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2017年5月

2017年5月11日 (木)

encounter 〜出会い〜 TN ballet 6th concert@大井町きゅりあん大ホール

およそ一年ぶりにバレエのお話です。前回バレエ見に行ったのが今回ご紹介するのと同じ、富永典子さんというバレリイナが主催するTNバレエの演じた「美女と野獣」の公演でした。

前回の公演は確か「ミュージカルを見ているみたいで楽しかった」と書いたような記憶がありますが、今回の公演は「encounter 出会い」と銘打たれたTN バレエ 第六回コンサートです。

本ブログがバレエネタの時の多くはバレリイナの寺田恵さん(以下めぐちゃん)からのお誘いで見に行った公演のお話が多いのですが今回も寺田さんからお話を聞き興味を持ち出かけてまいりました。

なんでも今回の公演はピアノと和太鼓、殺陣の夢のコラボ。ネオクラシック系のオリジナル作品。というような話。和太鼓、殺陣、と聞いただけで「ああ、いわゆるクラッシック・バレエではないんだな」とピンと来たところにネオ(新しい)クラッシックときたら何やら新しい試みなのだろうということは容易に想像でき興味津々、僕がもともと「踊りの世界」に興味を持ったのが1970年代の暗黒舞踏だったので普通のくらっしくバレエよりもむしろそちらの方が好きなくらいなので「前衛、モダン、ネオ」という響きは波長が合うんです。

さて、どんなコンサートになるのかいよいよ開演時間。
幕が上がると3人の殺陣師とその背景に並ぶダンサーたちに上手奥に山台にセットされた和太鼓一式。

緊張感に包まれる中、太鼓の打ち出すリズムとともに始まった殺陣は殺気と見える緊張感とスピードに迫力。
生でこういう殺陣を見るのは初めてでしたが日頃時代劇チャンネルで見ている暴れん坊将軍の殺陣からは想像できなかった迫力。やはり何者も生での迫力にはかなわない。太鼓のリズムの中立ちまわる殺陣の中にやがて後ろのダンサーたちのしなやかな動きが絡み出し、不思議なコラボが生み出されてきたところに左右から薄いブルーの横断幕のような大きな布を持ったダンサーたちが流れ込んできたと思ったらそこに「水の精」役の我らがめぐちゃんの登場。

舞台中央に立ったその表情は、設定が殺陣師とのコラボとあるためか、いつものニコニコ顔ではなくキリッとしたちょっと怖いくらい殺気立った雰囲気。

今回は普段のクラッシックバレエのフリフリ衣装とは違いタイツ姿というシンプルな衣装での演技。
踊り出した瞬間から極限まで鍛えられた肉体と踊りが躍動し圧倒されます。

ダンサーという人たちは踊りの技術を高める努力だけでなく、自分の体も極限まで鍛え上げ維持するためにどれだけ日頃から努力しているのだろうと、僕らのポテチをかじりゴロゴロしながらテレビを見る、などという自堕落な生活などからは想像できないストイックで厳しいものなのではないかと想像させられるほどに美しく鍛え上げられている。

クラッシックバレエとはちょっと違う振り付けながらも、大きくしなやかでキレのあるその踊りに見とれちゃうましたね。踊りのキレが一段と増して感じを受けましたよ。
おそらくトップライト中心のシンプルな照明と振り付けによる効果も大きいと思われるのだけれど、陰影のはっきりした照明の下を踊ると、踊る場所により肉体の表情がまるで光の当て方で変化する能面のように変化してこれが踊りに普段には無い力強さを加えていたように感じました。

「水の精」に続いて赤く燃え上がるような照明が照らされると舞台背景から登場したのが「炎の精」役の並木まりかさんの登場。

炎の精の踊りはとてもしなやかで力強く感動させられました。
殺陣との絡みも素晴らしくクラッシック・バレエとは違った緊張感もたっぷり。


ここでのストーリーはクラッシックバレエ的な物語ではなく「痛み」「不安」「孤独」を象徴する三人の殺陣師が表現する「自己との戦い」に「水の精」「炎の精」そしてたくさんの「精霊」たちが彼らを包み込んでやがて「痛み・不安・孤独」を乗り越えていくというものだったのですが、大まかな流れだけしか頭に入れていなかった僕でもダンスの表現はとても良く理解できたし何よりも生の和太鼓のリズムとそれに合わせた緊張感ある踊りが素晴らしかった。

バレエ素人の私が思うには、日頃の曲のメロディのはっきりしたクラッシック音楽を聴きながら踊るのと、リズムと音色、強弱だけを頼りに踊るのでは全く違う難しさがあるのではないかと思うのでありますが、その難しさがいい緊張感を演出すていたのかもしれないなどと感じたのであります。
最後は精霊たちの踊りに包まれた「痛み」「不安」「孤独」を象徴する三人の殺陣がそれぞれから解放されて舞台を降りて客席側に降りて去っていくという演出も良かった。

惜しかったのは刀だけかな。刀がよければ迫力も緊張感も数倍高かったように感じたのが唯一残念に感じたところでした。


さて、一旦幕は閉じて上がると今度は舞台奥、下手にコンサートピアノがおかれており一部後半の始まり。

後半は有名な北風と太陽が旅人の服を脱がせるのを競い、力ずくで衣服を剥ぎ取ろうとした北風に対して暖かさを与えることで服を脱がせる、というお話なのですが、ここでは北風と太陽が力ずくの勝負をして太陽が勝つ、というのではなく、最後は北風も太陽も一緒に力を合わせて心地よく旅人を解放してあげるというようなストーリーになっていました。

ピアノは作曲もなさった栗田妙子さん、この人の優しく力強いピアノのメロディとリズムに合わせて踊るソリストもその他の方々も素晴らしかった。ある時は力強く、ある時は優しく、それでいて全体に優雅で美しくバレエの醍醐味を見せられた感じ。

音楽が生のピアノ一発、しかもここではマイクを通さずに生のピアノの音で大きなホールに鳴り響かせていたのが良かった。
ピアノの生み出す細かなニュアンスが踊りに反映しとてもキメの細かい舞台に感じられました。
休憩を挟んで第二部の始まり始まり。

幕が上がると何の飾り付けもないくらい舞台にたくさんのダンサーが横たわってるのが照明に当てられ浮かび上がってる。
縦に四人づつ横に六列、合計二十四人の人体がピクリとも動かず横たわる姿は屍体が並べられているようで一瞬ギョッとしてしまった。

太鼓のリズムとピアノの音色に呼び起こされるように、静かに少しずつ踊りは始まり、やがて舞台の上を波がうねるように動いていくのはなかなか感動的でドラマチック。釣り師だからそう感じるのかもしれないけれど、大海原の中で大きな波に包まれて翻弄されている自分を感じることができた。

やがてその中から三人が立ち上がり舞台は展開していく。
三人だけの踊りがあったのち、いよいよ男性ダンサーの登場。

これまで女性ばかり見ていた目にいきなり現れた男性の肉体はあまりにも大きく引き締まった筋肉からはパワーがみなぎり一瞬圧倒されてしまった。

「出会い」と題されたこのパートでは三組六名の男女のダンサーが次々と踊りを繰り広げていくのでありますが、バックの音楽がある時は太鼓のリズムをメインに、ある時はピアノの美しい柔な、そして力強いメロディを織り交ぜて次々と表情を変えながら進行していくので全く飽きさせられることがない。

それぞれのダンサーの踊りも素晴らしく、ある時はしなやかに繊細に、ある時は力強く逞しく、踊りの魅力を満遍なく発揮してくれそこから溢れ出るパワーを見ている僕らに与えてくれる素晴らしいものでした。

クラッシック・バレエのドラマチックな流れとは全く違うけれど、生のミュージシャンとダンサーが対話しながら踊るのはとても緊張感があり、録音音楽に合わせて踊るものとは全くの別世界、踊りの間には緊張感のあるピアノと太鼓の掛け合いもあり、この辺りはかなりアドリブっぽくやりとりしている緊張感がよかったなあ。

前回の公演の時も書いたけれども栗田さんというピアニストはかなりジャズっぽい音を使う方なのでジャズ屋の僕にとっては大好きなタイプのサウンドが響き渡るのでとても楽しむことができました。

和太鼓のレナード衛藤さんという方は元「鼓童」にいた方で独立後は超有名ロック・ミュージシャンともなさっているらしくピアノとのコラボがとても素晴らしかった。
お互いの音楽を理解していないとああいうパフォーマンスはできないので、僕は見るのは初めてだったのでその場ではかなりの方とお見受けいたしましたが、その通りのお方だったようで。

ソリストとして再登場しためぐちゃんの踊りも素晴らしかったし、最後全員での踊りも華やかで美しかった。

ということで随分端折った内容の文章になってしまったけれどもとても様々な表情を楽しめる素敵な舞台でした。

なんだか少し疲れ気味だった僕はパワーをいただいて帰ることができました。
出演の皆さん、スタッフの皆さんありがとうございました。
ところで大きなホールの割には観客が少ない感じがしたのは僕だけだったろうか?クラッシックの有名作品に比べるとこういう新しいものへの一般的な方の興味はまだまだ薄いのかな?
僕はこういう方が好きなんですけれどね。

バレエに興味のない方も機会があったらこういうのを見たらいいと思うんですけれどね。釣り師の方で興味がある方は僕に言っていただけたら次回はお誘いしますよ。特にナベテツさんとか。


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2017年5月 2日 (火)

ポール・マッカートニー ライブ2017後編@東京ドーム

開演時間を十五分過ぎたあたりになると雑然とした雰囲気もやや収まり、そろそろかな、という観客の雰囲気がドーム内の気圧を上げているような感じさえして来ました。

流れていたDJミックスの曲が「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の終わりのオーケストラが低い音から2オクターブ上がってゆく、あの怪しい緊張感から登場感を演出し最後の「ジャ〜ン!」と決まったところで照明が一気に変わり大スクリーンにポールのベースが映し出されたと思うと、その背景に閃光が放射線状に広がり、画面全体が光光切ったところでポールの登場。

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はるかかなたのステージに現れた男がプロジェクターいっぱいに大写しになると、間違いなくそれはポールその人でした。一瞬にして会場は総立ち。ジャーン!というギターの音と主に勢いよく始まったのは初期のビートルズナンバー、音が出た瞬間、僕の目から涙が溢れ出た。

何を演奏したのか曲名も覚えていない。全身に走る電気のような震え。ああ、まさしくそこにはビートルズがいた。気がつけば大声で一緒に歌っている。会場全体、おそらくほとんどの人が歌っている。東京ドームは本人生演奏の巨大なカラオケボックスとなる。なんという一体感。こんなにたくさんの人が打ち合わせもしていないのにステージに向かって手を打ちリズムをとりながら大声で声を合わせて歌っている。

一曲目が終わり二曲めはビートルズ解散後のポールのナンバーで僕の知らない曲。
するとさっきまで出ていた涙は引っ込み、ああこんな曲あったっけ、という感覚になる。

改めて僕はポール・マッカートニーの音楽を聴きに来たのではなくビートルズを聴きに来たのだと実感する。それは僕以外の多くの年配のファンも同じだったようで、先ほどの観客の圧力で張り裂けそうだったドームのテンションも少し下がった感じがした。

そして、再びビートルズナンバーを演奏すると爆発的なパワーが観客席に炸裂する。

という流れでライブは進む。
ポールの作る曲は、特にビートルズ時代の曲は短く、二分半から三分くらいなのでどんどん曲歌いステージは進んでいく。

前半は比較的最近の曲を中心にした構成だったので、僕はテンションが上がったり下がったりと激しく精神的に揺さぶられたので少々疲れた。

早くも座り込んでしまってるお年寄りの姿も見られた。

一方で若きポールファンたちも多く、彼らはおそらく自身の青春時代を解散後のポールの音楽とともにリアルタイムで体験して来たファンなのだろう。
僕の二つ隣の席の若者(と言ってもいいおっさんだが)は全ての曲を歌っていた。
世代によりポールファンの思いは様々なんだなあということを実感し、そういう若いポールファンがたくさんいることも嬉しく感じた。

ポールファンといえば釣りの遠征でいつもご一緒するジギング王も自他認めるポールファンだ。なんでもポールの来日時は東京での全公演を奥様と二人で見に行くらしい。ということは今日もこの広い会場のどこかにいるはずだ。釣り以外で彼と時間を共有するのは初めてだが顔を確認しあったわけでもないので特別な思いはない。
とにかく、単純に年配ビートルズファンの懐古的コンサートではなく、多くの現役ポールファンたちがコンサート全体を心から楽しんでいることが強く感じられた。

僕にとってはもう四十年前にポールマッカートニーの音楽というものは過去のものになってしまっており、ビートルズ以降のレコードやCDで持っているのは何年か前に発売されたポールの歌うジャズ・スタンダード集のみで、そのCDも3回も聞いていない気がする。僕にとってのポールは「ジェット」あたりまでかな。

今日、ここに集まったファンたちが僕と同じように過去のポール体験を懐古しにきている人たちばかりなのかと思ったら、そうではなかったことが僕には嬉しかった。

ステージの上のポールは正直言って三日目の最終公演ということや寄る年波に勝てず声は往年の艶はなく枯れかけていたけれど、高域までしっかり声が出ているのには感心させられた。

サイドのメンバーも手練れのミュージシャンを集めたのであろう。
ギター二人は上手く、一人はポールがギターを弾く時にはベースに持ち帰る器用さ。
リードギターは曲によりギターを使い分け、六台目くらいまで取り替えるのを数えていたけれど面倒になりやめた。

キーボードは今のライブには欠かせない楽器であろう。
かつてスタジオに何日間も篭りきって多重録音を重ねて作り出したサウンドをいとも簡単にシンセで再現してくれる。
そういう意味でもこのシンセ技術が確立して初めてビートルズナンバーをステージで再現できるようになったと言っても良いだろう。

太めのドラムのおっさんはパワフルかつタイトなリズムでサウンドの根っこをしっかり支えていた。
全員コーラスができるメンバーを選んだのだろう、ジョンやジョージ、リンゴのハーモニーパートを見事に再現してくれる。

コーラスといえば観客もコーラス部分では思い思いのハーモニー・パートをしっかり歌うのでサウンドは分厚く、もし巨大なゴスペル協会があったならこんな雰囲気になるのではないかと思われた。

僕も含めほとんどの観客はポール本人が参加している世界最高のビートルズのコピーバンドをバックに生カラオケを体現しているようなものだ。
なんという贅沢なカラオケだろう。

僕自身、中学時代にはカセットテープで聴いていた遠いイギリスという国のスーパースターの歌を、本人のバックコーラスになって一緒に歌うなんて夢にも思っていなかった。それだけでも感動ものなのである。

ポールが何を演奏したのかは断片的にしか覚えていない、初期ビートルズの曲が多かったのは前半、ステージが進むにつれてライブ活動を休止しスタジオに篭って作り上げた曲のサウンドを次々と再現してくれた。

曲によっては、僕の中にあった青春の記憶が蘇り一緒にビートルズを聴いた友人の顔を思い出したりもした。

懐古主義そのものなのだけれど、それでいいのだ。
僕はポールに新しいサウンドを求めていないのだから。


実は、僕は昔カラオケビデオのディレクターという仕事をしていた時期があり、「ビートルズのカラオケを作る」という企画を聴いた時には真っ先に手を上げて立候補し低予算ながらカメラマンと二人だけで制作費を握りしめて二週間ほどイギリスをロケした経験がある。

ビートルズの曲を作るのだから当然リバプールの街も訪れ、彼らにまつわる場所はすべてといいくらい回って撮影したのだ。
そんなことから自分の作ったカラオケの曲が演奏されるとその時の撮影の苦労や様々な思い出も去来し、一層涙が止まらなくなる。

僕はこのコンサートで自分の中のビートルズの総決算をしに来たのかもしれない。

瞬く間に二時間近くが経過して、ヘイ・ジュードでは主催側の用意したブルーに光るペンライトを観客全員が左右に振りながらの大合唱。波のように揺れる青いペンライトが神秘的で美しい。数万人いるのであろう会場全体の一体感。やはりビートルズナンバーの方が格段と盛り上がる。

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本番最後の曲がなんだったのかも忘れてしまった。
メンバー全員が舞台前に揃って挨拶をし舞台袖に消えた後も拍手は鳴り止まないのは当然に思えた。
しばらくしてアコースティック・ギターを手に舞台に現れたポール。
この時会場全体がもう次の曲が何なのかがわかっていた。
まだ歌っていない「イエスタデイ」だ。

これを聴いたらもう満足。十分堪能させてくれた。いいコンサートだったと心の中では帰る準備をしていたのだったがポールは片言の日本語で「もっと聞きたい?」と声をかけてくれ、会場はさらに盛り上がる。

ここから怒涛のアンコール。
一番驚いたのはアルバム「サージェント・パッパーズ」のA面最後の曲「ミスター・カイト」(長いので省略)を生で演奏して見せられたことか。僕自身、このアルバムの中で一番好きな曲だ。
ビートルズ時代に一番手の込んだアルバムの中のさらに最も手の込んだアレンジの曲をステージで再現させるには今の技術だけでは済まされないスタッフの用意周到な仕込みの努力があったのだろう。
このステージにかけるコンサート・スタッフ全員の意気込みのようなものを感じた。

続けてサージェント・ペッパーズのショートバージョンを観客全員で合唱したりして
ビートルズ・ナンバーを立て続けに五曲ほど演奏し、まるで第二部が始まったのかと思うほどの豪華なアンコール。

途中、観客をステージに上げてポールが直接インタビューするなどファンへのサービスもしっかりやるところは抜け目ない。ステージに上がった数人の女性がポールとハグした時には客席からため息とも叫びともつかない声が上がった。

最後の最後はアルバム「アビーロード」からのメドレーを「ゴールデンスランバー」から「ジ・エンド」まで一気に突っ走りおよそ二時間半に渡るステージは終わった。

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十年後の自分は今日のポールのように元気に動き回れることはできるのだろうか?
僕も含め会場に訪れた多くの後期高齢者予備軍の観客はそう思ったに違いない。
ポールの歌だけでなくそのパフォーマンスに励まされた年寄りもたくさんいたに違いない。
来年、またポールが来日公演をするかどうかは知らないけれど、本当に生きているうちに彼を見ることができて嬉しかった。

帰り道、一緒に見ていたカミさんが言った「まさかポールを見られるとは夢にも思っていなかった」という一言が僕の気持ちを全て代弁してくれた。
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2017年5月 1日 (月)

ポール・マッカートニー ライブ2017@東京ドーム

ポール・マッカートニーのライブを見に東京ドームへ行ってきた。

ポールを生で見るのも東京ドームに入るのも生まれて初めて。

東京ドームはアンチ巨人なので自分から進んで野球を見に行くことは無く、以前の後楽園球場時代ですら日ハム戦を見に行ったことが一度あったくらいと僕にとってはとても縁遠い施設だ。

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一方のポール・マッカートニーは中学二年生の頃にヒットしていた「アナザー・デイ」という曲でその名前を知った。

きっかけはラジオの深夜放送を聴くようになったからだと思う。
当時の僕は魚釣りにしか興味のない野山を駆け回る田舎の少年で、音楽なんていうのは「女の聴くもの、やるもの」と決めつけていたのだけれど、この頃からラジオから流れてくる外国のポップスに興味を持ち始めたのである。

その中で好きになったのがポールだったのだが、その時はまだ彼がビートルズのメンバーだったということすら知らなかった。

少し遅れててジョン・レノンの「イマジン」がヒットしてこの人もビートルズのメンバーだとは始めは知らなかったがやがて知る。

しばらくして色々なポップスやロックを聴いていると気づいたらビートルズが好きになっていた。親にせがんで秋葉原まで行って当時流行り始めたラジカセを買ってもらい、ビートルズのかかる番組を片っ端から録音して聴くようになる。僕の青春時代の始まりといってもいいかもしれない。

それからは毎日暇さえあればビートルスの曲を聴き、音楽がどんどん自分の中に入り込み自分が実は音楽が好きなのだということを知った。 それまで学校の授業や大人から強制されてしか買うことのなかった本を買ってビートルズの歴史を一気に読みきった。
この時はまだ田舎の釣り少年は人生の方向がちょっと変わっていったことに気づいていなかったと思う。
ビートルズが解散して間もなかったこの時期、巷では折あるごとに「再結成」の噂が流れたものの、その都度それがただの噂で終わり落胆もした。

どこから手に入れたのかビートルズのディスコグラフィーのブックレットを毎日眺めてはレコードを買うお金のない自分にため息をついていた。


高校生になって生まれて初めてのレコードを買ったのが「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・クラブ・バンド」だった。
少ないお小遣いから当時二千円のLPレコードを買うお金を捻出するのは大変で、この一枚を選ぶのにも数カ月に及ぶ塾考を重ねてのことだった。
レコードを手にした僕は毎日がサージェント・パッパーズになる。
家にいる時は何度も繰り返し聴いていた。
この頃から僕はジョン・レノンのファンになっていく。
自分でもその理由はよくわからないのだけれど政治的な発言や活動に興味を持ったのかもしれないしそのルックスも好きだった。

その後も小遣いを貯めて何枚かのびーとるずのLPを買い、高校の友人も話題の合うビートルズ好きの友達が増え、その中には自分の知らないジャンルの音楽を聴く者もおり、そんな友達の影響でやがてジャズを聴くようになり四十五年経ったらサックスを吹くのが趣味の釣りバカ爺さんになっていた。

長くなってしまったけれど、僕の音楽の原体験がポール・マッカートニーだったということを言いたかったのだ。

当時はポール自身、ビートルズとは違う音楽を独自に作っていた下のメンバーもそれぞれ異なる道に突き進んでいたので、ビートルズを生演奏で聴くということは考えられなかった。そしてジョン・レノンの死でそれは決定的となり、ジョージ・ハリソンも亡くなってしまうと、ビートルズは遠くに離れていくばかりのような印象を受けた。
ポールは何度かウイングスを引き連れて来日したようだったが、ウイングスのサウンドには興味はなく、例の「大麻所持事件」でポールが捕まり強制送還されてからは、僕にとってはビートルズはたまに車の中で聴く音楽の中の一つというポジションになってしまっていた。

それが変わったのは2013年だったか?ポールの来日公演で彼がビートルズの曲をたくさん歌っていたことを知ってからだ。

ビデオで見るその演奏はバックのメンバーこそ違えど、ヴォーカルのポールの声に完璧なビートルズサウンドのコピー(とあえて言ってしまう)によりビートルズが再現されているではないか。

多くの僕と同世代、もしくは近年例のビートルズファンもそう思ったに違いない。
何度か行われた東京ドームでのライブは大盛況だったし、ポールもためらうことなくビートルズ・ナンバーを歌いまくっていた。
おそらく彼も年齢を重ねたことで、若い頃持っていたビートルズという自分の過去を振り返ることを許容できるようになったのだろう。

毎回、「今回が最後」と言われるポールの来日公演の話を聞いているうちに、自分も生きているうちに一度見ておきたい、と思うようになったのがこの二、三年のこと。

そして、今年一月、ポールの来日公演がまたある、と知ったのがたまたま僕の還暦のお祝いの直前だったので、プレゼントがわりにチケットを買ってあげる、という妻の計らいによりとうとうポールのライブを見にいくことが実現したのだ。

四月三十日、午後四時半開場にもかかわらず午後二時半には地下鉄の後楽園の駅を降り東京ドームを半周して水道橋方面に買い物に行き徐々にテンションを上げた。

開場十分前にドームに着けばすでに長蛇の列。
人混みは嫌いなので少し離れたところで行列が動き始めるのを待つ。

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客は髪の白い人、薄い人、もしくはその両方という人が多く僕もその仲間だった。
やっぱりみんなビートルズが聞きたくて来てるんだなあと感じた。しかしその一方で三十代、四十代と思しき人たちも多く、彼らにとっては大いに過去のものであるはずんビートルズというものをどう捉えているのだろうか?という疑問も浮かんで来た。

予想通り開場は遅れて三十分後の五時を過ぎてやっと行列が動き出した。
さらに三十分様子を見てスムーズに人が流れるようになったのでドームに入る。

生まれて初めて入った東京ドーム、しかもアリーナ席だったので野球の時には選手や審判しかはいれないグラウンドに立つとその大きさに圧倒された。
同時に、この大きなスタンドとグラウンドいっぱいに並べられたパイプ椅子を全部埋めるだけの人が集まるということにも感動した。

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                  舞台は遥か彼方

一体何万人が入るのか知らないけれど、開演時間の六時半が近づいても入場する人の流れは止まらずどんどん入ってくる。
すでにトイレは何度にも折れ曲り総延長二百メートルくらいはあるのではないかという混雑になっていた。

B18ブロックの一番前という僕の座席はバックスクリーン側からホームベースに向かって組み上げられた巨大ステージのはるか離れたライト側、おそらく野球の時にはライトとショートの中間あたりかと思われる。
これだけの大人数が参加するイベントはおそらく生まれて初めてのこと。
よくよく考えて見たらロックのコンサートに来たのも初めてかもしれない。
(後でよく思い出したらクラプトンに行ってた)

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              スタンド席からはこんな感じ


開演時間を過ぎても入場する人の行列は続き、否、トイレに向かって出て行く人の行列もできている。
コンサートの開演が遅れるのには慣れっこなのでどうということはないのだか、人の多さにはただただ感心するばかり。

ステージ横の巨大スクリーンにはポールのコラージュのプロジェクションマッピングが流れ、ビートルズナンバーのDJミックスが大音量で響き渡る。

さあ、いよいよあとはポールが出てくるのを待つまかりだ。


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