無料ブログはココログ
フォト

最近のトラックバック

« 2020年11月 | トップページ | 2021年1月 »

2020年12月

2020年12月30日 (水)

今年の竿納めは東京湾エサタチウオ@弁天屋

新型コロナの感染者数が日々増加していく中、釣りに行くのもだんだん怖くなってくる今日この頃、釣りに行くのもどうしようか迷って、いまひとつ気が向かない悶々とした日が何日か続いていたのでありますが、そうは言っても本音は釣りに行きたくて仕方ない釣りバカ根性、今年最後の釣りくらい爆釣で終わりたいよな、というのも釣りし誰もが思い描くものでありまして、そんな折に、いつもエサ釣りにご一緒させていただいているH夫妻から、「東京湾のタチウオが爆釣していますよ」と悪魔の囁きのようなラインが入る。

どれどれと釣り宿の釣果情報を見ると、連日10〜40、50と釣れているじゃあありませんか。

23日どうですか?というお誘いに、クリスマス前といえども特に予定のないワタクシは即座に行きますと、昨日までの悶々はなんだったのかと自問しつつ返事をした。

 

さて当日、金沢八景の弁天屋さんに出撃する。いい釣り座を撮ろうと開店間際に行ったにも関わらず、すでに両のトモと右舷のミヨシは取られていたので、左舷のミヨシから釣り座を三人並んでとる。

平日だし、クリスマスイブイブに釣りする酔狂ものはそうはいまい、とたかをくくっていたら釣り人が次から次へとタチウオ船に乗り込んできて、予定の釣り座はすぐに満席。さらに予約していない釣り師も次々やってきて、片舷8人入れたところで、これ以上は無理と判断した船宿さん、急遽もう一隻タチウオ船を出すことになった。

みんな釣果情報を見ていたのである。なんとわかりやすい構図、釣れるとなればみんなやってくるのだ、僕もそうだけど。

 

7時過ぎ出船、横須賀沖に向かう。天気は晴れ、風もなく暖かい、海は凪で最高の釣り日和だった。

ポイントに着き最初のひと流し。ここで早くもH妻にヒット、お!やはり今日も入れ食いか!?と小躍りしながら自分にも来い!としゃくっていたら来たのはH夫の方だった。出足から一人取り残される。

 

Pc232534

 

まだこの時はすぐ釣れるだろう、と思っていた。

ところが、このあとぱったり当たらず船はポイントを移動する。

何度か流し変えては小移動と比較的移動が頻繁に行われる。あれ?ひょっとしてタチウオちゃんの群れ小さい?と感じた。

当たりもなくなかなか最初の一匹が釣れない。

そんな中、H夫妻は夫婦仲良く二匹目三匹目と釣り足していくではないか。

完全に置いていかれてしまった。

 

Pc232535

転機が来たのは観音崎沖に移動した時、密集した船団の隣の船で釣っていた釣り人の誘いを参考にしゃくったらすぐ当たりが出た。

やっと一匹目をキャッチしたのは9時頃か。とりあえず坊主を逃れてホッとしたものの、なんか違うぞ、そうだ!今日は爆釣のはずなのに!

と思った。

Pc232540

 

一匹釣ってしゃくりのパターンがわかってからは落とす度に当たりが出るようになり、これからが入れ食いか?と思いきや、食いが浅いのかなかなか合わせても乗らない、やっとこさかけたかと思うと上げてくる途中でバレてしまう。

そんな釣りをしながら数を伸ばそうとするのだが自ずとペースは遅い。片手五本が遥か彼方に感じた。

そうは言いながらもあたりは連発するので面白いのであるが、当たっている中でなぜか船が移動。その後パターンが変わってしまった。

今度は、ちょっと柔らかく誘う方に反応がいい。それで一本上げる。

ところがまた移動したらパターンが変わってしまい、全く当たらない時間がしばらく続き、あの手この手でパターンを探すのだがなかなか釣れない。

 

Pc232538

 

同船の方々も苦労している様子だったが、一人だけ僕と背向かいの右舷のミヨシの方だけ連発していた。

11時近くまでそんな状態が続きしゃくり疲れて左腕が釣ってしまう、もとい攣ってしまう。竿をしゃくると攣るので釣りができなくなってしまった、仕方なくお昼を食べたら今度は睡魔に襲われ、僕としては非常に珍しく釣り中に横になって居眠りする。

どれくらい寝たのかわからないが、少しうとうとしたら体が楽になったので、釣り再開!なんとしても五匹くらいは攣るぞ!もとい釣るぞ!

と意気込むのだが、相変わらず左手で竿をしゃくると腕が攣り釣りにならない。(なんだかややこしい)

そこで考えたのが、ただ巻きパターン。竿をしゃくらずにゆっくり糸を巻いてくるだけ、というのを試したら、なんとこれが見事にハマってあたりが出た。

一匹追加したところで、さらに今度は手で巻くのをやめて電動リールの超低速で巻く、という釣り師的に資質を問われるような手抜きの釣り方をしたら、これがまた必ずと言っていいくらい当たってくるではないか。

 

Pc232544

 

これで今日はもらった!と思いきや、世の中そんなに甘くはない。

当たりは必ずというほど出るのだが、なかなか針にかからない。

合わせるとすっぽ抜け、かかればバレる、その打ち合わせのタイミングがわからなくなて来る。

連続して当たるのにこちとらは悶絶の連続。ようやく一匹釣り上げて五匹達成。

となったところで時間となってしまった。

 

H夫妻は夫が7匹、妻が僕と仲良く5匹という釣果で終わる。

釣果に、たら、れば、は通用しないが、もしあの辺りを取れてたら20は釣れていたのにと思うと悔しいやら、おのれの下手くそ加減にがっかりするやら。

いずれにせよ、今年の釣りの締めくくりは、まるでこの一年の低調ぶりを凝縮したかのような不完全燃焼の釣りとなったのでありました。

来年は、も少しステップアップしたいなあ。

 

ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

2020年12月24日 (木)

五島列島でヒラマサキャスティング②

さて、五島列島でのヒラマサキャスティング、前半二日で三バイト、三バラシという不甲斐ない結果に、最終日は半日のみの釣り時間しか残されていないという万事休すの状態。

その上、右肩の痛みも激しくなりキャストとリトリーブ時に痛みが走るという状態でどこまで投げ続けられるかが焦点となります。

この日、最終日も午前6時宿を出発、暗闇の港に着き出港の準備を手早く済ますと即出船となります。

暗い中海に出て最初のポイントに向かう船の中で朝ごはんの弁当を貪り食い朝まずめのワンチャンスに賭けます。

とにかくどんな事になっても、朝まずめだけは投げ切ろうという決心で望んだのであります。

 

そして最初のポイント。

昨日何匹か出たポイントのようでありました。

空がうっすら明るくなり始める中、船の上で早速投げ始めます。肩の痛みはなんとかなりそう。あとは魚が出るまで投げ続けるだけ。

東の空が赤く染まり始め太陽が出てくる。

やがて空は明るくなり、と時間はどんどん過ぎていく。

すっかり空が明るくなったあたりでミヨシのTさんにヒット。

昨日のファイトでクタクタに疲労しているTさん、ファイトになんとなく力が入らない。

水深40メートルくらいの場所だったがドラグを鳴らされ一気に糸が出された時は横で見ていた僕もヤバイと思った。

根ズレで切れるか?と思ったところをうまくかわして糸を巻き続け、魚に引きずられるようになりながらもなんとか糸を巻き

なんとか魚を船べりまで持ってきた。

船長がタモを構えて、あと少し、というところでTさん力尽きたか一瞬糸がたるんだ瞬間に魚はバレてしまった。

あああ、もったいない。と船上にため息が溢れたが、当のTさんはミヨシにへたり込んで、もう無理っす、と一言。笑いをとっていた。

船が流し直すとミヨシに立って投げ始めた僕だったが、バイトなく時間がすぎる。

10時頃まで投げたか、とうとうヒラマサは出てくれなかった。

 

その後大きくポイントを変えた後は疲れもあったし、魚が釣りたかったので竿を持ち替え根魚狙いをすることにした。

ジグは根魚狙いに強いゴビアス・ブルスリム80グラム。

これを底まで落として二、三回しゃくっては落とす、というのを繰り返すとすぐにアタリがあってヒット。

小物だな、ハタではなさそう、と思いながら上げてきたら小さいアヤメカサゴだった。リリースしても無理なくらい目が飛び出ていたのでキープ。

 

Img_7342

 

最近、根魚釣りをしていてこの手の無駄な殺生をすると心が痛むようになってきて、以前のように素直に連れても喜べなくなってきている。

魚がかわいそうだと思うと釣りをやめるしかないのだが、釣りはやめたくない。だとすれば、リリース可能な魚だけ狙えばいいのであるけれど、それが釣れない時には美味しいハタ狙いをしたくなる。という複雑な思いでの釣りをしていたのでありました。

しばらくやっていると、次はいいアタリがきてアワせると竿に重さが乗りぐんという手ごたえ。おお、今度は本命だろうと糸を巻き巻きすれば上がってきたのはまあまあサイズのアコウ(キジハタ)だった。

 

Img_7332

これで、美味しいお刺身で一杯できるな、もう一匹くらい釣りたいなと根魚狙いを続ける。

 

同行メンバーも根魚王は着々とアコウを釣りまくり、Oさんはマトウダイまで釣っていた。

Img_7345
Img_7346

ションベンダイのトリプルヒットなどもあり賑わっていたのでありました。

 

ポイントをいくつか移動しながら狙うも、いいポイントでなかなか潮が動かなかったりでキャスティング組は苦戦する。

そんな中で誰かがワラサを一本あげて時間となりやむなく終了。

三時間半走り港へ向かう船の中で僕はビールを飲んでお昼のお弁当を食べたら、キャビンの奥に潜り込み寝てしまった。

なんだか体が疲れる今回の釣行だった。

肝心のヒラマサはバラシばかりで終わってしまったし、課題ばかりの残る釣行となってしまった。

それでも、三日間釣りに没頭できるというのは楽しいもので、コロナ禍の中でもこんな風に楽しめたことに感謝した。

 

新型コロナの感染者数はその後も増える一方でここ数日最悪の状態が差し迫っていることがよく分かる。

年末年始、そして来年に向かって、これ以上の感染者数増加は避けたいところだが、政府はもたつくばかりか自分たちから自粛を謳った宴会をやっているようではまるであてにならない。

まさに政治的にも地獄の状態なのだが、なんとか生き抜いて来年以降も実b性を楽しみたいと思う年末になってしまった。

皆様も十分に用心して感染なさらないことを祈ります。

 

 

ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

 

 

 

 

2020年12月21日 (月)

五島列島でヒラマサキャスティング①

新型コロナウィルス感染者数が日々増大する中、正直旅には出たくないのだがもう二年前に決まってしまっている遠征釣行だし、今更キャンセル料を払ってキャンセルするのも貧乏人には辛いので、半ば渋々出かけることになった今回の五島列島遠征釣行なのであります。

旅行といっても釣りの場合は船をチャーターして乗ってしまえば海の上。不特定多数の人と入れ替わり立ち替わり接触することもないので比較的感染率は低いと思われるのでありますが、今回の行き先までの飛行機などではGotoキャンペーンで一般旅行客も増えているため若干の不安はありました。

しかしながら、コロナ観戦の現状を見ると移動中の感染よりも飲食や会食による感染率の方が高いと思われるので、まあ、身内に感染者さえいなければ大丈夫であろうと出かけたのでありました。

 

今回の僕の釣りのテーマはキャスティングででかいヒラマサを釣ること。

キャスティングの釣りはここ3年間右肩の痛みでほとんどすることができなかったのでありますが、先月の隠岐の島釣行でだいぶ投げられるようになったのが分かったことと、下手くそだったキャスティングがいくらか力を入れずに投げられるようになったことから、今回はキャスティング・メインでと心に決めたのでありました。

事前の準備では手持ちのキャスティング・ルアーをルアー・ショップ、エブ・アンド・フロー持ち込み、店長に使えるルアーをセレクトしていただくほどの気合の入れよう、どうしても釣りたかったのでありますね。

さて、今回の遠征メンバー7名は羽田から長崎に飛び前泊して翌日から三日間の釣行となりました。

釣り初日はいろいろあって港を出たのは午後2時。

この日の宿泊地、北五島の宇久島に向かって走りました。

4時半頃、宇久島近くのポイントに到着し、日没までの一時間のみの釣りとなったのであります。

いつもなら、釣り開始とともにジグを落として根魚を狙う僕なのですが、今回は躊躇わずキャスティングロッドを手にしてキャスティングを開始。

ミヨシから4人並んでキャストします。

開始からそう時間も経たないうちに同行のOさんがヒラマサをヒットさせ早くも釣り上げた。

Img_7223

 

ポイントを移動し、早くも一匹釣り上げたOさんは根魚、主にクエを狙いジギングを始めてミヨシが空いたので、僕は勇んでミヨシに立ちはだかり、薄暗くなり始めた海に向かってキャスティングを始めると、何投かでルアーのあるところに波紋が広がり手元にズッシリとした重さを感じた。

ヒット!とすぐに糸を巻いてテンションをかけて魚の口から針が外れないようにすべきところを、体が無意識に反応してアワセてを入れてしまった。次の瞬間竿は軽くなりバラし。トホホである。

せっかくの夕まずめのチャンスをバラシで逃してしまった。

 

いつもは隣に並んで根魚を釣っている根魚王は一人で黙々、かつ着実に狙いのアコウ(キジハタ)を釣り上げている。

いつもならここでそちらに気持ちを引きずられて根魚釣りに走るところなのであるが、今回は我慢してキャスティングを続けた。

 

Img_7207
Img_7207

 

暗くなるまでの小一時間、投げ倒したものの結局はあのバラシで初日は終わる。

まだ二日ある、明日こそ!と気持ちを切り替えて宿泊地に向かったのでした。

 

宿に着くと風呂に入り疲れを取り食事をとって酔っ払うとすぐに寝る。

 

二日目は早朝6時出船。

西の海の日の出は遅く明るくなるのは7時頃だった。

朝まずめのチャンスタイム、今日も投げまくるぞ!とキャスティング・ロッドを手にする。

まだ薄暗い海にルアーをキャストしてはリトリーブを続ける。

使っていたルアーはカーペンターの舞姫。昨日もこのルアーにヒットがあったので使い続けた。

次第に空は明るくなり雲の向こうに日が昇ったのが分かる。

 

そろそろ出てもいい頃なんだけど、と思い始めた頃、いきなり来た。大きな波紋とともに手元に来たぐん!という思い手応え。

ヒット!と思わず声をあげる。急いでリールのハンドルを回し糸を巻く。が次の瞬間機能と同じくまたしても魚が外れてしまった。

Y店長がアワセちゃダメ!というのが聞こえた。自分ではアワセていないつもりなのだが体が反射的に動いてしまったようだ。

この釣りは、針に掛かったヒラマサがそのまま船に向かって走ることが多く、糸がたるんでしまうと緊張がなくなり自ずと針も外れてしまう。ヒットしたら魚が反転して引き込むまではひたすら全力で糸を巻かなければならない、それが僕にはできていないのだった。

手応えは昨日の魚より重かった。流石に今回は悔しかった。一日投げて魚が出る回数はそう何度もない。少ないチャンスをモノにできなかった悔しさがこみ上げてくる。

まだまだある、と自分に言い聞かせて気持ちを切り替えようとするのだが、悔しさを引きずってしまいなかなか気持ちが切り替わらないままキャスティングを続けた。

すっかり明るくなった頃、ポイントを変えたところでミヨシで投げていたTさんにヒットする。

魚はガッチリ針にかかり竿が弓なりに絞り込まれていく。海に引きづり込まれそうになったと思ったらドラグが鳴ってしばらく糸が出た。

水深はそこそこあるもののこれ以上出されたら根ズレでやられる。船長がキャビンから飛び出してきて、巻いて巻いて!と叫ぶ。

魚が止まった隙を見て糸を巻き返しなんとか事なきを得る。

 

Img_7215

 

ミヨシを右に左に魚に惹かれて翻弄されながらもTさんは主導権を握ったようだ。

最後は左側に回り込むと魚が見えてきた。デカイ!軽く10キロはある。

船長がタモに入れようと船から身を乗り出すが、大きなタモに入りきらない。誰かもうひとつタモを持ってきて!と叫びタモがもう一つ尾の方から入れられるとなんとか魚は入って船に持ち上げられて入った。

Img_7219

 

ふらふらに鳴って腰砕けになるTさんにその大きなヒラマサを持たせて写真を撮る。

早く撮ってください!重くて無理!とTさんが叫ぶ。

船長とY店長が代わる代わる写真を撮り、もう少し上に持ち上げて、もう少し待って、と注文をつける。Tさんの顔が魚の重さに歪む。

写真撮影が終わり船長が重さを測ったらなんと17.5キロあった。重いわけだ。

ふらふらしながらもTさんは喜びに顔がくちゃくちゃになっていた。

Img_7220

 

そんな姿を見ながら、僕もさっきのをバラさなかったら、と悔しさが再びこみ上げてきた。

 

それからしばらく朝まずめが終わる10時頃まで投げていたが、肩の痛みと妙な体のだるさを覚えてキャビンに入り寝てしまった。

夢の中でキャビンの天井がドタンバタンとなるのを聞いてだれかが釣ったのかなあ、とぼんやり思ったりしていた。

 

Img_7221

一時間くらい寝たのだろうか、元気になったので再びキャスティングを始めるも魚は出ない。

船長ももう少し出るのではないかと思っていたらしくちょっと予想が外れた感じでいたが、投げる我々を鼓舞するかのように声をかけてくれていた。

 

お昼になり移動中にお弁当を食うのと一緒にビールを飲む。

移動後は張り切ってキャスティングをしていたものの、再び肩の痛みが重く体にのしかかり辛くなってしまったので次の移動でまた寝てしまった。

しばらくいい気持ちで寝ていたらY店長に起こされる。エノスさん地合いですよ!今投げないと!と言われて外に出ればすでに薄暗くなり始めている。

ここから夕まずめまでが勝負と気合いを入れて投げた。

空が薄暗くなる頃に出た!三たび手元にヒラマサの重さが伝わってくる。よし、行ける!と思い必死に糸を巻く。ところが巻き始めたところでまたしてもヒラマサがバレてしまった。Y店長からアワセちゃダメですよう!と声がかかる。自分ではアワセているつもりは全くないのだが体が無意識に反応してしまう。20年以上やっていたバス釣りの癖が体に染み込んでしまっているのだろうか、魚が掛かった瞬間体が勝手にアワセを入れてしまうようだ。この悪い癖をなんとかしないとヒラマサは永遠に釣れないことになる。なんとかせねば。

Img_7210

この日も暗くなるまで投げたが、その後は僕にはアタリはなく終わる。

根魚釣りをしている根魚王がヒットするたびにY店長がおお!とあげる声だけが耳に残って一日が終わった。

肩の痛みは何もしていない時には痛まないほどに回復しているのだが、キャスティングの瞬間とリトリーブで手前に腕を引く瞬間に痛む。

 

なんとか明日の朝まず目で勝負しなければ、と期待して宿に戻った。

 

 

ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

 

2020年12月10日 (木)

人生初の伊勢神宮参り

伊勢神宮に参拝することになった。
参拝することになった、というのは自ら伊勢神宮参りを希望したわけではなく、伊勢湾でのブリ釣りと参拝がセットになっていたから、まあ仕方なくというわけではなく一度伊勢神宮はお参りしてみたいな程度の興味はあったので行くことになったというわけ。
前日伊良子岬から伊勢湾フェリーで鳥羽に上陸した我ら釣り師5名は伊勢神宮近くの安いビジネスホテルに泊まり、翌日早朝から参拝に出かけることとなった。
なんでも伊勢神宮の正しいお参り方法というのがあるらしく、いきなり伊勢神宮本宮にお参りしてもダメなのだそうだ。それはいくらお賽銭をつぎ込んだからといってもダメなものはダメらしい。いわば参拝の作法というか様式というか決まり事というか、そういうものがあるそうなのである。
今回の伊勢神宮参拝はちょっと神がかっている昆虫大好きさんのアテンドで行われた。
まず最初は海辺の二見興玉神社(すでに読み方は忘れた。罰当たりだ!)に早朝出かけて、海の水で体を洗い身を清めるらしい。
ということで午前5時半、ホテルのロビーに集合して出かけてゆく。
12月に入ったばかりであるが、日も短いこの時期の早朝5時半は暗く寒い。
20分ほど車を走らせて神社に着くと、さすがに人もまばらであった。
Dsc08018
Dsc08038

中に入っていくと海には有名な夫婦岩があり、それと正対するように陸側には天の岩戸がある。おお、さすがに天の岩戸くらいは知ってるぞ、ありがたいので早速お賽銭を入れてお祈りする。
その先には浜辺があり、ここで海に入って身を清めるそうなのだが、こんな寒い中海に入ったら清められた体もすぐに風邪をひいて熱を出し、コロナ患者と間違えられて病院行きとなるであろうと察して割愛する。
Dsc08055
やがて東の空が茜色に色づき始める頃には観光客が増えていて、三脚付きの本格カメラを持った集団やら、近くのホテルから浴衣に端然というラフな姿で出てくるものなど様々いる。中でも若いカップル係数が高く男五人、もといオヤジ5人のおっさん軍団としては非常に羨ましくて頭にくるくらいなのであるが、そこは一つ大人になってカップルに声をかけてはツーショットの写真を撮ってあげながら呪いをかけるという反撃に出た。
Dsc08071
この時期、太陽が上がってくる方向は夫婦岩のはるか右寄りの南東方向の山の中なので、ご来光を眺めることは出来ないのであるが、朝焼けの神々しい写真を撮れたらとの思いで日の出まで待ったが、思ったほどの朝焼けもせずなんとなく中途半端な出だしとなった。
次にお参りするのは下宮というところらしいのだが、この時点でまだ朝の7時。朝食も食べてないのでこの時間に空いているお店といったらここしかなかろうということで、エノカフェの宿敵でもある(勝手に決めつけている)コメダ珈琲店に入り暖かい朝食をいただく。
体格のいいヨッシーさんと、昆虫大好きさんは朝っぱらから分厚い揚げたてカツの挟んだカツサンドをハフハフ言いながら平らげた上にあんこ入りのシロノワールまで平らげていた。二人の体格が良い理由が非常にわかりやすい朝食であった。
Dsc08107
さて暖かい朝食をとって体も温まった我ら5名の釣り師は伊勢神宮宮下社に向かう。
広い駐車場は無料。気前がいい。
下社の本殿に向かうのかと思いきや正面の鳥居を通り過ぎてさらにその先へ歩く。
何やら下社に行く前に行かなければならない社があるらしい。
境内の広い森に沿ってしばらく歩くと右に入る小道がありその奥にはおいなりさん特有のたくさんの鳥居が立っていた。しかしここの鳥居は他とは違って色が赤くない。無垢の白木の鳥居、しかもみんな太くて立派なものが連なっている。さすが伊勢神宮はこの辺りも格が違うのか、と思いながら小道を入ってき鳥居をくぐるとその先が少し広くなっていてさらに大きな鳥居があり社がたたずんでいた。
Dsc08111-1
そこには豊川茜稲荷神社というのぼりが立っており、なんだか立派なお稲荷さんだったので、意味もわからず参拝する。
今年一年の無事の生活にお礼を言い、厄除けを祈る。
Dsc08118
ここからは道を戻らず、お稲荷さんの鳥居前を通り過ぎるように奥に行く小道を進むとやがて左手に大きな池が現れ、その先で下社の広い参道に出た。
下社の参道沿いの杉の大木に感心しながら5分ほど歩くと下社の立派な社があった。
ここは20年ごとに建て替えられるらしく、社と同じ土台が社の横に残っている。
社は茅葺き屋根に全て木製。どこぞの鉄筋こコンクリートの神社などとは趣も格調も違う。宮大工の減少著しい中にあって決してコンクリートの神社を非難する意図はない。むしろ、そういった環境の中で伝統の木製の社を保存し続ける伊勢神宮は流石日本の神様の総本山、と強く感心させられたのである。
Dsc08126
下社でのお参りが終わると本社へ車で移動しいよいよ伊勢神宮参拝のクライマックスに入る。
車を降りて通りを渡ると、そこは有名なおかげ横丁への入り口だった。
Dsc08137
恥ずかしくも僕はこの横丁の存在を知らずに現地に来てしまったのだが、興味がなかったのだから仕方がない。
横道から本筋に向かって歩くと、少し広い十字路がありその角に有名な赤福の本店があった。
この度の出発前にカミさんから赤福だけはお土産に買ってこないで!食べきれないし太るから!みたいなことを言われていたので、写真だけ遠目にとって近づかないようにする。
Dsc08135
振り返ればそこからはまっすぐ伊勢神宮に続く参道が伸び、両側にはびっしりと土産物屋が並んでいる。観光地らしくなりテンションが上がって来たがコロナのせいか時間が早いせいか人影はまばらだった。
Dsc08134-1

帰り道で買おうと思っているお土産屋の場所などを確認しながらずんずんと伊勢神宮に向かって進んでいくと、やがて大きな鳥居がありいよいよ本宮の境内に入る。
中は広場がありその右手に日本庭園がある、さらにその右手に橋がかかっていて五十鈴川の流れを見ることができる。
せっかくなので橋を渡り反対側まで行くのだが橋のたもとにも大鳥居がアリそこでも一礼して潜るのであった。果たしてこの日鳥居をいくつ潜ることになるのだろうかという思いが湧いてくる。
橋の上からは川沿いの紅葉が所々に見られ、逆光に照らされて美しかった。秋の陽は午前中にかぎる。柔らかな斜光は風景を優しく立体的に見せてくれるからだ。
橋から戻り参道に入るとその先は巨木が林立する深い森になっていた。
少し行くと森の切れ間に川辺に行ける広場があり水辺に移る紅葉を楽しむ。どうやらいい日に来たようだ。景色が全て目に優しい。


Dsc08157
参道には玉砂利が敷かれており草履で出かけた僕の足に優しかった。
せっかく日本一の神社に行くのだからとそれ風の衣装で出かけて来たのだ。
なにせ始めてのお伊勢さん参り、気合の入れ方が違うのである。
Dsc08163
しばらく参道の森の中を歩くとY店長が右手に伸びる道を指差して、こっちに行くという。
なんでもこの奥にある神社にお参りに来たかったとか。せっかくなので付き合って行く。
Dsc08165
橋を渡るとそこはまた深い森を切り開いたところに立派な社があり別宮風日祈宮(かざひのみのみや)という札が立っていた。
名前からしていかにも自然を取り仕切る神様風なので、日頃から釣りという自然相手の遊びを激しく行なっている僕は自然の神様の釣行の安全と爆釣の祈願をした。ムシがいいのである。
そこから同じ道を戻り少し山道を上がるといよいよ内宮なのであった。
階段の先は撮影禁止と厳しい昔の軍隊のお偉いさんのような制服を着た係員さんがいうので、階段の下で最後の写真を撮り階段を上る。
Dsc08189
参拝者はまばらで中学校の修学旅行らしい団体の他に団体客というのがいない。普段ならお伊勢参りツアーの団体さんの行列でいっぱいになるらしいのだがガラガラだった。階段を上がるとそこにまた警備員さんがいて、何人もいない参拝客に向かって、そちらからどうぞ、前にお進みください、などと指示をしているのだがあまりに人が少なくその指示も虚しく森に吸い込まれていった。
参拝をした後はすぐ横の本殿の見えるところから本殿を覗き込む。
立派な茅葺の社はさすが日本一と頷ける立派なものであった。
周辺の空気は清々しく澄み渡り、森から差し込む光も神々しい。しばらくそこでゆっくりしたい気分になって塀越しに本殿を見ていると、中に宮司を共にして入り参拝している人の姿があった。
それを見て、そういうお参りをすると一体いくらの玉串料がかかるのか、などという下世話な思考に素早く切り替わってしまう自分が虚しい。
やがて、たの一同が帰るというのでないぐうを後にしてきた道を戻るのではなく帰り用の道を辿って境内の入り口まで行く。
参拝はここで無事終了となり、後はお土産を買うものと赤福でお茶を飲む者などに別れて思い思いに行動した。
僕はカミさんから頼まれていた「ブランカのシェルレーヌ」というお菓子を探して歩き回り、三重交通のガイドさんや、お菓子を扱うお店などで尋ねまくったのだが、どうやらここの横丁にはなく伊勢の街場にあるらしいということがわかった。
仕方なく「虎屋のういろ」と「伊勢うどん」を買い込み集合場所に行く。
昼食は後でみんなで食べようということなので食べなかった。ところが僕と昆虫大好きさん以外の3人は、赤福で出来たて赤福とお茶をいただいた後に、伊勢うどん、松坂牛串、さらにアイスクリームと、地元名産品全てを平らげてきたらしい。
なんだか話が違うぞ、とちょっと色々あった上に集合場所が突然駐車場に変更するなどあった後、無事全員集まり帰路へ。
途中、地元イオンになら売っているはず、という件のシェルレーヌを買いにイオンによっていただき無事に購入する。
イオンによればなんでもお土産N01らしい。そう書かれた札を見た途端、他の一同もリアクションバイトをし皆同じものを購入していた。
多くのものがお土産だったのに対し、ヨッシーさんだけが自分で食べたいからと買っていたのが印象深かった。
さて、こうして無事に参拝を終え、食いたいものを食いまくり、お土産も買い安堵した我ら5人はきた道を戻り鳥羽の伊勢湾フェリー乗り場からフェリーに乗って伊良子へ渡り横浜への帰路に着いたのでありました。
ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

2020年12月 9日 (水)

コーヒー焙煎は楽し!@パナマ・クアトロ・カミノス/コスタリカ・ホワイトハニー

コーヒー直焙煎シリーズです。
今回は半年ぶりにネットの生豆屋さんを見たら珍しい豆があったので迷わず購入。
その中からコスタリカのホワイト・ハニーと本ブログ初登場のパナマの豆クワトロ・カミノスであります。
パナマといえば我々世代はパナマ運河が頭に浮かぶくらいで、パナマの産業はなあに?と聞かれてもウ〜ン!と腕を組んで考え込んでしまうのでありますが、コーヒー栽培があったんですね。
数年前、同じ中米のコスタリカの豆が品質がよく味も良いので一躍有名になって以来、近隣のホンジュラスの豆も似た味わいのいい豆を産出していましたが、ここにきて中米の一番細いところのパナマの登場ということで、いよいよ中米といえばコーヒー!と言えるような時代がやってきた感があります。
とはいえまだ飲んだこともないコーヒーなのでその味については飲んでみるまではわからない。
早速、200gほどをざるに入れて、カセットコンロの強火を遠火にしてシャカシャカ始めます。
焙煎仕上がるにはおよそ15分間、このシャカシャカを続けるわけですが、面倒臭そう!という意見をよく聞きます。
ところが、この15分間はコーヒーの生豆が一人前のコーヒー豆に仕上がって行く過程を目の当たりにできるばかりか、その間、自己との対話をし自分を見つめる時間を楽しむことができる貴重な、かつ楽しい時間なのであります。
Img_6466
さて、そのようにシャカシャカしているとやがて豆の表面に火が通ってきて豆を覆う薄皮が細かい粉になってこぼれ落ち始めるのですが、このパナマは薄皮が豆の形をしたまま剥がれてきた。
これは、コスタリカの豆を焙煎するときにも同じことが起こるので、味のいいコスタリカと同じ、ということで期待が湧いてきた。
Img_6467
ここまではおよそ5分くらい。さらにここから10分ほどシャカシャカ煎ると最初のパチパチ音が聞こえ爆ぜ始める。
この瞬間がコーヒー焙煎で一番テンションの上がる瞬間なのですが、豆によってその音も違うのでありますね。
今回のパナマは実にはっきりとした元気のいい音で、パチッ!パチッ!と爆ぜてくれるのでその音だけで煎っているこちらも元気が出てくるというものです。
およそ2分間くらいパチッ!パチッ!と全体が爆ぜるとここでミディアム・ローストの完成なのですが、今回はさらに深めに煎って二度目の爆ぜまで煎りこみます。
二度目の爆ぜ音は一度目とは違い、地味に小さい音でプチプチ、あるいはチリチリといった感じの高いささやくような音。
これが始まると、もうどのタイミングで焙煎を止めるか心の準備をします。
何しろここで油断すると、真っ黒焦げの深入りまめになってしまい苦味が出過ぎてしまうのでアイスコヒーなどに向いているヨーロピアン・ロースト、またはフレンチ・ローストになってしまうのですね。
僕の狙うのはその一歩手前のシティ・ローストあたりなのでその焙煎具合の見極めが重要になるのであります。
やがて豆が紫紺の煙をあげ始めたあたりで少し様子を見て焙煎をやめます。
カセットコンロの上には粉のような薄皮がたくさん落ちて散らかるのですが、あとで掃除機で吸い込んでしまうと後始末は意外と簡単なんですよ。

Img_6468
さて、ほぼ同様の工程を経てコスタリカのホワイトハニーも煎り上がり熱をとります。
その間にカセットコンロのお掃除をして後片付けしていると余熱も取れてコーヒー豆が出来上がるというわけ。
Img_6469

今回はコスタリカの方が若干弱めの焙煎でしたがほぼ狙い通りに仕上がりました。

Img_6472
下の写真が期待のパナマ、クワトロ・カミノスです。上のコスタリカに比べると少し色が濃いめで、それだけ強く焙煎したということ。苦味がその分出ます。
Img_6472b
こうして焙煎した豆は6時間程度置くとコクが出て飲むのにいい味になります。焙煎したてはなぜかサラッとしたコクのあまりない味で飲んでもつまらないことを経験したので、僕の場合はだいたい翌日から飲むことにしています。
さて、翌朝。
早速パナマのクワトロ・カミノスを飲んでみました。
香りは想像通りコスタリカに似ている、味もコスタリカ並みに美味しければ!と口に含んで香りと味を楽しみます。
その味は概ねの傾向はコスタリカとお同じで、深いコクに酸味、苦味のバランスが良く美味しいコーヒーでありました。
が、こくの点ではもう一つコスタリカに負ける感じでしたね。普通に飲むには申し分のない味なのですが、さらに美味しいコスタリカを知ってしまっているので物足りなく感じてしまうという、贅沢な結果に終わったのでした。
次はもう少し焙煎を浅くしてまた違った風味になることを期待してみます。
ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

2020年12月 8日 (火)

2020年、ジョン・レノンの命日に思うこと

今からもう40年も前になる。日本時間では1980年の12月9日だったと思う、現地時間で12月8日、ニューヨークのセントラルパークでジョン・レノンが凶弾に倒れて死んだ、というニュースが飛び込んできたときは、何かのジョークだろうと思った。それから各メディアでそのニュースを聞くにつれ事実だと認めなければならなかったのだが、僕の中ではジョンの死を受け止めるまでには数年かかったように記憶している。

 

ジョン・レノンを知ったのは中学2年生の頃か。イマジンのヒットでラジオからその曲が頻繁に流れてきてそれまで釣りにしか興味のなかった僕が初めて音楽に興味を持つようになった。

そして、ジョン・レノンがビートルズのメンバーだったということを知り、自ずとビートルズに傾倒して行く。

それから2年ほど、僕の生活はビートルズ漬けになった。ラジカセをせがんで買ってもらい、ラジオでかかるビートルズの曲を片っ端から録音しては繰り返し聞く。

生まれて初めて自分のお金で買ったレコードはもちろんビートルズのアルバムだった。それはサージェント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドだ。

当時僕の家にはポータブル・ステレオしかなくそれを自分の部屋に持ち込んでくる日も来る日もビートルズを聴いた。

アルバムも、リボルバー、ラバー・ソウル、と増えて行ったが、高校一年生の冬だったと思う。TBSラジオの深夜放送、パック・イン・ミュージックの第二部で宮内静雄DJがかけたイエスのラウンドアバウトを聴いてビートルズからプログレへと音楽の趣味が変わっていき、その翌年にはマイルス・デイビスを聴き今度はジャズどっぷりの生活に変わって行った。

 

こんな風な僕の音楽人生初期の流れだったが、その間もジョン・レノンはマインド・ゲームなどのヒットを時々出していたので聴いていたし、いつも気になっている存在だったし、何よりも僕の音楽人生のスタートを切らせたのはジョン・レノンだったので、彼が突然この世からいなくなったことは大きなショックだったし、にわかに信じられなかったのだった。

 

ジョンが亡くなった数年後、当時はまだ危険な雰囲気の漂うニュー・ヨークへ初めて行った。新婚旅行だ。

セントラル・パークからジョンの住んでいたダコタハウスを妻と一緒に見た。

その後、1990年頃には仕事で数回ニューヨークへ行き、セントラル・パークのジョンが撃たれた地に造られたジョンの碑、イマジンを撮影したりした。

その時はカラオケビデオを作る仕事をしていて、ビートルズの曲やジョンの曲を作る時には率先して手を上げて自分に作らせてくれるようクライアントにアピールした。

そうそう、そのカラオケの仕事ではビートルズ曲集を作りにイギリスに行きリバプールでも撮影している。

ビートルズのメンバーの生家など訪れ撮影した。ジョンの生まれた家というのは住宅街の中のひっそりした感じの家だった。ストロベリー・フィールズも行った。

このようにジョンの死後に彼の生い立ちを追いかけるように、僕は仕事で彼の生活した町を巡礼者のように訪れては撮影したのだった。

 

2000年、21世紀になると40歳で亡くなったジョンの年齢をいつの間にか自分が追い越していた。

40歳を超えた僕はそれからすでに20年以上も生きているが釣りとジャズを愛しながら平凡に暮らしている。

平凡に生きることは簡単なようで難しいと思う。生きていれば何かしら大きなトラブルに巻き込まれることも多々あるだろうし、人生の中で苦難の時期は誰もが体験するだろう。僕もそれなりの苦難はあったが、今はそれをなんとか乗り越えて生きている。

 

 

なんだかとりとめのない文章になってしまったのだが、僕の人生を振り返るといつもそこにはジョン・レノンがいたように思う。

青春時代の僕にジョンが与えてくれたのは反暴力、平和を愛すること、差別のない社会だった。

今でも僕にはジョンのその心が息づいている。

今年もまたラジオからジョンの曲、ハッピー・クリスマスが流れることだろう。

そしてそれは戦争のない世界が訪れるまで永遠に流れるに違いないと思うのだった。

 

 

 

2020年12月 7日 (月)

伊勢湾ブリ釣行2020@祐英丸

伊勢湾への寒ブリの釣行である。

毎年この時期に伊勢湾に出かけるのであるが、横浜から伊勢湾への釣りは片道五時間と日帰りでは遠く、一泊するには近くとどちらにするかいつも迷うのでありますが、今回は釣りのあと一泊して伊勢神宮参りをしようということになったのであります。

とはいえ、行きは横浜を夜中の0時に出発してのハードなスケジュール。

今回は知多半島師崎の祐英丸さんが伊良子側へ迎えにきてくださるというのでだいぶ余裕のあるスケジュールとなったものの、夜中の東名高速をぶっ飛ばし、もとい安全運転で伊良子岬に到着したのが朝の5時過ぎ。港で車を降りると風が音を立てて吹いていた。本当に釣りになるのか。

船は6時半過ぎに迎えに来るということなので余裕を持って支度することができた。

強風の中でものを飛ばされないよう気をつけながら支度する。


11_20201207091801

午前6時半過ぎ、日の出とともに次々と港に釣り船が入って来る。我々と同様に師崎から迎えに来る船が他にもあるのだろう。我らの乗る祐英丸は大トリに登場。港の岸壁から船に乗り込む。

 

すでに師崎から乗船したと思われる釣り人が5〜6名乗っていた。遠回りをさせてしまって申し訳ない気持ちになる。

ポイントまでは30分ほどだったか、船が急に減速し到着。すぐに釣り始める。水深は20と浅い。

始めるとすぐにトモのお客さんにヒット。小さい。ブリとはとてもいえないイナダサイズ。それでも釣れれば良い。

04_20201207091801

今回の釣行は総勢5名。Y店長、トウキョーのYさん、ヨッシーさんとイニシャルがYのヒトが三人、Yトリオだ。それに僕と昆虫大好きHさん。

その順番で右舷のミヨシから並んで胴の間まで並んで釣り始めた。

すると真っ先にHさんがヒット。そしてヨッシーさんもヒット。なんだ入れ食いじゃないか。すぐ僕にも来るだろう、とジグをしゃくるが全くアタらない。

何かが違う、と思っていたら船長から「ベイトはイワシだよ」と声をかけられていただいたのですぐにジグをブルスリムからツキジグに交換。

Hさんもツキジグを使っていた。ところがジグを代えてもアタらない。サイズがでかすぎるのか?と220gから160gに変えたら途端にアタリがでてヒット。ところが沸かしとイナダの中間くらいのおチビちゃん。

この間もHさんはワラサクラスを2本追加、さらにイナダサイズも釣って絶好調。

 

10

ミヨシ方面はあまりよく見ていなかったがどうも釣れている気配はない。

日本目を狙おうとしたところでポイントを移動。少し沖へ、ということで少し走って沖へ。水深は変わらず20mほどの浅場。ここも入れ食いか?とおもたが朝一の活性は落ちてしまったのか沈黙したのですぐにさらに深場へ移動となった。

次のポイントは60m。大型が出るのか、と勇んで釣るがアタリはない。船長もその様子を見ていて早めに移動を決意し、サワラとブリのポイントへ移動する。

ここもなかなか渋かったのだが、二度目の小移動をしたところでHさんにサワラがヒット。いいサイズを釣り上げた。

美味そうなサワラを見せつけられた僕はすぐさまHさんの使っていたジグと同じアンチョビットシャープ180gに変更し落とす。

08

 

水深50m、底近くを探ると二度目に落としてしゃくったところでヒット。狙い通りのヒットに声を出してしまった。ところが次の瞬間、プッという感触が手元に伝わり糸が切れた。あああ、サワラの鋭い歯に糸が当たってしまった〜!

すぐに回収して糸の切れ目付近をチェックし再びアンチョビットシャープ180gの色違いを落としたが間に合わなかった。

その後はしゃくれど誘えどアタリなく、何度か小移動するも全くダメだった。

 

03_20201207091801

そんな中、本日絶好調のHさんの竿が大きくしなる。ブリか!?と思うほどの重そうな竿の曲がり方、しかし何かが違う。グイグイ引く魚ではないのだ。重そうだがドラグも出ない。しばらくファイトを見ていたら上がってきたのはなんと!シュモクザメ!ハンマーヘッドと言われ最も凶暴なやつだ。これの1メートルくらいのやつがジグをくわえていた。

船長がうまいことジグだけ外してくれて無事にジグを回収してリリースしたがハンマーヘッドを釣ったのを見たのは初めてだったのでコーフンする。

次第に風も波も強まり移動中に潮をかぶっては濡れ、船の揺れで体のあちこちをぶつけて消耗する。

11時過ぎ、朝一の浅場に戻りブリを狙う。

船長が他船との無線で話しているのを聞いたら波が出てきたのでどの船も昼頃で早上がりする様子だった。

もうそう時間は無いと気合を入れていろいろなジグを試してしゃくるのだがたまにアタルもののなかなか乗らない。

02_20201207091801

 

ちょっと手を尽くした感があってどうしようか迷っていたところで左側で釣っていたヨッシーさんにヒット。いいなあ、と見ていたらイナダだった。ヨッシーさんも朝一以来のヒットで嬉しそう、満足げな笑みを浮かべていた。するとその時ミヨシのY店長もヒット。竿がけっこう曲っているでは無いか。こういうヒトが釣っていい気分になっているときにそれ以上の魚を釣り、気持ちを一転させてくださるのがY店長の得意技。

 

05_20201207091801

 

またまたやったな、と見ていたら上がってきたのはイナダのダブルヒット。アンチョビットシャープの上鈎と下鈎に1匹ずつかかっている。それを見たヨッシーさんはエミは消えて、なんだよまたかよ!せっかくヒトがいい気分でいたのに!と呆れ顔になっていた。

 

01_20201207091801

波が上がってきたのでこの一本で釣りは終了。早上がりとなった。ポイントから伊良子港まではすぐだった。

わざわざ我々五人のために遠回りしてくださった他の釣り師の皆さんにお礼を言い船を降りる。

眠さと疲れで身体中の筋肉が攣っていた。

06_20201207091801

 

両手がこわばり帰り支度ができないほどだった。風も一層強まり埠頭の先端に降りた我ら五人に叩きつけるように吹いた。

釣れなかったけれど早上がりしてホッとするも、切られたサワラの1匹が実に悔しくて気持ちが治らない僕であったのであります。

片付けが済むと車で伊勢湾フェリーに移動し間も無く乗り込む。船の上で横になった途端意識がなくなった。

気がつくと我ら五人は鳥羽にいた。

 

ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

« 2020年11月 | トップページ | 2021年1月 »

2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29