丸さんにて違う豆でやろうと企んでいますよ。もしも、見かけた釣り師の方は気軽にお声掛けいただければコーヒーを提供しますのでぜひご参加を。


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2017年1月26日 (木)

またまたシーバス・ジギング@長崎丸 本牧横浜

東京湾でのシーバス・ジギング第二弾です。

先週行った時にお世話になった若林、山田の両氏からぼくのタックルについてアドバイスされたので、ちょっと悩んだものの思い切って竿とリールを購入し、もちろん糸も購入し気合を入れて出かけましたよ。

今回は抜かりなくコーヒー野点セットもちゃんと持って行きました。

長崎屋さんの開店前に到着して、開店と同時に受付をし少し離れた港へ車で移動。
港の事務所が開くと同時に外に出たら山田氏もすでに来ていて、エノさんのコーヒーが飲みたいので早く来ましたとおっしゃるので早速コーヒーを入れてモーニング・コーヒー。

この日は釣りビジョンさんの「オフショア・マガジン」というWebマガジンの取材があり、取材の方が出船前の情景など撮っていたのでコーヒーを差し上げて無理矢理飲ませました。

さて、コーヒーの事は他で書くとして釣りの方に話を移しましょう。

いつものように午前八時頃出船。
天気は快晴で少々冷え込むものの風はなく凪いでいるのでさほど寒さは感じられません。
潮がちょうど下げ止まり直前の時間帯なので期待されます。

船は今回もベイブリッジをくぐり横浜港に向かいます。
ベイブリッジの下からのぞき見える富士山が美しいのでカメラを引っ張り出してパチリ。

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橋をくぐったすぐ先で船は速度を落とし大きく舵を切り魚の群れを見つけた様子。
最初のポイントに入りました。水深十五メートルの浅場。このポイントがすごかった。

となりの山田くん、もとい、山田氏は投入したと思ったら人しゃくりでヒット!
なかなかのサイズのシーバス(スズキ)が上がってきました。
するとモタついて投入の遅れたぼくにもヒット!

いきなりダブル・ヒットとなり盛り上がったので、思わずそこに釣りビジョンさんもリアクションバイトしてカメラを向けられる。
二人のニコニコ顔を撮影していただいてすぐに釣り再開。

山田氏はこの後十数連続ヒット!
落とせば魚がかかるというものすごい勢いでシーバスを釣りまくる。

ぼくもそれなりにアタリがあって釣り上げていくもののそのスピードは山田氏には遠く及ばずぐんぐん差をつけられていく。
その向こう側では若林氏も次々とヒットしているようで船上は大賑わい。
このままいけば百匹釣れちゃうのではないかしらと思うほどの勢いです。


釣りをしない皆様にはこのあたりは、横浜そごう裏から出るシーバスが(こちらは船の事ですね)この辺りを通過して氷川丸に向かうコース。
こんなところで早朝シーバスが入れ喰っているなんて想像すらできないんだろうなあ。

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入れ喰いは三流しくらい続き、ぼくもツ抜け(十匹釣る事)したので、今日はいけるかも!と期待は膨らむ。

この時期、冬のシーバスは水温の低下と共に大きな群れに固まって行動するので、そのような群れに当たると入れ食いになるのですが、この群れは大きかったし魚の個体もいいサイズで活性も高いという最高の条件でした。

水深も浅いところなので手返し良く釣れたところも数が伸ばせた大きな理由ですね。
船の真下を何度かしゃくって落とすだけでド〜ン!と来るんですからたまりませんよ。

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                                                魚は移動中にリリースします

アタリが遠のいたので船は今日も運河を走り北に進みながら所々を釣って行きます。
時間的には潮止まりなので、魚の活性は低いと思われたので、良さそうな場所だけ様子を見ながら移動に時間を使おうという船長の作戦らしい。

浮標の周りやドック周りなどやりますがポツリポツリ釣れる程度で移動し、羽田空港の南側辺りでプチ入れ食いしますが魚の型は小さく今ひとつ。

この日のぼくは、新しい竿とリールの使い心地がいいので、釣りをしているだけで楽しい。それと思う一つ、この日は若林氏のデザインしたジグの名品アンチョビットの使い方を覚えたかったので、このジグの使い手である山田氏の動きを観察しながら自分も真似してやっていたので、彼と同じようにやってヒットに持ち込んだときは一つ自分の引き出しが増えるような気がしたので楽しくてたまらなかった。

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                                                         アンチョビット80g

その後、先週も行ったアクアラインの通気口のような構造物に行くもあまりパッとせず、少しやって木更津沖のタンカー周りに移動し攻めるも、ぼくの釣り座はポイントのタンカーと反対側の右舷にあったので狙いようがないということもあり、ここも今ひとつパッとしませんでした。

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船は再び通気口に戻ったら、今度は先ほどよりもよくポツリポツリと釣り上げる。
こういう状況のときは腕の差が歴然として、上手な人はポンポン釣りあげるのですが、ぼくのようなシロートは本当に時々しか釣れない。


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ここでも山田氏のジグの動かし方を真似ていたらゴン!といいアタリ。
竿がグン!と曲がったので「これはスレじゃなければでかいかも!」と期待したのですが、上がってきたのはなんと、アイナメちゃんのスレがかり。

アイナメを釣ったのは初めてだったのと、このお魚は美味しいのをよ〜く知っているので、お昼ご飯を食べて少々下がり気味だったテンションんが一気に上がりました。

さらにしばらくして、またゴン!ときたので、今度はまたスレだろうなと思っていたものの、上がってきたらなんと大きなマアジ!
これまた美味しいお魚を釣ってしまった。

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                                                アイナメにマアジを手にご機嫌

これで本日の食卓は十分とテンションは上がり切ったのですが肝心のシーバスの方が数が伸びない。

さらに移動して少し南下したところの工業用プラントの橋脚を攻め、ここではジグのフォールにいいアタリがあり竿がグ〜ンとしなったので「ついにきたか大物!」と喜んだのもつかの間、最初はググンと竿を引き込んだのがその後ビクともしなくなり根掛かりのようにリールも巻けなくなってしまった。

確かに初めは魚だったし、竿をゆっくりあおって様子を聞くと、グググっという引きがある。???魚か根掛かりか? しばらく諦めずにファイトしていたら前方にイルカが二頭現れて餌を捕食している。

一瞬イルカをかけたか?とバカなことを考えたもののそんなことはないので、引いてもダメなら押してみな、とリールのドラグを緩めて糸を出したらポロリと取れてジグを回収。
ロープのような繊維も付いていないし、あれだけ強く引いたのに針も曲がっていない。
謎だらけの根掛かり?だったのですが、気持ちは釣りよりも東京湾内で初めて見る目の前のイルカに行ってしまい、カメラを手に撮影を試みるもイルカの移動の早さに間に合わず、残念。

時刻は三時近くになっており、「あと少しで上がります」という船長のアナウンスに最後の数投を集中するもアタリなく終わり、結果は二十匹。
先週の十三匹よりは釣れたものの山田氏にはダブル・スコアの差をつけられ、腕の差を見せつけられたのでありました。


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釣りビジョンさんも朝一の入れ食いのおかげもあってか余裕の取材になったようでめでたしめでたし。

二月更新のオフショア・マガジンというWebマガジンにアップされるようなので、ひょっとしたら出てるかも。今から楽しみにしていましょう。

道具も揃えてしまったし、この先遠征の予定もないので、今シーズンはこのシーバス・ジギングに少し通ってみようと思っています。



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2017年1月23日 (月)

Pastime   Paradise@Christoph Adams Trio

このところ、本が読めるようになったと先日書きましたが、同様に音楽も耳にしっかりと入るようになってきて、ジャズを聴くのが楽しくて仕方ないのであります。

さらに最近あまり興味の湧かなかった新しいアーティストのアルバムにも興味が湧いてきたところにたまたま某通販CDサイトからメールが入り、輸入盤の捨値セールをやっているという話も先のハン・ベニンクのアルバムの時に話しましたが、あの時購入した三枚が皆良かったので、まだまだ掘り出し物がありそだぞ、と念入りに見たらあるわあるわ!面白そうなのがザクザク、しかも値段は550円とか、730円とかの激安価格。

これは買わない手はないわいと幾分逆上しつつポチって、というよりぽち、ポチ、ポチ、ポチ・・…と14連打もしてしまった。

昨日一通り聴き終えたところで面白かったのをみつくろって何回かに分けてご紹介しようというわけです。

それではトップ・バッター(古い表現だ)は・・・と。
う〜ん、どれから紹介しようか?なかなか甲乙つけがたいレベルの高さで難しいぞ!

では、まずはこれ!

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Christoph Adams Trio クリストフ・アダムストリオ、でいいのかな?

ベースはEd Schuller エド・シュラー?
ドラムスはErnst Bier エルンスト・なんだろ?バイエルさんかな?
というメンバーのピアノ・トリオであります。

1997年8月9、10の録音。場所はOn Air Recording Studioという、ベルリンのスタジオでの録音。

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勉強不足のぼくはこれまで全くノーマークだったピアニストです。
一応記事を書くにあたってググってみたらどこにも1997年デビューのベルリン出身の新人でビル・エバンス風ピアノ、という言葉しか出てこない。このアルバム以外のこのトリオの作品紹介もあまり見られなく、短期間活動したピアノ・トリオのようですね。

確かこのころはヨーロッパのピアノ・トリオが流行った時期だったような。
ライナー・ノーツを見ても妙に詩的な曲と演奏紹介しか書かれていないので私の感じたままに書くことにしましょう。

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七曲の演奏中六曲がメンバーによるオリジナルで一曲だけスティービー・ワンダーのPastime Paradiseという1976年のキー・オブ・ライフというアルバムに入っていた比較的地味な曲をアルバムタイトル曲としてやっている。

ネット情報でによると、演奏のスタイルはビル・エヴァンス風と書かれているけれど、バンドとしてのサウンドはもっと多様で新しいですね。フリージャズ的な要素もあればモンク的な音を使った曲などもある(三曲目)し。

まあ、モダンジャズ以降の新しい音使いをするピアニストでモンクの話声に影響を受けていないピアニストはほとんどいないと思うので、ここでもモンク的と言いつつもそれを自分なりに消化してよりモダンな音使いにしているところは初期のチック・コリアあたりに近い気もしますね。リッチー・バイラーク的な音使いもしています。

バンドのサウンドとしては叙情的な音数の少なめなピアノの隙間をドラムスとベースが埋めていくような80年代以降によく見られたヨーロッパ風ピアノ・トリオ・サウンドと言えるのでしょうが、ではこのトリオの魅力などこにあるのだろうか?と聴き込んで見ると、ピアノの紡ぎ出す叙情的メロディが美しいというのが一つ。その隙間を埋めるベースがヨーロッパのクラッシック叩き込み的音程の良い綺麗な音のベースで、フレージングも端正でこぎみ良い。そこにタイトで抑えめなドラムスのバランスが良く、耳あたりがすごくいいのだけれど、聴きこむと実に味わいのあるフレージングや音使い、インタープレー(古いな)が素晴らしいのでありましょう。

これって確かにビル・エヴァンス・トリオにも言えることなのでエヴァンス的という評価になるのかな?確かに五曲目などはかなりエヴァンスっぽいピアノのフレーズも飛び出すし、ソロの受け渡し方もエヴァンス・トリオのやり方を意識しているのが良くわかる。

かと思うと六曲目などはキース・ジャレット風のテーマから、まさにそれ風のソロに突入し展開していくところがあったりして、ある意味まだこのピアニストの確固たるスタイルが出来上がる前の若い時代の録音と言っていいのかもしれません。

曲によって演奏スタイルが変化するところがまだ若いバンドとも言えますし、またそこがこのアルバムの魅力にもなっているとも言えます。
この時代を代表する様々なピアニストから影響を受けつつもまだ消化しきれないでいると言った印象なのですが、サウンドとしてはとても美しくまとまっているしスイングしているし、いいアルバムに仕上がっています。

おまけ的になってしまったけれど録音もいいですね。
エコーの処理などによる音空間の作り方がいかにもヨーロッパ的な透明感があって素晴らしい。

非常に才能を感じるピアニストなので他のアルバムも聴いてみたくなりネット上をウロウロしてみたのですが、このアルバム以外は見当たらず、現在どのような活動をしているのかもわかりません。

興味があるので、引き続き探していきたいと思う次第であります。
なんだか、とても中途半端なアルバム評になってしまい申し訳御座いません。



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2017年1月22日 (日)

2017年、初シーバス・ジギング@長崎屋 本牧港

今年初のシーバスジギングです、って言っても毎シーズン一〜二回しか行かないので初っていう程のものでもないんですけれど。

でも、今回のシーバス・ジギングはぼくにとってはちょっと特別な楽しみがあったのでした。

それは毎度おなじみのソルト・ルアー・ショップ・Ebb&Flowさんの店頭で知り合った山田氏とさらにそのまたお友達でぼくにとってはシーバス・ジギングの大先生に当たるルアー・デザイナーの若林氏と一緒に釣りができるというものなのであります。

本格ジギングを初めて再来月で丸三年という初心者シロートのわたしでありますが、こういうベテランの方たちと一緒に釣りができるのは物凄く勉強になるし、新しい釣りの仲間が増えていくのは楽しくて仕方ないので、この日は是非とも皆さんに船の上で美味しいコーヒーを飲んでいただこうと、気合を入れて準備し勇んで出かけたのでありました。

港に着いてタックルを船に運んだいったら若林氏がすでに来ていた。
荷物を運び込んで、ささ、コーヒーいれよ、っと車に戻りコーヒー・タックルを取り出そうとハッチ・バックのドアを開けたら「ありゃ?」コーヒー・タックルが無い!

どうやら出がけにバタバタして忘れてきてしまった様子なのでありました。
なんだか釣りを始める前にすっかり意気消沈してしまいましたよ。
なんたって最近では釣りも楽しみますが、全国各地の釣り船もしくは船宿などで自家焙煎のコーヒーをいれて無理やりみんなにもませる快楽を覚えてしまってからというもの、こちらの方の比重がどんどん高くなってきており、今回は地元横浜でのEno Cafe開店ということで、数日変えからテンションを上げてきたというのにこの失態。

仕方ないので船に乗り込み支度をして出発を待ちます。
釣りを始める前から「仕方ない」という気分になってしまうなんて、トホホ。

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この日は前日大釣りの情報が入ったためか平日だというのに熱きシーバス・ジギング・ファンで船はなかなかの混みよう。

右舷側はすでに満席、時間ギリギリ出来た方々は左舷に回っていました。
ストラクチャー周りのポイントを攻めることの多いこの釣りは、ポイントへのアプローチが片舷に限られてしまうことも多く、反対側に釣り座を取ると不利なのでありますが、ぼくはなんとかギリギリ右舷に入れた。

山田氏もぼくの右隣に席を取り一緒に釣りができることになったのでやっと少しテンションが上がってきました。


午前八時過ぎ出船。船は凪の東京湾に出て行きます。
大海原を北上するのかと思いきや船は左に旋回しどうやら横浜港へ入っていく様子。

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ベイブリッジの真下を通り抜け港の中に入っていきます。
「こんな奥にも魚がいるんですねえ」と山田氏に聞いたら「川まで入ることもあります」とのご返事。

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橋の真下に来て写真を撮ったらなんだか懐かしいものがある。
ベイブリッジの歩行者展望台です。
最近は全く話題になりませんが、ベイブリッジができた当初1989年には大黒ふ頭PAから歩いて橋の真ん中まで来られるこの展望台は大人気だったような気がするんですが、税金と高速料金で作った施設に入場料をとるという、実に日本的常識、世界的非常識な運営の仕方に当時のぼくはビックりしたり呆れたりして完全無視していたのですが、案の定誰も行かなくなって2010年に閉鎖したとか。

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そもそも橋の下の歩道を真ん中までしか作らないなんて、橋としての機能がないし、こういうことを考えるお役所やそれにへばりついている企画会社や代理店など、庶民をバカにしているとしか思えない。
バカなのは自分たちなのに気づかないのだろうか?
こういう無駄なものに大金をかけても誰も責任を取らない日本て、素晴らしい国だなあ。
東京オリンピックもこういう施設がたくさん作られるのかと思うとまたまた気が滅入るのでありますが。

まあ、愚痴はこのくらいにして釣りを楽しみましょう。
最初のポイントはベイブリッジをくぐってすぐの所、シーバスが固まるらしいのです。

横浜港でシーバスというと港内往来している水上バスのことを言うのでそちらと勘違いしないでくださいね。ここでいうシーバスはお魚のスズキのことです。

最初の一流し、シーズン初のルアー投入に期待を込めて探ったのですが、すぐに魚の群れが通り過ぎてしまったようで小移動、船が止まり船長の合図とともに投入!

するとすぐにヒットの声が上がり、魚は活性も高そう。
今日はたくさん釣れるかも!

山田氏が間も無く釣り上げたので早速その釣り方を真似してみたらぼくも釣れた。
早くもボウズ脱出。幸先いぞ。

ここで二匹ほど釣った所で群れが消えたので移動します。
振り返るとみなとみらい地区の建物が眼前に広がる。見慣れたこの風景を海側から見るのは初めてだったのでとても新鮮な感覚にとらわれます。

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同じ風景も見る角度によって様々に形や印象が変わることは、観光ガイドに載っている写真を見て観光地に行ってみたらドオっていうことがなかった!という経験をするのも同じようなことで、観光写真は一番いいアングルから一番いい季節やお天気の日に一番いい所だけを切り取りますので、いつもその風景がそこにあるわけではないんですね。最近ではチラシなどの写真にも「写真はイメージです」などと小さく書かれている。あれです。

なんだか都会の海での釣りは景色に翻弄されて釣りの楽しみに集中できない感じですが、これもまた釣りの一つの楽しみ、普段見られないアングルから社会を見ることができるというものです。それはそれでためになるし楽しい。

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さて船は運河に入り鶴見の方向に北上しながら工業地帯のプラント周りなどのポイントを攻めていきます。この辺が都会の釣りですね。
京浜工業地帯のど真ん中の工業プラントはなかなかユニークな風貌ものもおおく、普段遠くからしか見えないものを間近に見るのは視覚的になかなか楽しく、最近では観光ツアーの船も出ているとか。


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工場周り、橋脚周りなどを攻めてポツリポツリと釣れて行くものの前日の爆釣とまではいかない雰囲気で、船長さんも魚探とにらめっこしながら魚のいる場所を探すのに苦労している様子が伝わってきました。

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「少し走ります」という船長のアナウンスで船は速度を上げ、僕らはキャビンに入り風と波しぶきから避難します。
少しウトウトとして目が覚めたら視界が開けていた。

ああ、ここは以前にも来たことがある羽田空港の着陸誘導灯のある橋の下。
見上げれば飛び立った飛行機が大空にがぐんぐんと高度を上げていく。

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橋脚周りを攻めてみるもあまり反応が芳しくないと見た船長はすぐに移動を決意したらしく、さらに北に向かって船は走り、大井埠頭を間近に出るくらいのこれまでぼくが行ったことのないくらい東京湾の奥の方まで行く。

ここでは魚の反応が良く次々と釣れるのでありますがどうにも型が小さい。
アベレージが20cm程度の小バスちゃんばかり。
それでも時折まあまあのサイズが上がることもあるのでしばらくここでやることになった。

ここでこの日は自らは釣りをせず中乗りさん的アシストをしていた若林氏から「エノさん、ブルスリムで釣ってくださいよ」と声をかけられた。となりのやまだくん、もとい、山田氏も「釣ってくださいよ」とプレッシャーをかける。

17 ゴビアス・ブルスリム80g  (若林勉氏デザイン)

ゴビアス・ブルスリムは若林氏がデザインしたジグで、ぼくが初めて見たのはもう三年近く前になる能登輪島の弾丸ブリ・ツアーの時。

当時はまだプロトタイプをテストしている段階だったのですが、テスターの岐阜の帝王が、魚探の反応は真っ赤っかになる程魚がいるのに釣れない、という、いわゆる魚が口を使わない状況の中でいとも簡単にブリを釣り上げた姿が目に焼き付いているのであります。

本格ジギングが初めてだったぼくは帝王の竿の動かし方、リールを巻くスピードなど食い入るように見ていた。その時の印象は強烈で老いぼれかけた脳裏にもきっちりと焼き付いてくれた。さらにその後長崎の遠征や玄界灘の遠征で帝王の見せてくれたブルスリムの威力はぼくにとっては憧れであり、これを使わない手はないというほど強烈な印象とこれを使いこなせば潮が動かなく、魚が口を使わない時でも釣れる、という確信を得たのでありました。

その後、このゴビアス・ブルスリムというジグが正式に発売されてからはすぐに購入し、あらゆる釣行に持ち込み、渋い、潮が緩い、という時には必ずと言っていいほどこのジグを使い少しずつ使い方を覚えていったのであります。

今ではぼくが一番信頼出来るジグになっており、渋い!と感じたらこのジグを出してそれなりの結果を出していたことをデザイナーの若林氏も山田氏もよ〜くご存知だったらしく、このジグで釣るところを見たかったらしいのであります。

ルアーのデザイナー自ら「これで釣って下さい」と言われるのはものすごく光栄であるのでありますが、一方でこんなプレッシャーも仲々ない。

今年の初場所で一敗を一人守り千秋楽に臨んだ稀勢の里の気持ちが少しわかるような気がするくらいの大きなプレッシャー。しかしここは、稀勢の里よろしく「釣りは気持ちですから」と思いましたよ。

そして、おチビちゃんながら二匹釣り上げました。

周囲の釣り師の皆さんは、割と早めにテンポよく巻き巻きしながら魚をヒットさせる中、ぼくだけあまり竿を、いや、ほとんど竿は動かさず、巻き巻きしては止める、そして、巻き巻きしてまた止める、という方法での釣りをする。

二匹目を釣った時に若林さんが言った「エノさんの釣っている魚はみんなと違う(ルアーの動きに反応する)魚ですね」という言葉がなんとなく嬉しかった。

ぼくだけ違う釣りをしているんだ。
ということは、ぼくにしか釣れない局面も有るのだと思ったのですね。
もちろん逆もあるけど。

この日の船上にはシーバス・ジギングのベテランが多く、この時期のこのポイントはこういうパターン、というふうにかなりの知識と経験に裏付けられた釣りをなさっていた。

Dsc00118b ベテラン山田氏のタックルボックス(その一部)

経験も知識もないぼくは、ポイントもパターンもわからないので、巻で釣るか、フォールで釣るか、見せて釣るか、の三パターンしか引き出しがないので、その場その場で今はどういう状況なのかというのを自分なりに判断して釣りをしているに過ぎなかったのです。

それは、巻の時は「アンチョビット」、フォールの時は「アンセスター」、見せる時は「ブルスリム」というシンプルなものなので、場所や対象魚に関係なく仙台から沖縄、西表島までこのパターンで釣りをしてきたけれどそれなりの成果があったので自分の中では自信になっているのですね。

まあ、このように持論を展開しても「巻」でも釣れる時は巻き巻きして釣る方の方が効率よくバンバン釣るので、釣果的にはぼくなどベテラン諸氏には及びもしないのでありましが、自分なりの釣りスタイルをいつの間にか身につけているということをこの日実感させられ嬉しく感じていたのでありました。

さて、船上では小シーバスちゃんを一通り釣り上げポイントを移動することに、潮のタイミングを見て一番いい場所に行こうという船長の作戦らしいのです。

羽田の北側から東京湾を横断するように走る船はアクアラインの排気口らしき構造物に到着しここを攻めます。

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なんとなくフォールに当たりそうな気配がしていたぼくが使っていたゴビアス・アンセスター(通称つちのこ)に一投目からヒット!
いい感じで竿は曲がり、思わず「今日一番のサイズ!」と声を上げてしまったものの、なんだか引き方が違う。

若林氏はこの時点ですでに解っていたようでニコニコしながらたもを持ってぼくに近づいてきた。

海面から顔を出したのはなんとエイ!

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いろいろな外道を釣ってきたけれど、この愛嬌のあるエイを釣ったのは初めてなので思わす笑みがこぼれる、のでありますが、この魚は尻尾の付け根の棘に強力な毒を持っていることも知っているので取り扱いは慎重に。

でも珍しいので写真まで撮っていただいた。

この後、他の方にも立て続けにエイが掛かってしまったのでこのポイントは移動ということになり、船はさらに東京湾を横切って千葉県寄りに進みます。

どうやら沖に停泊している大型タンカーの周りをやるらしい。

昨年来た時はシーズン終盤だったのですが、終日このタンカー周りを攻めて、回遊しているシーバスを手にすることができたので、いいポイントだということは知っていたし、潮回りもそろそろ動き出していいタイミングのようなので期待は膨らみます。

船長の狙い通りポイントに着いたらすぐに釣れ始めた。型も良い。

魚の活性も上がっているのが目に見えてわかったのでジグを「アンチョビット」に戻して巻き巻き作戦。

すぐに結果が出てこの日一番の魚を釣ることができました。

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となりの山田くん、もとい、山田氏も同じジグでどんどん釣り上げる。
この方はシーズン中、というか、一年中仕事の休みの日は東京湾に出ているのではないかというくらい、この釣りを熟知していらっしゃるベテランなので、その時のパターンを素早く見つけ出したと思うと次々と釣り上げる。


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船がタンカーを一周して戻ってきた時、山田氏の探険丸を見た若林さんがぼくに声をかけてくれた。
「エノさん、サッパ・カラーのジグありますか?」と言われてないことを告げたら、「今サッパの群れに魚が付いているのでこれを貸してあげましょう。」とサッパ・カラーのジグを貸してくださった。


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プロにアドバイスされて、しかもルアーまで貸してくれると言って断る手はないので、遠慮なくお借りして攻め続けていくとついに来ました!
快心の一匹。

でも自分一人で釣りをしていたら釣れなかった一匹でもあります。
釣り方も道具も他人頼りで釣り上げたんですから。それでもそれを信じて釣り続けたのが良かったというものです。

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山田氏はすでにこのパターンをつかんだようで、探険丸に魚影が移ってきたタイミングを逃さず、次々と狙いすましたように釣りあげていくのは圧巻だった。

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この時船の上では釣れる人と釣れない人の差がはっきり出ていたようで、やはり経験と技術、読みに裏打ちされた釣りをする人は凄いのだなあということを実感させられたのであります。

時計はすでに3時近くなっており、回遊してくる魚の活性が落ちてきたところで終了。
船は本牧港に向かい一直線に走り始めたのでありました。
キャビンに入って若林氏、山田氏と今日一日を振り返り、潮の話、魚の話、ルアーの話と話題は尽きない。


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次の潮回りで爆釣があるかもしれないのでエノさんまた来ましょうよ、と誘われて気分はすっかりシーバス・ジギングに前のめりになっていったのでありました。
次回はコーヒーも忘れないぞ!

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2017年1月21日 (土)

今、隠岐の海が熱い!!!

隠岐の海が熱い!
と書くとお相撲の話かと勘違いされる方も多いと思いますが、隠岐群島のぼく達が昨年訪れた海士町の話であります。

今回の隠岐の島遠征でとても印象的だったこと。それはとても熱い青年達(還暦のぼくからみれば)の活躍でありました。


浜吉丸の船長、梅林さんは三十代後半の青年。

昨年までは米子で料理人をやっていたらしいのでありますが、家族を連れて海士町に越してきて船長を始めたという。

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ぼく達がお世話になった時点(2016年12月)で船長歴一年と三ヶ月程の、業界的には新米船長なのかもしれないが腕は確かなのがよくわかった。

そして何よりも釣り師に魚を釣らせることに努力を惜しまない。
今回潮の状況で渋かった三日目の釣りなどでは、自分の持ちうるポイントを如何に攻めたらぼく達に魚を釣らせることができるのか、最後の一秒まで手を抜くことなくポイントを流してくださった。

後で聞いたら、「今日はあまりに釣れないので胃が痛くなりました」とおっしゃっていたらしいのでありますが、こういう熱血船長こそ、ぼく達釣り人の最も求める船長でありましょう。

船長のサービス精神はそれだけにとどまらず、釣った魚を美味しく食べられるように一匹一匹丁寧に締めては血抜きしては氷漬けにして鮮度を保ってくださった。
さらにその魚を横浜まで送る手配など、釣らせるだけでなくぼくたちが「こうして欲しいな」という事を常に先回りして対応してくれるところが素晴らしい。
サービスとは何か、ということがわかっているのである。



たったの三年ほどだけれど、ぼくは全国あちこちに釣りに行くようになって強く感じるのは、こういうサービスを分かってやってくれる船長の船ほど魚も良く釣れるということであります。何よりも釣りが何倍も楽しくなる。

昔ながらの船長の中には、船長は職人、釣らせてなんぼ、後は釣り師の腕任せ、みたいな人もたくさんいますが、ぼくから見たら遊漁船の船長というのは採ってなんぼの漁師さんと違って、お客様(釣り師)を楽しませる「サービス業」だと思うので、どれだけ釣れてもその他のサービスが出来ていない船は釣りをしていて楽しくないことが多々あるのであります。

その点、この浜吉丸さんをはじめ九州方面のカリスマ船長や沖縄方面の有名船長などは釣らせることはもとよりこのサービス精神が実に素晴らしく、その辺がカリスマなんですね。彼らの船は釣れなくても釣りを楽しむことができるのであります。

一度こういう船に出会ってしまうと、そうでない船には落胆ばかりしてしまうので、この記事を読まれている全国の船長さん、是非努力を惜しまずお客さんへのサービスとは何か?ということを真剣に考えていただきたい。と思うのであります。
サービスとはソフトウェアの問題ですのですぐにできることはいくらでもあるはずだとおもうのですが。。。


話が少々脱線してしまったので元に戻しましょう。
熱い男は浜吉丸の船長だけではなく我々の宿泊した宿にもいました。

民宿かつた荘のご主人新(しん)さんがその人。
民宿のご主人といってもいい年のおっさんが暇つぶしに経営されているわけではなく、このご主人もまた青年と呼んでいってもいいくらいの若いご主人で三十代後半。

何が熱いのかというと、この宿で出される料理が素晴らしい。

味もさることながら盛り付けもとても美しくまるで割烹旅館で食事をしているような錯覚を起こしてしまうのでありました。

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あまりに美味しいのでご主人にどこかそういう割烹などの修行をなされたのか?と尋ねてみたところ、熱い語りを聞かされることになったのであります。

 


彼はもともとこの海士町の人で、海士町のホテルか何かの厨房で働いていたのですが、ある時お客さんから「なんで隠岐の魚を出さないで冷凍の刺身を食わせるんだ!」と言われたことが人生の分かれ道になたという。

この時からこのご主人は「自分が三十代後半になる頃に隠岐の海でとれた魚で最高の料理を出す宿をやりたい」と考えるようになり実行に移す。

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彼は本土に渡り日本海側の海に面した街にある割烹料理屋や旅館を幾つか渡り歩いて修行し、いかに地元の素材を活かした美味しい料理を作るか、というのを学んだという。

数年前、修行を終えた主人は島に戻り今の民宿かつた荘を始める。
この島の人たちは口が肥えているらしく半端な料理では納得しないし、手を抜くと見抜かれてしまう、とご本人がいうような環境の中で少しずつ実績を重ねて客を増やしているらしいが、こういう美味しい宿なのでリピーターが多いらしい。

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ぼく達も実は昨年この宿を初めて訪れたEbb&Flowの店長が、隠岐のお料理は美味しいと折紙をつけて今回も予約したという次第。

期待してはるばる隠岐まで来た甲斐あって、初日の晩はクエ鍋を、二日目の晩はヨッシーさんの釣ったブリを様々な料理で味わうことができたのでありますが、これまであちこちで美味しいブリを食べたけれど、ここのブリは格段にうまかった。

脂のノリのいい冬のブリのお刺身はともすると脂がしつこくて三切れも食べたら飽きてしまうこともあるのだけれどお、ここのブリは脂がしつこくなく、且つ甘み旨みがたっぷりで、口の中にその味が広がったと思うと、そのあとも旨みが後味となって残りそれを酒で流し込んではまた食べる、というように切りなく食べられてしまうのでありました。

この時はたまたま体調が悪くアルコールを口にできなかったぼくはお刺身で三杯飯を食べて動けなくなってしまった。

素材のうまさももちろんのことでありますが、捌き方で刺身の味が変わるのであります。それが証拠にこの日に釣れたブリを横浜の自宅に送り自分で捌いたら、十分に美味しかったものの、あの宿で食べた味は再現できなかった。

刺身に限らずちょっとした小鉢や小料理にも二手間くらい余分にかけてくれており、それが美味しさとなって僕らの舌を楽しませてくれたのでありました。

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宿で料理を運んでくれたのがジャージを着た高校生だったので、君たちここの宿の子?と聞いてみたら、一人は宮城県、もう一人も関西だか四国だかから来ているというので興味が湧いていろいろ話を聞いたところ、この島では一つしかない高校に留学制度のようなものを設けていて、全国から生徒を募集しているという、子供達には島の人たちが「島親」という保護者になって面倒を見ているらしく、全国的にこの高校は人気があり倍率は五倍もあるとか!

一人の子に将来何になりたいの?と質問したら、島を出て大学で勉強し、再び島に戻って働きたいと言っていた。

あとで調べてみたら、この島はこういう高校の留学制度だけでなく海士町を再生させるための産業振興を積極的に行っており、この数年島の人口は増え続けており、全国の地方自治体から地方起こしの参考にと視察に訪れるらしいのであります。

そういうことを知ると、なるほど前出の二人の青年もこの数年間に海士町に渡ってきた人たちなのであり、その中にこのような優秀な人材が育っているということは素晴らしいことだなと感じたのでありました。


またまた話は釣りとは関係のない方向に行ってしまいましたが、とにかく、街全体がやる気になっている島というのは活気があっていいじゃないですか。
みんな生き生きとして見えるのでこちらまで元気になってくる。

旅は出会いである。と思うのですが、釣り旅でもこういういい人たちと沢山出会えるのは嬉しいことで、また会いたくなるし、この島のことがいつも自分の心の中にあるようになるのが心地よいのでありました。


今回の釣行では、このほかにも陰ながら船長と民宿の橋渡しをしてくれたもう一人の船長、平田さんという方の存在もあり、彼らがうまくタッグを組んで頑張ったら素晴らしい釣り遠征ができるのだろうな、と深く感じたのでありました。


話を釣りに戻しましょう。
隠岐の海は関東方面からオフショア・フィッシングに出かける人はまだまだ少なく、メインは関西方面の方々の磯釣りだそうなのでまだまだこれからポイント開拓の余地が十分あると考えられるのであります。

ある意味「未開の海」といってしまっても大げさではないと思われるので、これからに期待が大きく膨らみます。


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2017年1月20日 (金)

隠岐の島釣行 その五@浜吉丸 豊田港 海士町

隠岐の島釣行三日目

この日海士町の豊田港は浜吉丸の梅林船長は頭を痛そうにしていた。
と言っても頭痛がしていたわけではなく、この日、ぼくら釣り師一行は午後三時出発の渡船で七類港に帰らねばならないので、帰り支度の時間を考慮すると釣りができるのはせいぜい頑張っても午後一時くらいまでと限られているなかで一体どのポイントを攻めればいいのか。

仮に昨日よかったブリのポイントまで走ったとすると釣りをする時間が短い上に万が一そのポイントがダメだった時に逃げ場がなく全てが終わってしまう。
さらに頭の痛いことにぼくら一行には青物の大物しか興味のない人もいれば根魚しか興味のない人もいるので、そのどとらも満足させられるポイントを与えられた自然条件の中で探さなければならないという、何かややこしいパズルのような難解な要求に頭を痛めていたのであります。

前の晩から「明日はどうしようか?」と悩む船長に「両立させるポイントはなかなか無いでしょうから時間で区切って、青物、根魚と狙うのもアリですよ」という話も出ていた。

朝6時半過ぎ出船。
今日は雲が多いながらも雨はなくウネリもさほどない様子。

船はまずは昨日、一昨日とよかったポイントに向かっていく。

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真っ黒い冬の日本海をオレンジ色に染めて朝日の上がるのを見ながらキャスティング派としゃくり派に分かれて釣りを開始。

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朝日に照らされて赤く染まる島の姿は幻想的で、そういう大自然の真っ只中に身を置いて釣りができるというだけでも大きな満足感を得ながらキャストを繰り返した。


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海に出た時から梅林船長の表情がどうも暗い。
操舵しながら海面を見つめつつ「潮が良くない」と独り言のように何度もつぶやく。

確かこの日は大潮、潮が動きすぎると良くないのか?
その辺のところに疎いぼくは、潮が動いた方が動かないより良さそうなものなのに、などと思ってしまうのでありますが、船長の表情が予言していた通りに釣り始めてみると魚の反応が薄かった。


最小のキャスティイングポインントは早々に諦め移動。
次はヒラマサの回遊魚も狙いつつ根魚中心に狙ってみましょうということになり、ぼくも竿をキャスティングからベイトの根魚竿に持ち替えて、海底をネチネチと探ることにした。

今回はインチクの使い方を根魚王に教えていただこうと持ち込んだのでそれを糸に結んで投入、底の取り方やインチクの動かし方、頭のなかでどんなイメージで動かすのかなど色々ご教授いただきながら釣りをするのだが、根魚王の言葉がなかなか自分の感覚になって伝わってこないのでありました。

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まあ、簡単に言うと「下手くそだから」ということなのでありますが、しばらくやっていると、海底にインチクが当たった時の感触で地形を読んでいくというのがなんとなくわかり始めた気がしてきた。


ヨッシーさんは初日、昨日と良型のブリを連発していたためか、この日もひたすら青物狙い。大型のヒラマサを狙って一人ミヨシでキャスティングを繰り返している。
この二日間のヨッシーさんの釣果を見たらおそらく「釣れない気がしない」気分だったのではないかと察せられる。

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ポイントを移動しながら攻めていくもののなかなか反応は渋く、やはり船長の言うように「潮が良くない」様子なのでありました。

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梅林船長は悩みながらも、ここがダメならあそこ、この手がダメならあの手で、とサボることなく次々と手を尽くして我々に釣らせようとするのでありますが、一向に竿が曲がることはなく、時折曲がったと思ったらぼくの根掛かりくらいでなんとも厳しい釣りになったのであります。

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根掛かりで一つしか持ってこなかった大事なインチクを失ったぼくは、潮の悪い時はこれ!と自分の中で決めている、ゴビアス・ブルスリム80gというジグに切り替えて底付近をしゃくります。

このジグ、本来は東京湾のシーバス(スズキ)ジギング用に開発されたジグらしいのですが、初めてぼくがこのジグを見たのは、まだプロト・タイプのテストをしていた岐阜の帝王が能登輪島の舳倉島沖で激渋の中でブリを釣り上げた時のことでありまして、そのイメージが鮮明に脳裏に焼き付いている。

さらに、同じく帝王が長崎の軍艦島周りで魚探の反応に移ったタイを狙って釣り上げた時、そして種子島沖で昆虫大好き氏が次々と良型の魚を釣り上げた時などの経験から、このジグは潮が動かない時ならどんな魚にも効く、と自分の中で確信していたのであります。


実際に自分でも仙台沖でのヒラメや鹿島でのワラサなど実績も持っているのでそれなりの自信もあるのでありました。


時計は早くもお昼を回ってしまい、船長はノーフィッシュに焦り始めている様子でありましたが、釣り師一同は「こんな日もある」くらいに比較的冷静な釣りをしている。
船長はアコウ(キジハタ)のポイントを狙いましょうと、青物はある程度見切りをつけて根魚狙いにしてくれた様子。

そんな中で、底付近をしゃくっていたぼくにやっとこさアタリらしきものがあったのを感じでアワセると、何やらかかった様なのですがちっとも引かない。
何だろう?と巻き巻きしてきたらああ、小さなカサゴちゃん。

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アコウではなかったけれど、それでもなんとか魚が釣れたのでそれなりに嬉しいものです。
すかさず根魚王も、「ここは俺のポイントだ!」と言わんばかりにカサゴを上げる。

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さらに次の流しでヒット!
今日一番の竿の曲がりに一同から歓声が上がる。
一同に見つめられる中ファイトして上がってきたのは見事なアコウ。


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さすが根魚王、いるところの魚はキッチリ釣り上げてしまうからすごい。
この一匹は梅林船長にとっても嬉しい一匹だったようで、安堵の声を上げていた。

なんとか、いい魚が釣れたのでもう時間もギリギリということでこの魚を最後にストップ・フィッシング。
船は港に向かいます。

港に着いてから私の船が出るまでの時間は二時間弱。
この間にタックルの片付け、送る魚や荷物の発送準備をし、宿に帰り風呂に入って昼食を食べてと色々やることがあり慌ただしい。

片付ける人、先にお風呂に入りご飯を食べる人、とチームワークよく作業を手分けし、さらに梅林船長や平田船長、勝田荘のご主人などの絶大なる協力を得たおかげもあり、予定より少し早まった渡船の出船にも間に合いました。


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ぼくは磯への渡船というのに初めて乗るので興味津々。
船首は磯に付けられるように古タイヤで保護されていて、船内は想像していたのと全く異なり広く清潔でゆったりした座り心地のいいシートが備え付けてある。
これならフェリーより快適かもしれないと、缶ビールを開けて一杯やりながら、三日間の釣行をふりかえり頭のなかで整理したりしていたのでありました。

港を出た船は途中二箇所の磯で磯釣りのお客さんを拾い七類港に向かいます。

いつも間にか寝てしまっていたぼくが目を覚ました時には、船は七類港のすぐ近くまで来ており、二時間があっという間に過ぎてしまっていた。


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七類港で船を降りた時、磯釣りの方がいたので今日はどうだったのか?と声をかけてみた。
「完敗です」の一言を悔しさを悟られまいとするような軽い笑みを浮かべながら返してきた方に「こちらも今日はダメでした」と返しすと話が弾みはじめ、荷物を片付けながら釣り談義になる。

話を聞いたら、彼らは深夜大阪から車を飛ばして七類港まできて、渡船に乗り込み沖の磯までの移動中に寝て一日磯の上で格闘し、夕方の渡船に乗り込むや爆睡し、七類港に着くや車に乗り込み大阪へ帰る、というゼロ泊二日の弾丸磯ルアー師たちであることがわかった。

彼らの狙いは磯からの大ヒラマサで、けっこうな回数通っているという。
大阪から車で来られるのだと思うと、関西方面に住む釣り師の何人かの顔を思い浮かべ、ちょっとうらやましくなった。

なんとなく悔しいので、ぼくらの「ゼロ泊三日能登輪島弾丸ブリ釣りツアー」の話を自慢げにして、大阪からの二人にいつかまたどこかで、ブログに書くので読んでください、などと挨拶をして別れる。

冬のこの時期に三日間釣りができたのは奇跡的についているし、いいブリも一本ながら釣りあげることができ、満足のいく釣行となったのでありました。


実は後日談があり、民宿勝田荘さんで二日目の晩ご飯に初日ヨッシーさんの釣ったブリを出して頂いたらたいそう美味しく、これまで食べたどのブリよりも美味しく目をみはるほどの旨味、甘味、クセのなさに驚かされていたので、自分の釣った魚も宅急便で送ってもらい近所の仲良しとブリ・パーティをやったのでありますが、プロのさばいた魚ほどではないにせよ、このブリの味は格別なものでした。

同席した金沢の良家出身の方からも「富山の寒ブリよりも美味しい」とお褒めを頂くほどの美味しさで、手巻き寿司にしたらするするとお腹に入ってしまう。
ブリの半身近くを一時間余りで四人で平らげ満腹になったのでありました。

ということで、今回の隠岐の島釣行のお話はこれで終わりです。


ちなみに、今回の釣行はソルト・ワールド2号(Vol.122)にも四ページにわたりカラー写真付きでY店長の記事として掲載されていますので、心大きい本ブログの読者さまにおかれましては、店頭でソワソワと立ち読みなどなさらず、ご自宅にて美酒でも飲みながらゆっくりと拝読していただくことを望むものであります。



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2017年1月19日 (木)

隠岐の島釣行 その四@浜吉丸 豊田港 海士町

午前中は潮の緩かったためか青物の反応が今ひとつで、時折ジギング王がかけてはバラすというパターンになっていたのですが、お昼を周りポイントを移動したあたりから状況が変わってきました。


いつものように口火をを切るようにジギング王がヒットさせ、その変化への期待をさせてくれます。
この人が釣れば「魚はいる」、という確信ことだけは持てるのでぼくのようなへたっぴでも俄然やる気が湧いてくるというもの。

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上がってきたのは昨日に続いて丸々と太ったワラサでした。
ジギング王が使っていたのはCB ONEのG2というなんだかにょろにょろと曲がった形のジグ。この秋に発売されたばかりのこのジグで今回はたくさんの魚を掛けておられた。

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ぼくがこのジグをお店で見た時は、なんだか釣れそうだなあ、と感じたものの、新しいものを使いこなす腕が自分にはないからいいか!と購入をみ送ったジグだったのでありますが、このように目の前でたくさん釣れるのを見せつけられてしまうと後悔の念ばかりが湧き上がってくるも時すでに遅し。


それから数流し、ポイントの小移動もあったのか潮が動き始めたというのもあったようで魚の活性が上がったのが分かってきた。

ヨッシーさんがヒラマサを上げると、ここからはヒラマサ祭りの始まり。


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ぼくもヨッシーさんの後を続けとばかりにヒラマサをキャッチすることができて、ホッと一息つきました。なにせこの日の青物一匹目でしたので、やっと釣ることができたという喜びが大きい。


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ぼくのぬか喜びを横目にヨッシーさんとジギング王が今度はダブルヒット!

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潮が動けばこの隠岐の海の魚が濃いことを証明するかのように次々とヒラマサがヒットしていきます。

Y店長はここまでキャスティングの反応を見ていたのでジグはあまりしゃくっていなかったのですがさすがのこの入れ食いにジギングに転向。

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「釣るところを撮影するから早く釣って見せてください」
とぼくが冗談で言っていたら間も無くヒラマサを釣り上げてしまった。

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さらにこの日、というか、今回の釣行ではヨッシーさんが爆発!
またまたヒラマサをヒットさせる。

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船長のアシストもバッチリで誰かがヒットさせると素早くタモを持って横に立つ。
しかも、釣り上げた魚でキープするものはその場で締めて血抜きをしてくださるという気の使いよう。こういうところまでサービスしてくれる船長はなかなかいないものです。

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この頃つくづく感じるのは、梅林船長の様に遊漁船というのは「サービス業」であると言うことをちゃんと理解している船は、釣りをしていてとても快適で、魚の釣れた数や大きさ云々よりも釣りそのものを楽しくしてくれるということだ。

仙台、鹿島、東京湾、相模湾、駿河湾、能登、九州方面、沖縄とこの約三年でずいぶん釣り歩いたが、こういう船長はどこにもいるのだが絶対数はまだ少ない様に感じる。
こういうサービスの行き届いた船こそが次の時代の船釣りをリードしていくと思うし、そうでない「釣り船は釣らせておけばそれでいい」的な船はやがて消滅していくだろう。
釣り師は常により快適な釣りを求めているのであり、そのためにであればお金も使うのだから。


話がそれてしまいましたが、このヒラマサ入れ食いが三十分少々続き、全員魚をキャッチできたのでありますが、どうも今ひとつサイズが小さい。
もう少しお大物を狙おうということになり、今回の釣行でメインとなるであろう水深120mの比較的深いポイントに移動することにした。

この日のお天気は低く垂れ込めた雲がぽっかり開いたところ傘差し込む陽光が雨を降らせているところに当たると虹となりぼくらの目を楽しませてくれた。移動するたびに違う方向に虹が出て目を楽しませてくれ、くらい海と差し込む日の当たったところのコントラストや虹が幻想的な風景を作り出していた。


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移動した深場でも虹が現れ、ここではよく見ると虹の外側にもう一つ虹がぼんやり見えた。これは複虹と呼ばれる現象なのだが釣行ではしばしば見られる。

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実は普段見る虹もよくその外側を探してみると見えることが多い。

美しく幻想的な風景を楽しみながらも釣り師の心は魚に向かう。
魚探の反応を見ながら船長がこまめに流しを変えてくれる。
魚はいるのだか反応はあまり濃くない様子だった。

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このポイントで最初に振りをヒットさせたのはなんとぼくだった。

底から数十メートル、かなり上の方までジグをしゃくってきたところにいきなりガツンときた。
その手応えから魚の大きさが伝わって来る。

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「やったぜ!」と思いながらも魚の顔を見るまでは慎重にファイトする。
これまでファイト中に油断して何度悲しい目にあったことか、少しはぼくでも反省するのであります。

上がってきたのは立派なブリ。
これが釣りたかった。これを釣るためにここまで来たのだ。

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この時は普段使わないジグを使っていた。
水深に合わせてどのくらいの重さの使おうか、Y店長に相談したところ200gくらいのものがいいと言われたので、以前仙台のワラサ釣行用に買って使わずにいたジグを引っ張り出して使ったのだった。

普段の自分の釣りとは違うことをして釣れるというのも気持ちがいいもので、一つ釣りの引き出しが増えたような気がした。

魚の釣れた層やジグなどのパターンが一旦分かると他のベタラン釣り師の皆さんは次が早い。

すぐにヨッシーさんがブリをヒットさせたかと思うとジギング王も後に続く。
しかしジギング王の魚は取り込む直前で惜しくもバラしてしまった。


続いてはY店長がヒット。
使っていたジグを変えた途端にヒットしたらしい。

虹を背景にファイトするなんていうのもなかなか見られない光景で見ている方は楽しい。

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上がったのは丸々と太ったブリ。見事なプロポーションだ。


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さらにジギング王がヒットさせる。
竿が大きくしなり引き込まれたので大物かと思いきや、さほど大きくないワラサ・クラスのスレがかりだったのを見たジギング王が思わず「なんだよ!」と悔しそうに叫ぶのがぼくにはおかしかった。

さらにぼくにもバイトが二度ほどあったのだが一つは魚がかからず、ニ度目は一瞬重さが手元に感じたにもかかわらずバレてしまった。
この魚は悔しかった。

いつの間にか時計は五時を回り辺りは薄暗くなっている。
そろそろ今日の釣りも終了か、という時にまたまたヨッシーさんにヒット。
しかも大きそうな竿の曲がり具合。

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上がってきたブリは見事なプロポーション。


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それにしても、今回のヨッシーさんの爆発は凄かった。
隠岐の海のポテンシャルもすごい。このポイントはもっといい時はブリに混じっていいサイズのヒラマサも混じるというのだ。
この日は薄い反応でありながらもこれだけの釣果なのだから群の濃い時には一体どんな釣りができるのか、と想像するとワクワクしてしまう。

さて、釣りの方はこの魚を最後に時間切れとなりストップ・フィッシング。

薄暗くなる海の上を港に向かい走り始めた船は間も無く闇の中に吸い込まれていく。
暗闇の中に時折光る灯台の明かりを見ながら今日一日を振り返り、心地よい疲れに身を委ねると、いつの間にかウトウトと寝入っていたのでありました。


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2017年1月17日 (火)

隠岐の島釣行 その三@浜吉丸 豊田港 海士町

隠岐の島遠征釣行三日目は雨音で目がさめる。
暗い中雨音だけが聞こえるというのはなんとも憂鬱な気分で「釣りに行くぞ!」という気分をすっかり萎えさせてくれる。

6時過ぎに浜吉丸の船長が宿まで迎えに来てくれた頃には雨は小降りになていたものの、港について出発の支度をしようとしたらまたまた激しく降り始めた。

雨に濡れて釣りの支度をするというのはなんとも嫌なもので、同じ濡れるのでも釣りをしている途中で雨が降ってきて濡れるぶんにはかなりのところまで耐えられるのでありますが、釣り始める前にいきなり濡れるところから始まるというのは耐え難いものがあるのでした。

一同の意見で少し天気の様子を見ようということになり港近くの浜吉丸さん経営の民宿に上がり込みコーヒーを飲んで寛ぐことにしました。

コーヒーを飲んでる間も船長としては朝一番の一番いい時間をのんびりとコーヒーを飲んで過ごす我々の行動に気を持たせられているご様子。さらにそこの仲間の船長から「釣れている」だの「まだ出ないのか?」だのと電話が入るものだから船長のそわそわ係数はぐんぐん上がりメーターを振り切ろうか、というところで一同コーヒーを飲み終え一服したところに雨音も聞こえなくなったのでようやく出発となりました。

ということで午前8時出船。
朝一は昨日の夕方よかったポイントへ一直線。
走る船に揺られながら海を見ていると、今日は昨日ほどうねりもなくいくらか釣りがしやすい様子でした。

ポイントに到着するといつもの様にジギング、根魚、キャスティングに分かれて釣りを始めます。
通常の遠征などではキャスティングメイン、ジギングメインと釣り方を決めて釣りをするのが一般的な様なのでありますが、我らエブフロ・ツアーは投げる人としゃくり人が常に混在するのが特徴な様で、このことはこのツアーでしか遠征を知らないぼくにとっては当たり前のことの様に思っていたのですが、最近になって他のツアーではあまり見られないらしいということを知ったのであります。

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最初のポイントでは昨日ワラサをキャスティングで釣った実績やY店長に大きいヒラマサらしき魚が出たこともあったのでぼくもキャスティングで勝負に出ました。

隣でキャストしていたY店長に早速バイトがあったらしいのですが乗ることなく終わってしまいました。
どうも、昨日に続いて今日も魚の食いが浅い様子です。


この日の天気は雲間から時折冬の確度の低い陽が差し、陽の当たったところと陽の当たらない周りの暗い風景がくっきりとしたコントラストを醸し出すなんとも寒々しい風景でありました。

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冬の日本海で釣りをするというのは、玄界灘を除いては初めての経験なのでありますが、かつて仕事で訪れた真冬の富山で真っ暗な空と同じく境界線もないままに暗い海と雪で真っ白な岸側との白と黒のみの見事な二色だけの世界を見た時に感じた日本海の海の厳しさを思い出しながら釣りをするのでありました。


さて、その様な寒々しい風景を吹き飛ばすかのごとく開始早々ヒットしたのは根魚王。
いいサイズのアコウ(キジハタ)にしてやったりという笑顔であります。

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この方は根魚以外にはあまり興味がなく、今回の釣りでもハタ類を大量に確保することを目標にいらしていた様子なので、この出だしの一匹は目標達成への景気付けとなったのであります。

何度か流し変えてみたものの、キャスティング、ジギングともに反応が今ひとつないので場所を移動します。


15分ほど走った水新50mくらいのところを攻めることになりました。
最初のポイントのキャスティングで早くも体力的にしんどくなてしまった私はベイト竿に持ち替えてジギング、それも根魚中心に狙うことにしました。


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移動後のポイントも魚の反応は渋くなかなか当たりが出ません。
船長は魚探の反応を見ては流し変えてポイントを丁寧に攻めるのですが結果がなかなか出ないのに辛そうなご様子。

午前10時を過ぎた当たりで根魚王にヒット。

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この秋発売されたゴビアス・アンセスターの150gを見事に使いこなして釣り上げます。
ぼくも今回はこのジグを何本か持ってきたのですが、このポイントは根がきつい感じがしたので、ジグを根掛かりで失うのが怖く、また同時にインチクの使い方を根魚王に教わろうということもあってインチクで底のあたりをネチネチ攻めたのでありました。

根魚王が次々とカサゴなどを取り上げるのを横目で見ながら竿の動かし方など真似してみるのですが、底を取るのが精一杯でインチクのアクションまで気が回らない。

とにかく、一瞬でも気を抜いたらジグが根掛かりしてしまうので、常にそこの地形の変化を予測し集中しながら竿をさばかなければならないというのは非常に疲れるもので、こういう釣りを一日中、いや遠征の間三日間も続けている根魚王の集中力の高さに感心させられるのでありました。

感心されられながらもインチクで粘ること一時間余、なんだかモワッと重くなったのでアタリかな?と軽く合わせてみたものの魚の気配はしない。
でも巻き上げてくると何か付いているようでわずかに重く感じる。

どうせ海草か何かがくっついているんだろうと巻き巻きしてきたら、あら、なんだかお魚が付いている。でもインチクと大きさが変わらないくらい小さい。

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船長に「ベラですよ」と言われてよく見たらたしかに口の形といい尻尾といいベラちゃんでした。

一方ほぼ同時にヒットしたヨッシーさんはグイグイと竿が絞り込まれいいサイズの魚が付いているご様子。
なんだろう、いいなあ。と羨ましげに見ていたらアコウのいいサイズが上がってきた。

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この後も引き続きインチクでネチネチ攻めるも集中力の欠如かY店長の陰謀的超キツイ根周りを流されたのか、根がかってしまいインチクをロスト!

折れそうになる心をなんとか奮い立たせて、今度はゴビアス・アンセスター150gで根魚王の真似をして攻めたら間も無くこれも根がかりでロスト。
すっかり心は折れて、もう根魚はいいや!と一時釣りを中止して風景などの写真を撮って折れた心を癒すのでありました。

その後はアタリらしいアタリもなく、ちょうど潮止まりなのか魚の活性があまり良くないようで船上全体が静まり返ってしまった感じになってしまった。

こういうときにきっちり仕事をするのが根魚王で、さらりと狙い通りアコウを釣り上げている。

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船長によれば、根魚的には季節的にほんのわずかだけ今回の釣行は遅かったようで、もう数日早ければもっとたくさん釣れたと思うのにということでしたが、ヘボのぼくとは違い王様およびヨッシーさんはきっちり結果を出しているのでした。

時計は昼を周り、魚の反応もないのでお昼を食べてちょっとのんびりした感じになたのでありますが次に移動したポイントで状況は劇的に変わるのであります。



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2017年1月16日 (月)

隠岐の島釣行 その二@浜吉丸 豊田港 海士町

2016年、僕にとっては今年最後の釣りになりそうな隠岐の島遠征。

初日、時化の海をなんとか島まで移動したところ、午後になり波が収まったので急遽出船し期待通りに根魚王とヨッシーさんがいいのを釣ったところまでが前回のお話し。


船は流しを変えながらポイントをじっくり攻めていきます。

ジギング王、ヨッシーさん、ぼくはジギング。根魚王はもちろん根魚狙い。

一人ミヨシでキャスティングをしていたのがY店長。
この辺りはいいサイズのヒラマサが出るらしいのであります。水深は50m程。

青物を最初に釣り上げたのはいつもの通りジギング王。
この人が釣れない時は魚がいないのではないかと思うくらい、魚がいれば必ず釣り上げるのがジギング王。
上がってきたのはお腹がパンパンに膨れたワラサクラスのブリ。

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そして、またまた次の流しでジギング王にヒット。
流し帰るたびにヒットさせるジギング王に船長が驚きの声を上げる。

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上がってきたのはまたまたメタボ、サイズ・アップのお腹でっぷりのブリです。ジギング王的にはこのサイズでは納得がいかないらしく極めてクールに釣りを続けている。

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ぼくとしてはジギング王にたて続けに釣られて少し焦る気持ちもあるのだけれど、ぼくの釣りは釣れている人の真似をして釣る程度のシロートのレベルなのでいつもスロースターターにならざるを得ないことも承知しながらしゃくり続けます。

ミヨシの店長にも反応があったようで魚の気配は十分。
あとは腕次第なのか?という展開。

次の流しではいつの間にか竿を持ち替えて青物狙いをしていたヨッシーさんにヒット。
これもまたまたお腹がでっぷりとしたワラサクラス。

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いいなあ、みんな釣れて。次こそはぼくも。
などと思いながらしゃくるもののぼくのジグには全く反応はなく、いろいろしゃくり方を変えてみたり、ジグを変えてみたりする。

間も無く今度はキャスティングしていたY店長と船長が同時に「あ〜っ!」という呻きとも叫びともつかない声をあげた。
何事かと思ったらそうやらいいサイズのヒラマサらしきバイトがあったようだ。店長によれば、一瞬竿に重さを感じたらしいのだけれど針にはかからず日頃クールな店長が珍しく悔しがっている。

それを見ていたヨッシーさんがジグをしゃくるのをやめてミヨシに立ちキャストしたら一投目であっさりヒット!

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こちらはいいサイズのようでドラグを鳴らしながら魚は走る走る!
ミヨシを右に左に引き回しながらファイトする様子を見てだれもがいいサイズの魚であることに確信を持ちます。

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数分のファイトで上がってきたのは見事な魚体のブリ。
ヨッシーさん初日からお見事!
これは宿に持ち帰って明日にでも料理してもらおうということになりました。

ヨッシーさん根魚、ジギング、キャスティングと釣り方を変えるたびに釣り上げている。なんだかすることが全部ハマっている。こういう時のヨッシーさんがすごいのは昨年の男女群島でのカンパチ一人入れ食いでも見せつけられている。

根魚王もそんな青物師達を横目で見ながら根魚を黙々と釣り上げていく。
いつもの光景であります。

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あたりは日も落ちて薄暗くなり始め、今日の釣りも残り時間が少なそうな感じ。

さすがのスロー・スターターのぼくも、もう時間切れになっちゃうので焦り始めたところにヨッシーさんのブリを見せられたら我慢できなくなってキャスティングに変更します。

船長から小さめで細長いルアーがいい、というアドバイスをいただいたので「タンゲーラ」をキャスト。

ふた流し目くらいの数投目、ルアーにアクションをつけていたら急に重くなった。
しかし、水面が炸裂するでもなく強烈な引き込みがあるでもなくなんだか重いなあ、という程度の感触。

それでも巻いていたらグイグイ引き始めたので「おお!これは魚だ」とやっときた一匹に安心しつつも慎重に取り込みなんとかボーズは脱出。

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これもお腹がパンパンのワラサでしたがあまりに小さいのでリリース。

この時すでに午後5時近くになっていましたが、熱血船長は店長の乗せそこねた大ヒラマサよもう一度!とばかりに流し変えて攻めていくます。

釣り師一同もこの船長の熱い気持ちに応えるべくジギングにキャスティングに集中するのでしたが、午後5時を過ぎてあたりが暗くなったところでさすがに危険なのでこの日の調査的な釣りはおしまい。港に向かったのでありました。

短時間ながらも、魚の群れが入ってきていることやルアーに反応することがわかっただけでも収穫は大きいと船長。

明日からの釣りのプランに大いに参考になったということで、短時間ながらも十分意義のある釣りになりました。

宿に帰り冷えた体を風呂で温まったところで今回お世話になる平田、梅林量船長を招いての食事となりました。

美味しいお料理に舌鼓を打ちつつ、明日からの釣りのプランや釣れた魚の発送方法などについて詰めていきます。

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梅林船長によれば、普段は七類港からの磯渡しによる磯釣りのお客さんや、関西方面からのお客さんが多く、飛行機で関東から釣りに来た釣り師を乗せるのは初めてなようで、いろいろと慣れないこともあるらしいのですが、ぼくたちの要望に熱心に耳を傾けてくださり明日以降の釣りのプランを考えてくださるとのことでした。



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2017年1月15日 (日)

隠岐の島釣行 その一@浜吉丸 豊田港 海士町

冬の日本海というと「荒れた大海原」「砕ける大波」「真っ暗な空、凍てつく海」と言ったようなイメージが浮かんでしまうのは演歌の世界からなのでしょうか、それはとても厳しい自然の中にある、近寄りがたいもののように思っていたのであります。

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いつもの釣り遠征を企画してくださるソルト・ルアー・ショップのEbb&Flowさんから、「12月に隠岐の島に行きましょうよ」と誘われた時も、「冬の日本海かあ、寒そうだなあ、荒れそうだなあ」と思いながらも、山陰地方の日本海はまだきちんと見たことがなかったので一度行きたいという思いが強く、「行きます行きます」と例のごとく調子よく返事をしたのでありました。

ところが、案の定釣行一週間前になってお天気の週間予報がでたら釣行予定の三日とも時化の予報。ありゃあ、やっぱり冬の日本海は厳しいか・・・と思いつつも、冬の天気だからまだまだ変わるに違いない、直前まで諦めろのはやめよう、と思っていたところ、釣行三日前頃から天気予報が好転し始め、二日前の予報ではなんだか三日間出られそうな感じになってきた。

今回の行程は、まず夕方の便で羽田を飛び立ち出雲空港へ向かい宍道湖畔の松江に前泊、当日早朝に松江から七類港に移動しそこから磯釣りの渡し舟に乗って隠岐の海士町(あまちょう)という島に向かい、そこから釣り船をチャーターして島泊まりで三日の釣行というものです。

ところが、島に渡る日前日になり海が時化に転じてしまい、早朝の渡し舟で島に渡るのは困難になてしまい、多少の波なら出航する大型のフェリーで海士町の北西部にある菱浦港に上陸し、そこにお迎えに来ていただいて釣りをしようという作戦に変更したのでありました。

よって、フェリーは早朝4時に出発ということはあり得ないので、朝はゆっくりの出発で、9時半に七類港を立って、知夫村の来居港、西ノ島の別府港を経由しお昼ちょっと前に海士町の菱浦港に到着の運びとなりました。

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すでにお気付きのことと思われますが、隠岐諸島は島後と呼ばれる「隠岐の島町」と島前と呼ばれる「海士町」「西ノ島町」「知夫村」の合計四つの島からなる諸島なのであります。

実は不勉強なぼくはこのことを知らずに出かけて行き、フェリー乗り場で観光案内地図を見て初めて知ったというお粗末な話なのです。

ともあれ、この島の周りは複雑な地形や大小の岩礁や小島も点在し釣魚の宝庫なのでありましょう、「行けさえすれば釣れます!」というY店長の悪魔のささやきに性懲りも無く乗せられ、気付いた時には港でフェリーから降りていたという顛末。

フェリーには昨年エブフロ・ツアーがお世話になった平田船長がお迎えに来てくださり、今回お世話になることになっている浜吉丸の船長である梅林さんを紹介していただく。
挨拶を簡単にすませるとまずは腹ごしらえでも、と港の目の前にある隠岐牛の焼き肉屋さんに案内されたのでありました。

この時点ではこの日は時化なので島までの移動だけで釣りはできないであろうという判断だったので、昼から生ビールなど注文して気分はすっかり観光ムードに浸りながら、隠岐牛の霜降り肉をハフハフ言いながら食べつつ、午後はどうして過ごそうか?などど作戦会議をしたのであります。

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食事が終わるとすることもなくなり、とりあえず道具は船に積み込んで明日の朝はすぐに出られるようにしておこう、という話にきまり、食後再び迎えに来てくださった浜吉丸船長の車に乗り、島の東側にある小さな浜まで移動、事前に送っておいた大量の釣竿と釣り具類を取り出して、リールを竿にセットし船に積み込んでおくことになったあたりで話が変わってきた。

この時点ですでに時計は午後2時を回っていたのでありますが、船長が波がだいぶ落ち着いてきたので港から10分ほど走ったとこをでなら釣りができるという。

それでも、今更出かけて1時間かそこいらやったところで疲れるだけなので、今日は荷物を積むだけに、などと消極的なことを言っていたら、「皆さんが行かなくてもぼくだけでも様子を見に行こうかと思っている」と言う話を船長がするものだから、それなら一緒にいいかない手はない、ということで決着し、そうとなったらサクッと支度して出かけましょう、とサクサクと一同準備にかかり午後3時前には港を出たのでありました。

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今回の釣行メンバーはジギング王、根魚王、ヨッシーさん、Y店長、ぼくの5名。
10月の西表島のメンバーから岐阜の帝王が抜けただけの同じ顔ぶれなのでありました。

というのも、この釣行の話が出たのは10月21日の鳥取中部地震の際に、昨年お世話になった平田船長宛にY店長が電話したところから急遽決まった遠征なので、比較的「急遽」に対応しやすいメンバーが集まったらこの顔ぶれになったということなのでした。

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さて、港を出た船は波に揺られ、港の目の前にある松島という島との間を通り抜けて進んでいきます。うねりはまだ残っており船は大きく揺れながらもぐんぐんと力強く進んでいくのでありました。

15分ほど走ったあたりで速度を落とし最初んポイントへ入ります。
初めての場所で釣りをする時というのは自ずと期待は大きく膨らむもの。
「出られれば釣れます」というY店長の言葉を信じたぼくは、大きなヒラマサを一本、美味しい根魚を数匹キャッチする、というのを今回の目標に掲げて出かけてきたのであります。

まずはジギングとキャスティングに分かれて青物狙い。根魚王はいつものように根魚をひたすら狙うということで釣り開始です。

水深50メートルくらいのところで開始し、二流し目くらいでいつものお決まりごとのように根魚王にヒット!
う〜んさすがだなあ、と思って見ていたらヨッシーさんにもヒット!

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上がってきたのはいいサイズのボッコです。
話に聞いていた通りやはり根魚は豊富なようで、いきなりのダブルヒット。
青物ジギングをしていたぼくもますます期待が膨らんでくるのでありました。

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2017年1月12日 (木)

マイルス・デイヴィスの真実

釣り師の皆さんごめんなさい。
釣りに行けないのでイン・ドア生活が続くため今回もジャズのお話です。


先月、本が読めるようになった話の時にも今読んでいる本として書いた小川隆夫著の「マイルス・デイヴィスの真実」という本を読み終えました。

 

七百ページ近い分厚い本を読みきったのはいったい何十年ぶりのことか。でも、今あるのは読後の達成感よりもこの本がとても面白くて紹介しないではいられないので、書評的なものは本ブログでは初と思われるがここに書くことにした。

こん本は確か2002年に初版が出ていて、その時も興味があったのだけれど仕事が超多忙だったために本を読む余裕が全くないままに忘れ去っていたのでありますが、先月、たまたま入った本屋さんに文庫本として昨年10月に再発売されたばかりのものがあるのを見つけて即購入し読み始めたという次第。

内容はマイルス・デイヴィスというミュージシャンの一生とその音楽を、多くの関係者の証言を中心に構成しながらも、記憶というある種曖昧な事実の認識をレコーディングやメディアの記事などにある記録、そして過去に発行されているマイルスの自伝的書物なに書かれたものなどから検証されているところがこれまでのマイルス本と決定的に違うところで、本のタイトルにある「真実」の言葉が示すように、より、マイルス・デイヴィスというミュージシャンの生の姿に迫っているドキュメンタリー本といえましょう。

この本は文庫本では昨年10月末に発売されたばかりで、たまたま本屋で出会って初版本を買ったのですが、今回の文庫本化に際して2002年以降にわかった事実を加筆しての文庫本化なので、先の初版本を読んでいない私にはどの程度の違いがあるのかは分からないものの、本の内容的には最新かつ最も情報量の多いマイルス本になっているといえましょう。


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この本を読む直前に中山康樹著の「マイルスとコルトレーン」という本を読んだため、私の興味がその二人の時代にすっかりあったので、本を読み始める時に初めから読まずにちょうどコルトレーンと出会う頃の1950年代から読み始めて最後まで読み進めるという、イレギュラーな本の読み方をしてしまったのですが、小説などと違いぼくにとってこの本は歴史的資料的な意味合いを持つので特に問題なかった。
と、同時に、マイルスの音楽自体が確立されていったのが同じく1950年代半ば頃であり、私の好きなマイルスの音楽もその時代からが中心だったので、それまでの時代は言わばオマケ的印象もあったし、ある程度の知識は1990年に発売されたマイルスの自伝、クインシー・トループ著の「マイルス」でも読んでいたので、大体の内容は想像できるな、と、ある意味知ったかぶりしていたのであります。

以前の本ブログにも書いたように、この本ではマイルスが自分の音楽をどのように発展させていったかを、周辺ミュージシャンの記憶、レコーディングの記録、そして残されたレコードの内容からひもといており、これだけマイルスの音楽について語られている本はこれまでなかったのではないかと思います。

これまでのジャズ本は事実の列挙とミュージシャンの話す記憶に頼りすぎていた感があるのですが、この本では常にその双方を検証しながら構成されているので「歴史的事実」への信用度がとても高く感じられます。


何よりも素晴らしいのは、この本に書かれているレコーディングの様子の話などを読みながら実際にそのアルバムを聴くとこれまで聴いていたマイルスとは違った新たな発見があること。

マイルス・デイヴィスはぼくの一番好きなミュージ・シャンなので彼の正規盤についてはほとんどのアルバムを持っているのですが、これらの言わば聴き飽きるほど聞いたつもりのサウンドが、この本を読むことで新たな輝きを持って聴こえてくるところが驚きでもあります。

本を読むことでそのミュージシャンのサウンドが違って聴こえるという体験はこれまで無かった気がしますし、いったい、今まで自分が聴いていたマイルスの音は何だったんだろうと思えるほど新鮮にサウンドが響いてくる。
本を全て読み終えてみて分かったことは、自分の中のマイルスでも1950年代後半のコルトレーンとのバンドを作ったあたりから1981年の復活した「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」というアルバムあたりまではしっかり聴き込んでいたので、本に書いてある内容が同時に頭の中でサウンドとして鳴り出し、あえて聴き直すことも無かったのですが、それ以外の時代は自分では「好き」と思っていたほど聴き込んでいなかったことがバレてしまった。


最も聴くのをサボっていたいたアルバムが 「クールの誕生」というアルバムで、このアルバムを本を読みながら聴きなおしてみたらそのサウンドの素晴らしさが際立って耳に飛び込んできて、それと同時にその後のマイルスやアレンジャーのギル・エヴァンス、バリトン・サックス・プレーヤーのジェリー・マリガンのサウンドもこれまで頭にあった彼らのサウンドの響きの原点的なものを知ることができた。

マイルスのサウンドに限らず、その周辺のミュージシャンの音楽の元にあるもので知ることができたことで、いままで自分の頭の中にあった「ジャズのサウンドの発展」にある隙間がどんどん埋められていくのがわかり楽しくてしょうがない。
そのほかにもチャーリー・パーカーとマイルスの関係が非常に細かく事実に基づき書かれているので、マイルスだけでなくパーカーのこともこれまで自分の中にあった空白の部分がたくさんあったところが埋められたし、ビバップ、ウェストコースト・ジャズ、ハード・バップと発展するジャズの流れやそこにマイルスがどのように関わったのかもよくわかり、マイルス史のみならずこの時代のジャズ史が新鮮なほど明らかにされているところが素晴らしい。

個人的にはレスター・ヤングなどの中間派以前のジャズについては、その音楽そのものがあまり深く興味はないのだけれど、その時代のミュージシャンから影響を受けたマイルスがどのように新しいサウンドを発展させていったのかも書かれており非常に勉強になりました。

これまで、ジャズの本は随分たくさん読んできたけれど、これだけ音楽・サウンドの変化とミュージシャンの思いを体系的かつ事実に忠実に記すことに努力を払った本は無かったと思うのであります。

昨今のジャズ・シーンをぼくなりに眺めてみると、いまの若い人は「ジャズが好き」という割には過去のミュージシャンを勉強していない気がする、というより、ジャズは勉強するものでなくファッションとして聞き流すもの、おしゃれなライフスタイルのひとつとして演奏するものに変わってしまった感すらある。

先日、あるライブ・ハウスでリハーサルを終えた若いミュージシャンが店のマスターにウェス・モンゴメリーの有名な演奏を聞かされて「初めて聞く」「あ、これ聞いたことある」という声を発したのを聞いた時、時代は変わってしまったことを強く感じさせられてしまいました。

かつてぼくがジャズを聴き始めた1970年代にプロのミュージシャンがこんなこと言ったら鼻にもかけられ無かったんじゃないかな。

話がそれてしまいましたね。
ぼくが言いたかったのは、若い人がこういう本を読んで、ユーチューブでもいいから音楽をたくさん聴き込んでくれたら今のジャズ界の閉塞的・危機的状況は変わっていくのではないかなあという気にさせられたのであります。


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2017年1月 7日 (土)

HOME SAFELY @HAN BENNINK CURTIS CLARK ERNST GLERUM

年末にひょんなことから出会ったジャズ・アルバムがとても気に入ってしまったのでご紹介しようと思う。

実はこの二年ほどジャズを聴くのがあまり楽しくなっていて、新譜のアルバムを探したりすることもなく、また最近のミュージシャンにも興味が行かなくなってしまっていたのでリスナー的にはサボっていた期間が続いていたのでありました。

ところが、最近本が読めるようになったことにも起因するのか新しいモノにすこし興味が湧いてきた。ちょうどそんな時にHMVのオンライン・ショップでやっていた輸入盤特価セールで見つけたのがこのアルバム。

Dsc00004b

HOME SAFELYというアルバムでメンバーは

ハン・ベニンク (ds)
カーティス・クラーク(p)
 エルンスト・グレールム(bs)

によるピアノトリオです。

Dsc00002b

最初目に入ったのはドラムスのハン・ベニンクの名前でした。
この人についてはエリック・ドルフィーの「ラスト・デイト」というアルバムのドラムスで70年代後半から80年代にはサックスのペーター・ブロッツマンと激しいフリー・ジャズをやっていたというくらいの知識しかなかったので、ピアノトリオのドラムスでこの名前を見た時に期待と不安が同時に湧き上がりました。

期待、というのはひょっとしてフリー・ジャズではないフォービートを叩いているのかもしれないということ。不安というのはこのアルバムがフリージャズのアルバムであること。

誤解のないように付け加えますと、ぼくはハン・ベニンクの演奏するフリージャズが大好きで先出のブロッツマンとのデュオなど何枚か保有しており時々引っ張り出しては大音量でならしご近所さんに多大な迷惑をかけつつも気分はクリエイティブ的に高揚する、ということをこれまでしてまいりました。しかしながら今回、このタイミンでははフリージャズを聴く気分ではなかったのでこう書いた次第でございます。

ジャケットのモノクロ写真がチープな感じもしたのでマイナーレーベルから出ているフリーモノかなあと思いつつも800円しないお値段が付いていたので好奇心に負けて買っちゃいました。

さて、数日後到着したので早速聞いてみたところ、結果は期待どおりのいい方に転んでくれていてフォー・ビートのジャズだったんですね。

1994年1月アムステルダムで録音、 オランダのFAVORITEというレーベルから2004年に発売されていたもので収録されている12曲は全てピアノのカーティス・クラーク(CURTIS CLARK)のオリジナル 。

このカーティス・クラークさん、最初は新人のヨーロッパ人かと思ったのですが、アルバムの写真を見たらいかにもアメリカの黒人ジャズのおっさんという風貌だったのでちょっとググってみた。

しかしながら、出てくるのは同名のアメリカ人映画監督の情報ばかり。そんな中に混じって出てきた幾つかの情報を集めてみると、名門スピリチュアル・レーベルNIMBUSの看板ピアニスト(ディスクユニオンCD紹介より)と書かれていたのでスピリチュアル・レーベルって何じゃいな?と調べたら、ストラタ・イーストやブラック・ジャズといった僕的には魂のこもった濃いジャズのアルバムを多く出すレーベルということらしいのでなんとなく雰囲気が伝わってきた。ピアノトリオ以外にはジョン・チカイ(as)との共演アルバムなどもあることからこのレーベルでは濃い演奏をしておるのだろうなと勝手に推測してみました。間違っていたらごめんなさいね。

ところがこのアルバムでは、そういうアメリカの中でもスピリチュアルなジャズをやっている方のピアノ演奏とは全く信じられないくらいの、端正で、洒落た、美しいピアノを弾かれていらっしゃる。

まだ僕自身が聴き込んでいないので断片的な印象でしか語れないのですが、ある時はローランド・ハナ、ある時はリッチー・バイラーク、ある時はアーマッド・ジャマル、そしてある時はハンク・ジョーンズ、というある時の人の集合体のような感じでしか語れないのですが、美しく繊細なタッチに今風ヨーロリアンジャズ的ハーモニーを聞かせてくれ、そのピアノ・スタイルとドラムス、ベースとの相性が抜群に良いのでアルバムとしてのクウォリティーを高くなっている感じがします。

ぼくがこのアルバムを気に入ったのは、ピアノもさることながらバックの二人が良い!

ハン・ベニンクのドラムスはフリー時代の凶暴なドラム・ワークは影を潜めスネアを中心にした抑えたドラムスでピアノを盛り立てるのですが、そのブラッシュ・ワークが素晴らしく、また細かい音の使い方など実にうまい。フリージャズで培ったと思われる変則的小技も地味ながら随所に織り交ぜているところもなかなかです。

正直言ってぼくのこの人のドラムスとしての評価はそれほど高くなかったのですがこのアルバムを聴いて変わりました。
思えばぼくが生まれて初めて買ったレコードはエリック・ドルフィーの「ラスト・デイト」だったのでハン・ベニンクさんとはその時からのお付き合いにもかかわらず四十数年間あなたのことを誤解し続けていました。ハン・ベニンクさんごめんなさい。長い間大変失礼いたしました。

そして、もう一人のメンバーであるベースのエルンスト・グレールムがまた良い。
名前から察するにドイツ系の方と思われますが、ヨーロッパのベーシスト特有の音色の澄んだ音色に音程の良いベースに音使いも洒落ており、アルバムジャケットの写真ではまだうら若き青年という風貌なのですがなかなか熟練したベースでピアノをサポートしている。

トータルではとても質の良い美しくスウィングするピアノトリオ作品に仕上がっておりまして、800円足らずで手にしてしまったぼくは正月からすごく得をした気分になってしまったという訳なのであります。

カーティス・クラークのピアノスタイルについて先に書いたところで誰々的サウンドと列挙しましたが、ある面このような印象でこの方のピアノが捉えられてしまうところが、このアルバムの良さでもあり、逆に個性が弱いと捉えられてしまうのかもしれませんが。

そういう意味ではこのトリオのアルバムをもう一枚買うか?と聞かれたらちょっと悩んでしまう。そういうタイプのアルバムなのでありました。


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2017年1月 6日 (金)

2017年釣り初め@川越水上公園

毎年、正月明け恒例となりつつある釣堀のニジマスいじめ、もとい、ニジマス釣りでございます。

なんだか初詣のように毎年釣り始めは川越水上公園のプールを使った釣堀へ行くようになって早数年。今年も寒い中行ってまいりました。

朝6時の開演ちょうどに到着。
あたりは真っ暗、駐車場には数台の車が。
早速支度して入り口のゲートのところに行ったら誰もまだ並んでいませんでした。

例年なら時間前には数人が並ぶのに、今年のお客さんはみなさん寒がりなのかしら、などと思いながら門の前に立っているものの左側の木立の陰で人の気配や物音などするものの一向に開く気配がない。

しばらくしたら門の内側を人影がプールの方に歩いていくじゃあありませんか!
ひょっとして!と左の木立の方に回り込んだら別な小さい門があってそこが入り口になっていました。
ぼくの待っていた所にも「釣り場入り口」と書かれた大きな看板が貼ってあったのに。

あたりには誰もいないので文句の一つも言えずトボトボとプールに向かいます。
入場してみればまだ数人しか入っておらず、入りたかったプール北側のポイントに入ることができました。
この時期は北風が吹くので、フライの場合南側に入ってしまうと強い向かい風で釣りにならないんですね。

あたりはまだ真っ暗。
工事用の照明器が置いてありましたが電気はついておらず、暗い中で支度を始めます。
例年ぼくはヘッド・ランプを忘れてきてここの準備でつまずくので今年は竿に糸を通してフライまでつけて、あとは竿をつなげばすぐ釣りができる、という体制できたんですよ。

現場に着き早速竿をつないでさあ釣り始めよう、としたら、あれ?糸が出て行かない。
どうもトップガイドのあたりで糸が絡んでいるようなので見てみると、フライの手前のところがトップガイドに変な形で結わえられてしまていた。

暗い中あれこれやっとの事で糸をほぐし釣り始めてみたものの全くアタラない。

釣堀のフライ・フィッシングの場合、フライを投げて引いてみて全く反応がないという時はだいたいどこかに問題があると思った方がいいくらい必ず何かしら反応があるものなので、ニ三度投げて反応がないので針を見てみたら、先ほど絡まった所の糸がヨレヨレになっている。


これでは魚も食わんであろう、と、糸を一旦切って結び直し。
なんだ、結局何にも準備してこないのと同じ、いや、それ以上に無駄に時間を食ってる。
半日で100匹釣って帰ろうと意気込んでいるので、このタイムロスは大きい。
時計を見ればすでに30分以上経っているではないか。

やっとの事で釣り始めてみた所、これまた魚の反応が皆無。

とりあえずは遠投して水面近くを引いて魚の様子を見、その後徐々にフライを沈めて深い方を探るという順番で攻めていくのですが全くアタリがない。


この日は朝0度まで下がり、この時すでに釣竿のガイドを見たら水しぶきが凍りついてほとんど埋まっているような状態でした。写真を撮ろうとしたらカメラのバッテリーも寒さのためいきなりエンプティーを指してる。リチウムイオン電池は寒さに弱いんですよ。温めればある程度復活するのはわかっていたのでとりあえず一枚撮ってバッグの奥にしまいました。

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この時すでに時計は7時を回っており、一時間を無駄に過ごしてしまった。
このままでは100匹は難しいかなあ、などと思いつつ、このまま同じことを続けてもダメ!と即座に作戦変更。
ウキになる目印をつけてフライを沈めて流すルースニングという釣り方に変更です。
寒いので魚は深い所に沈んでいると判断しプールの水深である1mあたりに水深を設定しました。

何度か流してみたらウキがスッと沈み込みアタリがあります。
何度かアワセるもののなかなか魚がかからず、数回目でやっと待望の一匹目が。

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この後はだいたい釣れるパターンがわかってきたので数を伸ばしていったのですが、全体に魚の活性は悪く、動くフライに反応はしない、魚のいる層からずれると反応しない、食う時もまるで甘噛みしているように軽く加えるだけという厳しい状況であるのが分かってきました。

周囲のルアーの人はほとんど水しぶきを立てることはなく、フライの人もあまり食いの良くない様子。

太陽が当たるようになってきて水温が上がれば少しは魚の活性が上がるかな、と期待したものの、9時を回って水面に湯気が立つようになってもあまり状況は変わらず渋いまま。

右隣に入ってきたフライの方と「渋いですね」とか「タナはどのくらいの深さ」などと情報交換しつつ攻めるのですが釣れるテンポは上がらず時速10匹くらい。

転機が訪れたのは午前10時半頃。
この日は放流が予定されていて、相模漁業さんの大型トラックが頼もしい姿を見せた時には、待ってました!なんとか活性上げてちょうだい!と叫びたくなりましたよ。

奥のプールから順に放流して行き、我らのプールは最後に残りの魚全部を豪快に放流しました。
一度にこんなにたくさんの魚を放流するのは見たことがなかったのでちょっと興奮しましたね。
同時にこれで活性が上がってくれる!と信じていた。

放流が終わると間も無くルアーの人たちには反応が出て、どんどん釣れ始めている。

しかしフライの方はこれまでの釣り方でのアタリもあまり無くなりむしろ釣れなくなった感じ。
動くルアーに反応するなら、とフライを動かしてみるも反応は薄くたまにアタルくらい。

これなら元の釣りの方がマシだと戻してみると、こちらも全くアタラなくなってしまった。なんという閉塞的状況。
動かしてもダメ。流してもダメ。となったらタナを変えてみるしかない、と思いインジケーターを可動式のものにして底から10cmきざみくらいで探っていくと、見つかりました!水深60cmくらいのところでアタリが連発します。
乗りが悪くて空振りも大けれど流せばアタルという状況になったので一安心。
釣れて来る魚も朝から釣れていたのと魚体の色が違う。明らかに放流魚ですね。
この時点で40匹超。

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                                    放流魚らしきお魚  魚体の色が違うのわかります?

ちょっとトイレ休憩した時に自分の後ろでテントを張ってなにやらノボリが立っていて「タックル カーニバル」「無料貸し出し中」と書いてある。
テーブルにはリール、奥のスタンドにはロッドがたくさん置いてあるのを見つけたので立っていたお兄さんに声をかけた。

Imgp8003b



「ひょっとして貸してくれるの?」と聞いたら「はい!」と元気のいい爽やかなお返事。
テーブルに置かれたリールは有名ブランドの高級機ばかり。
管釣りの道具に関しては安物しか触ったことのないぼくは喜んでリールを手にしたら、「軽い」「スムーズ」「ガタがない」と三拍子揃っている。きっとドラグもしっかりしてるんだろうなあ、と思いながらお兄さん達の仕事の邪魔をして釣り談義をしてしまった。

「放流後渋くなった」と漏らしたら、「フライは放流すると渋くなりますね」と返事が返ってきたので「ああ、やっぱりそうなんだ」とこれまでの経験でなんとなくそう感じていたことをきっぱり言ってくれる人に出会えて納得。

ルアーだと放流後のスプーンの数釣りパターンというのがあって、手返しよくホイホイ釣れるのをぼくも知っているのだけれど、フライではどうも放流して魚が回遊し活性が上がっても釣れないということを、放流回数の多い朝霞ガーデンで何度か経験していたのでありますが、やっぱりそうだったんですね。

でも、活性のいい魚が入ってきたのだからフライでも何か手はあるとお思うのですが、おそらくフライもトップ・レベルの方々はこういう時の秘策もちゃんと引き出しとして持っていおられるのでありましょう。

そんな話を聞いて収穫もあったのですが、お兄さん達的にはぼくに道具を借りて欲しかったんでしょう。でも、スプーンは持っていなかったし、今更ルアーで管釣りをする気もないので冷やかしだけで終わっちゃった。ごめんなさい。お兄さん達。楽しかったです。勉強になりました。


で、二三十分立ち話した後元の釣り座に戻って釣りを再開すると、微妙にタナが動いていたもののすぐに捕捉できたので10匹釣って町ど50匹になったので帰ることにしました。
時刻は1時ちょい前。

 
Imgp7998cb

                                       カウンターを忘れたので手書きで(マメだなあ)


目標の半分弱だったけれど、まあ状況が渋かったし、このまま続けて数を伸ばすという手もあるのだろうけれど、同じ釣りは飽きるし。ということで帰ってきました。

Imgp8002b
以上、本年の釣り初めはイマイチの結果に終わりましたが、それなりに得るものがあったので良しとしましょう。

今年も様々な困難を乗り越えて、いろいろと釣れるものはなんでも釣ってまいりますので、釣り師のみなさま、どうぞよろしくお願い致します。


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2017年1月 4日 (水)

還暦の正月は徹夜飲み

スピリチュアルに開けた2017年であったが、二日目は夕方から高校時代の友人数人で新年会をやることになった。

現在仕事に赴任している I・S(テロリストではない)という友人が正月に帰省するから久しぶりに会おうじゃないか、ということから都合のつく人に声をかけて実現することになった。

夕方五時前に朝霞台・北朝霞という二つの駅の前にある居酒屋に集合。
この日来たのは先ほどのI・Sに I・T(コンピュータ関係の仕事ではない)、愛称Wに私の四人。Wは唯一の女性。

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ぼくたちの繋がりは高校二年生の時に学園祭で映画を作って上映するという、当時としては考えられない革新的なことをやったことから始まる。

ぼくらは昨年から今年3月にかけて還暦を迎えるので、高校時代というのは今から45年から42年前くらいの1973から75年の頃のこと。

この頃の世の中は高度経済成長期にあり物価はどんどん上がるし、畑はどんどん住宅になり、道路は砂利道から舗装道路へ、学生運動が盛んであったがピークは超えていた。

ぼくたちの世代は子供も多かったのでぼくらの通った埼玉県南部にある県立高校の一学年のクラスはなんと八クラスもあった。


最初に映画を作ろう、と言い出したのはこの日は疎遠になってしまったSという男なのだが、その映画の話が出るまではぼくらは特に強い繋がりがあったわけでもなくたいして口を聞くわけでもない程度の付き合いだった。

高校二年生のホームルームの時に「学園祭でクラスとして何かをやりましょう」的な話が出た時に、「映画を作ろう」と言い出すSに対し大半のクラスメイトは「何を言っているんだこいつは?あほか」的な空気が流れた時に「やろう」と手を挙げた数人が今でも強い繋がりの友達として付き合っているのである。

今となっては高校に映画部があるというのは当たり前の時代だけれど、当時は当然ホーム・ビデオなどいうものは存在しない時代なので、「映画を作る」ということが具体的に何をどうするのか?ということすらイメージできないような時代だった。


そんな時に8ミリフィルムを使い、それも音声は同録できないタイプのものを使っての映画製作をしようというのだから、それに賛同したぼくらはある意味皆変わり者で物好き、言い方を変えれば好奇心のとても強い高校生だったのかもしれない。
いざ製作となればまずはカメラをどこで手に入れるかが問題だった。フィルム代だけでも随分お金がかかったろう。
どうやってカメラを手に入れたのか、製作の資金をどう捻出したのかは良く覚えてない、おそらく言い出しっぺのSが小遣いを出したのではないか?フィルムの現像代を安く抑えるために親が写真屋さんをしていたYという女の子も仲間に引きずり込んだ。

台本はSが書いて監督もやった。

カメラマンはI・T、主人公はW、 ぼくは雑用と役者の掛け持ちだった。

この年に作った映画の内容は学生青春ものなのだが、当時の高校のがんじがらめの校則なんかぶち破って自由に生きよう!というメッセージを込めた内容の映画だった。

夏休み中に空っぽの学校を使って撮影をしたのだが、校長室を使って校長役に扮したぼくが主人公に退学を宣告するシーンを撮ったことを鮮明に覚えている。

当時人気のTVドラマ「時間ですよ」で毎日飲み屋で一人飲んでいる藤竜也さん扮する風間さんというアヤシイくもカッコイイ男の真似をして、剣道の竹刀の袋のネクタイに口ヒゲを貼り付けたぼくが、着物を着た秘書的な女性がお盆に乗せて運んできたお酒をお猪口に注いでもらいグイッと飲む。そして、一言「退学だ」というだけの役だった。

撮影が全て終わると編集だ。そして次は20 分くらいにだろうか編集されたフィルムに音をつける作業。これは授業が始まる前の放送室の機材を使って行った。
セリフにSE、BGMをフィルムを見ながら当てて行ったのである。

毎朝始発電車に乗って駅から30分も暗い道を歩いて学校に通う日が続いた。
通り道にあるおかまバーのオネエさんたちが仕事がはけて出てきたところにいきなり出くわし驚いたことも鮮明に覚えている。あれがぼくの人生にとって初めての生のおかまちゃん体験だった。

そんなこんなで、確か十月の始め頃に行われた学園祭で教室に暗幕を張り巡らせて上映すると、お客さんはたくさん入ってきて、毎回ほぼ満員の大人気。

その内容は生徒たちには共感を得たのだろうが体制側にある教師たちの中には少なからずぼくらのことを嫌ったものもいた。

その後、仲間の一部の人が体育教師に個人的に理不尽な理由でリンチ的な暴力を受けたり、いわれのない体罰を受けたりしたこともあったことからも一部教師の中には「生意気な生徒」という空気が相当にあったのだろう。
当時の校長は映画でぼくの校長のシーンを見て「あんな校長はいない!」と怒ったそうだがフィクションの映画なのでそんなこと当たり前だ。
今となって思うとそういう学校側からの圧力がそれなりにあったはずなのに、ぼくらに直接それを感じさせてくれなかった影には担任の杉本先生という存在があったのだと思う。

小柄の女性の先生だったが、彼女は僕たちに「好きなことを自由にやって生きて良い」ということをおそらく体を張って教えてくれたのではないかと今になって思うと、あらためてお会いしてお礼が言いたくなるのであった。


長くなってしまったが、そういうある意味当時としてはかなり特殊なことを共に経験した友たちの精神的繋がり、共有感はとても強く45年も経てもお互い顔を見合わせると一瞬で45年前の高校生の顔になってしてしまい話に花が咲くのであった。

一方で、これだけの時間人生を過ごしてくれば誰にも様々な経験があり、お互い酸いも甘いも知り尽くしたおっさんとおばさんでもある。苦労話や病気自慢もそれなりに出てくるしお互い気持ちを共感できうなずきあえるのであった。

そんなこんなで三時間半があっという間に過ぎてしまい、明日から仕事のあるWが帰ると言うので店を出て駅まで送った後は歩いて20分ほどのぼくの実家で飲むことにした。

地元で飲むとこういうことができるので実に便利なのであるが、この時点で今日の飲み会はエンドレスになるであろうという予感がしていた。

さて、実家に着いた我々三人、玄関につないでおいたバカ犬を撫でようとしたI・Tが指を噛まれて結構な出血をしてしまうというハプニングがあったのだか、なんとか血が止まったので飲みなおす。

男三人になると話題も自ずとからってくるから面白い。
まずはぼくたち三人のそもそもの繋がりがどこから始まったのかというはないから始まった。

実はI・Sはぼくら映画仲間とはちょっと違う流れでの友人で、その辺りをお互い記憶をたどりながら検証していくと、どうやらぼくとISは高校卒業後のバンド繋がりで仲良くなったことがわかる。彼とはブルースバンドのようなものをやりI・Sはギター、ぼくはヤマハの安物テナーを吹いていた。

もう一つのつながるルートとして高校の映画仲間のK・ Aという男とI・Sが高校時代からとても仲がよくその関係を経由してぼくらもいつの間にか友達になってたようだ。
彼とぼくは大学生になってから一緒にスキーに行ったり、そこでナンパした女の子たちと中途半端に健全な交流をしたり、そのほかにいろいろと青春時代的悪さもやった。
I・Sに言わせると悪事をそそのかしたのは何時もぼくだというのだ。

数年前に彼が札幌に赴任した時は、彼の部屋を根城にぼくはスキー三昧をし、そのことをこのブログにも書いている。

不思議なのは I・Sと I・Tの関係なのであるが、映画でもバンドでも繋がりがなかった二人がそれなりにこうして語り合える関係にどうなったのかが分からない。

その関係の謎を解くようなぼくら二人の全く記憶になかったことを突然 I・Tが言ったので I・Sとぼくはうろたえ驚いた。
それは、成人し社会人になった後のことらしいのだが、バイクを買ったI・Sの後ろにぼくが乗ってI・Tの家に遊びに来たのだという。 
その時、走るバイクがカーブを曲がる時になかなか体を倒さずハンドルを切ってカーブしようとする I・Sの運転するバイクにぼくが後ろの席で先に体を倒しこんで走ってきたと言うのだ。

その話を聞いて I・Sの顔色が変わったのが面白い。なにかが頭の中で弾けたらしい。
「思い出した!それは俺だ!」と叫んだのだ。しかし I・Sは自分のバイクの後ろにぼくを乗せた記憶はないという。
ぼくの方も I・Sのバイクの後ろに乗ってどこかに出かけた記憶は全くなく、彼が400ccのバイクに乗っていた記憶すらないのだけれど、誰かに向かって「トロいバイクの運転をする奴の後ろに乗った時にカーブで先に体を倒した」という話をしたことと、I・Tの家に一度だけ行った記憶だけは鮮明に残っていたのだ。

このことは I・Sにとっては屈辱だったらしく、顔をくしゃくしゃにして屈しがる様がまた面白いのだが、ぼくは彼にそんな失礼をした記憶は全くないのだ。
しかし、三人の話を総合すると I・Tの言うように「二人はバイクで来た」という事実が浮かび上がらざるを得ないのである。

歴史的事実というのは記憶の中では曖昧になっていってしまうもので、歴史的体験を現場で目の当たりにしたからといってその人の言うことが全て正しいとは限らない。仮に当事者のものであっても記憶というのは自分に都合のいいことだけ残ることもあるし、とても曖昧だということがよく分かって面白かった。
歴史的事実を検証するには多角的に調査をしないと真実は浮かび上がらないものだということを思いもよらない酒の場で実感させられる。

一方でその時に記録されたものというのは、見方は主観的であってもとても鮮明に残ることも再認識された。


話を戻そう。
そんなぼくら三人も社会に出て仕事を始めるとそちらの社会が生活の中心となるのでお互い疎遠になり年賀状のやり取り程度の中になり二十年ほどの時が経つ。

ぼくと I・Sとの再会は突然やってきた。
十五年ほど前くらい、ぼくが関係していたある大手メーカーのショールームのオープンイベントでのこと。
当時ぼくはある衛星放送局でプロディーサーをしていたのだが、担当する番組のタレントさんがイベントに出ていただくことになり、ぼくはそのタレントさんの現場付きの係りをしていて、イベント本番の会場にタレントさんを案内しようとエレベーターに乗り利用階に到着してエレベーターのドアが開いた瞬間、目の前に I・Sが立っていたのだ。

びっくりしたのはぼくも彼も同じで、お互い何故そこにいるのか立場が全くわからない。とりあえずその場は挨拶だけして後でゆっくり話をしたのだが、建設関連の仕事をしていた彼はそこの現場責任者だったというのだ。

ぼくは彼の仕事を概ね知っていたので驚きはなかったのだが、I・Sにとては有名タレントと仲良くエレバーターから降りてきたぼくの姿が信じられなかったらしい。そのタレントさんはぼくらの青春時代に一斉を風靡した方だったので、高校時代のぼくの姿とそのタレントさんが同時に頭の中に飛び込んだ彼にとってはその関係がどう考えても繋がらない納得のいかないものだったらしいのだ。

そこで偶然出会ったぼくはそれから十年後に彼の赴任先の札幌に出向いて話は先ほどの話に回帰するのであるが、仕事一筋、現場一筋だった彼にとっては、仕事より遊び重視的な人生を送ってきたぼくが許せねいところがたくさんあるらしく、イマイマシイ存在になったといいその思いをまくし立てる姿がぼくには愉快でならなかった。

そのように、ぼくに対して心の中でどうしても許せない何かを持った彼であるが、ぼくは彼にとって札幌赴任中に関東からはるばる訪れた唯一の友人であり、その時仕事に出た彼を夕食を作って待っていたぼくに対する彼なりの愛情もあるらしいのだが、その相反する気持ちが彼の心の中で整理がつかないらしく今だにもどかしい思いをしているらしい。
それが証拠に、現在でも時々ぼくのブログを読んでは、遊び廻っているぼくにイラつきながらもついつい最後まで読んでしまい、また腹を立てる生活をしていることを白状していた。


このように、40年以上の付き合いの中で様々な思いがあり、楽しく、辛い時間を共有し、時には個々 に苦労してきた話も自分のことのように共感しながら話をしていたら、時間の経つのは早く、気がつけば焼酎、ワイン各一本、ビール半ダースが空になり飲む酒がなくなってしまったので、Eno Cafe実家店を急遽開いてコーヒー・ブレイク。
時計を見れば六時半を回っている。楽しく幸せな時間の過ぎるのは早い。
まさか還暦を迎える年の正月二日に徹夜で飲み明かそうとは夢にも思って見なかったのだが、なんとも言えない人生の充実感と幸福感に包まれながら薄明るくなった外へ出た。


二人が各々自宅に向かい分かれる場所まで犬の散歩がてら見送り行き別れた。
年をとるのも悪いことじゃないような気分になれ今年はいい年になるに違いないと感じた。


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2017年1月 2日 (月)

2017年元旦はスピリチュアルなのだ

今年のお正月は元旦早朝に目が覚めてしまい五時前にはどうしても眠れなくなってしまったので、エイ!っと起きてしまい、新年最初の一人Eno Cafeを行事的にかしこまって執り行いました。

どの辺が行事的かと申しますと、ぼくは十八歳の時に買ったジョン・コルトレーンというジャズ・ミュージシャンの「トランジション」というアルバムが大好きで、毎年年末最後にはこのレコードのA面を大音量でかけて一年を締めくくる、ということを二十年近く執り行って来たんですね。

このレコードのA面というのは、一曲目にアルバム・タイトルのトランジションという曲が二十分近くにわたり演奏されていて、これが火の吹くような激しさと調整の中でギリギリまで混沌としたサウンドを繰り広げており、聴いているとこちらも半ばトランス状態になり精神が浄化されていくような気がするんです。

そしてこの激しい演奏の次に流れるディア・ロードというバラードの曲が素晴らしく透明で美しく、優しく、トランス状態にあった心を優しく包み込んで、高ぶった気持ちを沈めつつも感動の中に誘ってくれるという構成になっており、個人的にはジョン・コルトレーンのアルバムで最高の、最強のA面と思っているのです。
現在売られているCDではこのディア・ロードが収録されていないということを小耳に挟み大きな落胆と怒りのようなものがこみ上げてきたことを覚えていますが。

話を戻すと、この十数年、いろいろあってこの年末儀式をすっかりやらなくなってしまったんですね。

昨日もおせちとコーヒー焙煎、そば打ちに疲労してそれどころじゃなかった。
ところが、元旦早朝に目が覚めてみたら、妙に澄んだ凜とした空気の中に身を置いた時に突然このA面が聴きたくなったんです。

しかしながら、現在埼玉の実家にいる私はレコードとオーディオ・システム一式を帰省時に持ってくるわけにもいかないので、音楽を聞く手段と言ったらYou-Tubeしかない。

PCから出て来るシャカシャカ音で、しかもMP3ごときの音でこんなありがたいアルバムを聴くのにはちょっとためらいもしたが背に腹は変えられないので聴きました。
早朝なので音量も極めて控えめに。

音を出してみれば元旦早朝の静寂の中に流れる小音量のコルトレーンというのもなかなか良いもので、暴力的大音量のグイグイ押し迫ってくるコルトレーンとは違い、激しい演奏ながらも一歩引いて語りかけてくるような聞こえ方をしたのであります。

昨日焙煎した自称「兎夢スペシャル」なる試験的焙煎のコーヒーを淹れてみたところ、これがまた予想以上に美味しく、素晴らしいバランスのコーヒーだったので、このコーヒーの香りと味に満たされながら聞くトランジションは心にどんどんしみこんできて、元旦早朝から一人妙に神聖な体験をしてしまったのであります。

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You-Tubeですので一曲目が終わったら気持ちの冷めないうちに素早く二曲目のディア・ロードをさがして流せば至福の音と香り、味わいに包まれ、今年はきっといい年になるに違いない、と確信したのでありました。

あまりにも気分が良かったので、近くの日の出撮影ポイントに犬の散歩がてら出かけて初日の出の撮影もしようと思い立ち、六時半頃家を出てカメラ・ポジションの橋の上に着いたらすでに数人の人がパラパラと集まっており、手には一様にスマホを持って明るくなりつつある東の方向を見つめていらっしゃる。
ぼくはスマホを持っていないので、仕方なく一眼レフで本格撮影です。
とはいえ200ミリの望遠レンズは自宅に置いてきてしまったのでとりあえず付いているワイド系のレンズで勝負することに。

この日の東京地方の日の出時刻六時五十一分になると平地ばかりの埼玉特有の地平線的風景の中に立ち並ぶ高圧線の鉄塔と町のゴミ焼却場のシルエットの向こう側がにわかに明るくなりカメラを構えます。

徐々に明るくなってゆく地平線的風景と空の群青色のコントラストが素晴らしくシャッターと切ります。
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周囲の人たちも見ず知らずながら「あそこから上がる」とか「あと少し」とか声を上げ気分は高揚していきます。

六時五十三分、ゴミ焼却場の右隅が明るく輝いたと思ったらそこから先はグングンと陽が上がってきました。

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画角を変えながらシャッターをバチバチ押し、初日の出を撮影するなんていつ以来のことだろうかと考えましたよ。

思えば今年初孫を生んだ長女が小学校に入ったばかりの頃、早朝の鵠沼海岸に車を走らせ家族全員で見た初日の出以来なのではないのかと思うと、これまた時の流れの速さとその間の様々な思い出が去来し、グングン上がってくる初日をみながら人生を振り返るというとても精神的に充実した瞬間を味わうことができました。

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陽が川面に当たると水面から湯気が立ち上り始めて幻想的な雰囲気を醸し出して来れます。
電線とゴミ焼却場を心の中で富士山と大木に無理やり置き換えて見てみたらこれはこれで素晴らしい絵ではないですか!

ついでに近くの朝日のあたる協会の尖塔を撮影しました。

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普段昼間見る時はどおってことない教会(失礼)なんですが、こういう光の中で見ると神聖な感じが際立ち心が洗われる気にすらなってくるから不思議です。

なんだかすごくスピリチュアルな元旦を、しかも早朝二時間あまりの間に濃密に体験してしまいこの一年はきっと良い年になる!そうなるように気持ちを入れていこう!と
珍しく己を奮い立たせる一年の始まりとなったのでありました。


あらためまして、新年明けましておめでとうございます。

本年もenos日記をよろしくお願い致します。

皆様にとっても素敵な一年になりますように!



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