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2017年1月21日 (土)

今、隠岐の海が熱い!!!

隠岐の海が熱い!
と書くとお相撲の話かと勘違いされる方も多いと思いますが、隠岐群島のぼく達が昨年訪れた海士町の話であります。

今回の隠岐の島遠征でとても印象的だったこと。それはとても熱い青年達(還暦のぼくからみれば)の活躍でありました。


浜吉丸の船長、梅林さんは三十代後半の青年。

昨年までは米子で料理人をやっていたらしいのでありますが、家族を連れて海士町に越してきて船長を始めたという。

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ぼく達がお世話になった時点(2016年12月)で船長歴一年と三ヶ月程の、業界的には新米船長なのかもしれないが腕は確かなのがよくわかった。

そして何よりも釣り師に魚を釣らせることに努力を惜しまない。
今回潮の状況で渋かった三日目の釣りなどでは、自分の持ちうるポイントを如何に攻めたらぼく達に魚を釣らせることができるのか、最後の一秒まで手を抜くことなくポイントを流してくださった。

後で聞いたら、「今日はあまりに釣れないので胃が痛くなりました」とおっしゃっていたらしいのでありますが、こういう熱血船長こそ、ぼく達釣り人の最も求める船長でありましょう。

船長のサービス精神はそれだけにとどまらず、釣った魚を美味しく食べられるように一匹一匹丁寧に締めては血抜きしては氷漬けにして鮮度を保ってくださった。
さらにその魚を横浜まで送る手配など、釣らせるだけでなくぼくたちが「こうして欲しいな」という事を常に先回りして対応してくれるところが素晴らしい。
サービスとは何か、ということがわかっているのである。



たったの三年ほどだけれど、ぼくは全国あちこちに釣りに行くようになって強く感じるのは、こういうサービスを分かってやってくれる船長の船ほど魚も良く釣れるということであります。何よりも釣りが何倍も楽しくなる。

昔ながらの船長の中には、船長は職人、釣らせてなんぼ、後は釣り師の腕任せ、みたいな人もたくさんいますが、ぼくから見たら遊漁船の船長というのは採ってなんぼの漁師さんと違って、お客様(釣り師)を楽しませる「サービス業」だと思うので、どれだけ釣れてもその他のサービスが出来ていない船は釣りをしていて楽しくないことが多々あるのであります。

その点、この浜吉丸さんをはじめ九州方面のカリスマ船長や沖縄方面の有名船長などは釣らせることはもとよりこのサービス精神が実に素晴らしく、その辺がカリスマなんですね。彼らの船は釣れなくても釣りを楽しむことができるのであります。

一度こういう船に出会ってしまうと、そうでない船には落胆ばかりしてしまうので、この記事を読まれている全国の船長さん、是非努力を惜しまずお客さんへのサービスとは何か?ということを真剣に考えていただきたい。と思うのであります。
サービスとはソフトウェアの問題ですのですぐにできることはいくらでもあるはずだとおもうのですが。。。


話が少々脱線してしまったので元に戻しましょう。
熱い男は浜吉丸の船長だけではなく我々の宿泊した宿にもいました。

民宿かつた荘のご主人新(しん)さんがその人。
民宿のご主人といってもいい年のおっさんが暇つぶしに経営されているわけではなく、このご主人もまた青年と呼んでいってもいいくらいの若いご主人で三十代後半。

何が熱いのかというと、この宿で出される料理が素晴らしい。

味もさることながら盛り付けもとても美しくまるで割烹旅館で食事をしているような錯覚を起こしてしまうのでありました。

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あまりに美味しいのでご主人にどこかそういう割烹などの修行をなされたのか?と尋ねてみたところ、熱い語りを聞かされることになったのであります。

 


彼はもともとこの海士町の人で、海士町のホテルか何かの厨房で働いていたのですが、ある時お客さんから「なんで隠岐の魚を出さないで冷凍の刺身を食わせるんだ!」と言われたことが人生の分かれ道になたという。

この時からこのご主人は「自分が三十代後半になる頃に隠岐の海でとれた魚で最高の料理を出す宿をやりたい」と考えるようになり実行に移す。

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彼は本土に渡り日本海側の海に面した街にある割烹料理屋や旅館を幾つか渡り歩いて修行し、いかに地元の素材を活かした美味しい料理を作るか、というのを学んだという。

数年前、修行を終えた主人は島に戻り今の民宿かつた荘を始める。
この島の人たちは口が肥えているらしく半端な料理では納得しないし、手を抜くと見抜かれてしまう、とご本人がいうような環境の中で少しずつ実績を重ねて客を増やしているらしいが、こういう美味しい宿なのでリピーターが多いらしい。

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ぼく達も実は昨年この宿を初めて訪れたEbb&Flowの店長が、隠岐のお料理は美味しいと折紙をつけて今回も予約したという次第。

期待してはるばる隠岐まで来た甲斐あって、初日の晩はクエ鍋を、二日目の晩はヨッシーさんの釣ったブリを様々な料理で味わうことができたのでありますが、これまであちこちで美味しいブリを食べたけれど、ここのブリは格段にうまかった。

脂のノリのいい冬のブリのお刺身はともすると脂がしつこくて三切れも食べたら飽きてしまうこともあるのだけれどお、ここのブリは脂がしつこくなく、且つ甘み旨みがたっぷりで、口の中にその味が広がったと思うと、そのあとも旨みが後味となって残りそれを酒で流し込んではまた食べる、というように切りなく食べられてしまうのでありました。

この時はたまたま体調が悪くアルコールを口にできなかったぼくはお刺身で三杯飯を食べて動けなくなってしまった。

素材のうまさももちろんのことでありますが、捌き方で刺身の味が変わるのであります。それが証拠にこの日に釣れたブリを横浜の自宅に送り自分で捌いたら、十分に美味しかったものの、あの宿で食べた味は再現できなかった。

刺身に限らずちょっとした小鉢や小料理にも二手間くらい余分にかけてくれており、それが美味しさとなって僕らの舌を楽しませてくれたのでありました。

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宿で料理を運んでくれたのがジャージを着た高校生だったので、君たちここの宿の子?と聞いてみたら、一人は宮城県、もう一人も関西だか四国だかから来ているというので興味が湧いていろいろ話を聞いたところ、この島では一つしかない高校に留学制度のようなものを設けていて、全国から生徒を募集しているという、子供達には島の人たちが「島親」という保護者になって面倒を見ているらしく、全国的にこの高校は人気があり倍率は五倍もあるとか!

一人の子に将来何になりたいの?と質問したら、島を出て大学で勉強し、再び島に戻って働きたいと言っていた。

あとで調べてみたら、この島はこういう高校の留学制度だけでなく海士町を再生させるための産業振興を積極的に行っており、この数年島の人口は増え続けており、全国の地方自治体から地方起こしの参考にと視察に訪れるらしいのであります。

そういうことを知ると、なるほど前出の二人の青年もこの数年間に海士町に渡ってきた人たちなのであり、その中にこのような優秀な人材が育っているということは素晴らしいことだなと感じたのでありました。


またまた話は釣りとは関係のない方向に行ってしまいましたが、とにかく、街全体がやる気になっている島というのは活気があっていいじゃないですか。
みんな生き生きとして見えるのでこちらまで元気になってくる。

旅は出会いである。と思うのですが、釣り旅でもこういういい人たちと沢山出会えるのは嬉しいことで、また会いたくなるし、この島のことがいつも自分の心の中にあるようになるのが心地よいのでありました。


今回の釣行では、このほかにも陰ながら船長と民宿の橋渡しをしてくれたもう一人の船長、平田さんという方の存在もあり、彼らがうまくタッグを組んで頑張ったら素晴らしい釣り遠征ができるのだろうな、と深く感じたのでありました。


話を釣りに戻しましょう。
隠岐の海は関東方面からオフショア・フィッシングに出かける人はまだまだ少なく、メインは関西方面の方々の磯釣りだそうなのでまだまだこれからポイント開拓の余地が十分あると考えられるのであります。

ある意味「未開の海」といってしまっても大げさではないと思われるので、これからに期待が大きく膨らみます。


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