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2021年8月

2021年8月10日 (火)

「耳なし芳一」坂田明、青木裕子、よしむら欅@テアトルフォンテ

耳なし芳一、といえばラフかディ・ヨハーン(小泉八雲)作の怪談であることはみなさんもよ〜くご存知でしょう。

怪談といえば夏、夏といえば怪談、こわ〜い話を聞いて身をゾクゾクさせてガタガタ震え寒くなる、そんなお話をジャズと朗読と音響効果のコラボで演じようというのが今回見に行った「耳なし芳一」なのでありました。

メンバーは言わずと知れた(ジャズ界ではね)サックス、クラリネットの巨匠坂田明先生、語りは元NHKアナウンサーの青木裕子さん、そして音響、その他効果音がよしむら欅さん、という三人組のユニットであります。

 

この公演を知らせるポスターにはユニット名、出演者名などが全く書かれておらず、三人の写真が般若信教の怪しいタイポグラフィに彩られているもので、これを発見したのはウチのカミさん。散歩中に地元町内会の掲示板に坂田明と思しき写真を見つけて僕に尋ねてきたので、これは間違いなく坂田先生、我が家の近くのホールでやるというので見に行こう、ということになったのでありました。

 

Img_0369

この写真は会場にあったメンバーのサイン入りのものです

 

近くのホール、というのはテアトルフォンテという300人ほど入る小さなホールで、当日はコロナ感染の密を防ぐために100人に絞って行われました。

ホールに入ると中は冷えびえするくらい冷房が効いており、怪談を聞く前から薄ら寒くなってくる。

 

やがて開演時間隣ホールは暗転したと思うと、ゴ〜ン!というお寺の鐘の音のような低く響く鐘の音。それに続いてチリ〜ン、チリ〜ンという小さな鐘の音。もはや平家の霊が出てきそうな怖〜い世界に一気に引きづり込まれる。

緞帳が上がると中央に青木裕子さんと思しき女性、上手に坂田明先生、下手に様々な鳴り物に囲まれたよしむらさんと思しき三人がいた。

 

よしむらさんの奏でるおどろおどろしい効果音が流れたと思うと、やおらアルトサックスを持ち立ち上がった坂田先生の悲鳴のような、あるいはすすり泣くような怨念を感じさせる不気味なサックスのメロディ、いや音が会場に溢れ出る。

開演前にこの日の客層を見回して見たのだが、高齢の女性グループが多かった。この方々は坂田先生のこのような演奏を予想してこられたのだろうか?もしも何も知らずにいきなりこれを聞いたのであれば、さぞやびっくりするに違いない、などと腹の中でほくそ笑みながら先生の耳なし芳一のテーマ的なサックスに聞き惚れる。

欅さんと坂田先生のサックスのやり取りはまさにフリージャズそのもので非常に心地よい。先生のサックスを生で聴くのは果たして何年ぶりだろうか?

などと思いながら聴いていると、やがて音楽が終わりその音の余韻がホールに消えるか消えないかというタイミングで青木さんの朗読が静かに始まる。

 

耳なし芳一のお話はご存知かともうが、ここでおさらいしておこう。

源氏と平家の激しい戦いで平家が滅びた壇ノ浦の合戦、その滅びた平家の霊を鎮めんと建立された寺に暮らす盲目の琵琶法師である芳一が、ある夜墓から出てきた怨霊に化かされ、由緒ある身の偉い方の屋敷に連れて行かれて彼の演目で最も得意とされる壇ノ浦の合戦の下りを演じさせられる。

それから毎夜出かけていく芳一を不審に思った和尚が寺男に跡をつけさせると、なんと芳一は墓場の真ん中で鬼火に囲まれて琵琶を演じていた。

それを知った和尚が、このままでは殺されてしまうと、芳一の体に般若心経を書き助けようとするのだが耳にだけ書き損なっていた。その晩やってきた怨霊が芳一を探すも姿はなく耳だけあったので、それを引きちぎって持ち帰る、というお話。

 

お話の朗読は青木さんの抑えた静かな朗読が怖さを引き立たせる。欅さんの音効で怨霊の甲冑を身にまとった武将が足跡を立ててやってくる音が迫力もので怖さを引き立たせる。そこに音量の武将の声役の坂田先生の「芳一!」というこわ〜声がホールに響き渡る。この「芳一」はその後も武将の怨霊が登場するたびに幾度となく叫ばれ、次第に先生は怨霊化していくのであった。

僕は目の見えない芳一になったつもりになり目を閉じて芳一が怨霊に引き連れられて行くくだりを聴いた。

その怨霊に引き連れられ大きな屋敷に案内されるくだりの表現は素晴らしく、滑るような青木さんの語りに欅さんの効果音、先生のおどろおどろしいサックスに包まれ、まるで自分も名のある殿様の大屋敷の広間に通されたかのような錯覚に陥る。

そしてシーンの合間に流れる場面転換のアルトサックス、クラリネット、バスクラリネットを駆使した呻くようなサウンドや怨霊の女たちが芳一の琵琶の語りにすすり泣く声の擬音など、欅さんの音効とあいまって実におどろおどろしくホールを満たしホールはあるときは寺に、ある時は殿様の屋敷に、ある時は墓場にと自在に変化していった。

 

芳一の体に般若心経を描くシーンでは坂田先生は本当に般若心経を唱えるのだが、これが下手な坊さんよりも迫力があり芳一の体に文字が書かれている様が目の前に浮かび上がるほどの迫力だ。

まるで怨霊が三人に乗り移っているかのような迫力で話はクライマックスに向かっていく。

クライマックスでは耳を引きちぎられた芳一に詫びる和尚のセリフに槻さんの奏でる武将の音量の足音が遠ざかって行き、そこに坂田先生のバスクラリネット(だったかな?)が絡むように鳴り響き終焉のテーマが悲しくおどろおどろしく奏でられ舞台は再び暗転して終わっていったのであった。

 

やや間があって会場からの大拍手。

みんな感動していた。再び三人にライトが当てられて藍里をひとしきりした後に、この怪談を三人でやるようになった経緯や、公演中の怨霊に取り憑かれたかのようなこわ〜い話、壇ノ浦の神社にお清めの祈祷をしにいった話などが語られた。聞いているこちらも怨霊に憑依されたような気分になる。

坂田先生の話術はここでも炸裂し会場から笑いと恐怖を引き出していたのがおかしい。

 

ということで約二時間弱の公園は無事に終わって帰ることになったのだが、会場の入り口で坂田先生の新譜CDが売られていたで僕はそれを購入し帰路についた。

帰宅してズボンのポケットにねじ込んでおいたCDのお釣りがなくなっていた。どうやら怨霊に持って行かれたらしい。

 

 

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2021年8月 9日 (月)

小林哲郎個展@仲通りギャラリー 馬車道

釣りの話ばかりこのブログに書いていますが、実は絵を見るのも好きなんです。

え?ってつまらないダジャレを言ってる場合じゃない。

絵を見るのはもともと好きで年に数回は企画展などに出かけていたが、ここ数年ハマっていたのは日本画や版画で、これは数年前に茅ヶ崎で行われた小原古邨展を見てからかな。

その精緻な鳥獣画に痛く感動し、そこから日本画の素晴らしさを認識し始め、釣りの遠征ついでに島根の足立美術館まで出かけて来たりもしたし一時は月一くらいで上野の美術館に通ったりしたものでしたが、このコロナ騒ぎですっかり美術館巡りはしなくなってしまっていたんです。

そんな折、知人の画家、小林哲郎さんの個展が横浜で開かれるというので、ご近所のお友達を誘って密を避けてこっそり出かけてきました。

 

会場の仲通ギャラリーという場所は横浜の馬車道の海外よりの大通りに面した角にあるガラス張りのギャラリーで、ここでは過去にも小林氏や他の画家も交えた展覧会が行われていたので何度か行ったことがある場所でした。

さほどの広さは無いとはいえ高い天井とガラス張りの角部屋という開放的な空間がとても気に入っているギャラリーなんです。

 

ギャラリーに入るとお客さんが一人小林画伯とお話をしていた。

僕ら三人が入っていくと挨拶を軽くしてくれた。

 

同行のご近所さんを椅子に座らせて自分は展示している絵をゆっくり見た。

この小林画伯の絵はいわゆる抽象画というやつで、キャンバスに絵の具を塗りたくるだけでなく、色のついた紙を貼ったり破ったりして立体感を出すという独特な手法の絵なのであります。

 

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写真をご覧の通り何が書いてあるのかさっぱり分からないのですが、そこが逆に楽しいのが抽象画の面白いところ。何に見えるのかは見る側の自由なのだ。

見ようによっては何にでも見えてくる。楽しそうにも見え、苦しそうにも見える、悲しく見える時もある、いわば自分のその時の気持ちを映す鏡のようなものなのだと思うのでありますね。

 

一方で絵の中の空間はその外側とは隔離された無限の宇宙の広がる窓でもあると思う。

小さな、あるいは大きな窓の向こうにある宇宙を覗き込んで様々な妄想、想像をかき立てるのが面白い。

画伯の絵は僕にとってはとても心地よい絵で、見ているだけで自分の心が解放されて行く。自由、希望、夢、様々なものがそこにある。

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動向のご婦人も「私はこの絵はさっぱり分からないけれども、希望をすごく感じる」とおっしゃった。

その通りだと思った。

コロナ禍で暗鬱とする今の世の中だがこの絵はそんな僕らに希望を与えてくれたと思った。

 

画伯とそんな話をしていたら、あるお客さんがこれらの絵を写真で切り取って見せてくれたのが面白い、とその写真を見せてもらったら、全く違う絵に変わるので感動し、自分でもやって見た。

するとどうだろう、切り取り方で絵が全く別の表情を見せてくれておもしろい。

色々撮りまくっては楽しんだ。しかしこれはあくまでも写真の中の世界での表現であり、限界も感じた。一枚の絵全体から感じるエネルギーがそこには無かったからだ。

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まあ、こんな風にして絵を楽しんでいると、道を通りかかった人が興味深そうに覗き込んでいたと思ったら中に入ってきて見に来たり、画伯の別な知人が入って来たりとなかなか賑やかになって来たので一時間ほど見たところで帰ることにした。

見ていて欲しくなる絵もあったのだが、残念ながら我が家には画伯の絵を飾って似合う部屋がない。

なあんて思いながら暑い夏の午後、ココロの洗濯ができたいい時間なのでありました。

 

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2021年8月 5日 (木)

東京湾エサ・タチウオ2021夏

東京湾のタチウオが釣れている。それも型がいいらしい、と言うことをなんと岐阜の帝王から聞いてじっとしていられなくなった。

そんな折、いつもエサ釣りでご一緒するHさんご夫妻からタチウオいきましょ、と誘われたものだから即バイトした。

 

出かけたのは金沢八景の弁天屋さん。いつもエサタチウオの時にはこの船宿に乗る。

 

さて当日、早朝4時過ぎに我が家にお迎えに来ていただき、弁天屋さんが開く前に行っていい釣り座を確保しようと狙う。

予定通り5時ちょい過ぎのまだお店のシャッターが開く前に到着し、船に行って釣り座を確保しようとしたら、あらまあ、先手が数人いてオオトモと三好はすでに取られてしまっているではないか。

仕方ないので右舷のトモ寄りから三席釣り座を確保する。

 

出船まで二時間、眠いので船にもたれかかってウトウト寝ていたら間も無く出船。寝ていると時間が過ぎるのは一瞬だ。

 

7時過ぎ出船。最初は浅羽で数を確保してから大物ポイントへ移動するという。

 

30分ほど走って浅場のポイントに到着するとすでに何隻か船が集まっている。

水深13mと浅い。オモリは40号を指定される。

オモリが軽いのでしゃくっていて楽だ。

開始早々、左隣のH妻が早速ヒット。上がってきたタチウオは細い!指三本くらいの幅。

 

釣りをなさらない皆さん、タチウオは長さや重さで測るのではなく、魚体の幅が指何本分あるかで測るのであります。

目標は指五本クラス。このサイズになると肉も厚くお刺身にして食べられるくらいになるんです。

 

ところが、この浅場で釣れてくるのは指三盆クラスばかり。

僕にも間も無くアタリがあって一匹目を確保。

その間二人向こう左隣のH夫はすでに数引き上げていたし妻も三本くらい釣っていた。

僕だけなぜ釣れない?あたりはエサを落とすたびにアタルのに針にかからない。

腕の差か?とあれこれしゃくりを変えたりしながら小一時間やったが差は開くばかりだった。

 

この日は無風に近い上にお日様はギラギラと輝き汗が全身から吹き出す殺人的な暑さ。

船長も再三釣り師の皆さんに向かって、釣りに夢中になりすぎずに水分の補強を、と呼びかける。

 

スポーツ飲料をガブガブ飲み、汗を吹き出しながら竿をしゃくり続けるのだが、一行に針がかりの悪さは改善されない。

これはいかん、このままでは一人置いていかれる、と道具を変えた。

実は僕の使っていた竿はジギング用に最近買った竿で、ちょいとこいつの特性を見たくて半ば強引にタチウオに使っていたのだが、これをタチウオ釣り専用の竿に変えたのであります。

このタチウオ専用竿は昨年夏にタチウオ釣りにハマった時、最近のしゃくり方が専用竿でないとうまくいかないと悟り購入したもの。

これに変えてみると、まあ、なんと分かりやすいことか、アタル魚がしっかり掛かってくるようになり、みるみるH妻に追いついていく。

 

やっぱり道具は大事なあ、と実感しつつもこのままならH妻を抜き去ってH夫にも追いつけるかも、と甘い夢を見ていた。

 

午前10時頃、ややアタリが減ってきたタイミングで船は深場の大物ポイントへ移動した。

この時点でかろうじてH妻と数が並ぶ。夫はそのずっと先にいた。

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走ること30分、走水沖にタチウオ船団が二つのカタマリになっておりそこに船は入る。

水深50m前後でオモリは60号を指定された。

いきなり竿が重く感じ疲れる。

 

開始早々、H妻がヒットするもサイズは三本よりちょっとあるくらいでそれほど大きくはない。

夫はすぐに指五本クラスをあげて逃げ切り体制を構築船としている。

このままではマズイ、と色々周りの釣れている人の釣り方を参考にして真似てみたら僕にも来た。

 

さほど大きくはないがこれまでのものよりはマシ、というサイズ。

そしてさらに指五本クラスをかける。

このクラスになると、タチウオの引きはかなり強力で、巻きあげている時もゴゴン、ゴゴン!と竿先を引き込みヒヤッとさせられるくらいだ。

 

この一本でアタリの出るパターンが分かった。

アタル水深も分かったので、無駄に広く誘わずピンポイントで攻めると、毎回落とせばアタリが出た。

ところが、なかなか針に掛かってくれない。アワセのタイミングが下手なのか、しゃくり方に問題があるのか?ミヨシで釣れている方の真似をしてみるのだが、なかなか針がかりしない。

 

同様に移動後すぐに一本あげたもののそのあとはイマイチだったH妻にアタリの出るしゃくり方を教えたところ、なんとそこからH妻は入れ食いになり完全に僕は置いていかれる。

 

やってることを見ていると僕とそう変わらない気もするのだが、妻には掛かって僕には掛からないという悲しい状態がなかなか改善されない。

ミヨシで釣っていたお兄さんが実にテンポよく釣り上げていたので、それを真似てみたらようやく来た。

 

すでに時間は12時を回り僕の竿を持つ左手は疲労で指が攣ってエサが付けられなくなり万事休す。

水分補給をして手のひらをほぐし少し休んだ。

この間もH妻は着々とかづを伸ばしてゆく。

思わず、先輩釣り方教えてくださいよう、と声をかけてしまった。

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おそらくしゃくり方の微妙な違いだけなのだと思うのだが、リズムとかしゃくる幅とかは人それぞれのリズム感もあるし身体的なバランスが原因することもあるので、真似しても参考にならないのかなあ、と休みながら見ていた。

 

少しして左手が復活したので再び竿を手にしゃくり始める。

またまたミヨシの方を参考にしゃくり幅、リズムなどを真似してみるも相変わらず魚はバンバンアタッてくるにも関わらず針にかからない。

ん?とこの時になってようやく気づいた。H妻にハリは何号を使っているの?と聞いたら2号だというではないか!これだ!僕のは三号だったので多分大きすぎたのだ。

早速仕掛けを変えて臨んだが時すでに遅し、先ほどまでの活発なアタリは遠のいてしまった。

 

それでもなんとか指五本クラスをもう一本釣り上げてお家でお寿司握りたい、と頑張る。

 

午後1時半近くなり、そろそろ上がる時間か?というタイミングでいいアタリがようやく来てヒット。

引きも強く、これはデカイ、とすぐに分かった。

電動リールは使わずに手で大事に巻くと上がって来たのは指五本クラスの良型。この日僕の中では一番のサイズだった。

釣りに集中しているH夫に無理やり写真を撮らせる。ごめんね。

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よおし、これでもういつでもやめられるぞ、と安心しながらも残り時間をしゃくったがアタリなく時間となる。

 

釣った数を船長が聞いて回る。H妻は27本、夫は24本、僕17本。

ビリだった。

前半の失敗はある程度織り込み済みだったのでまあ良しとするが、後半の針に気づくまでが遅すぎた。完敗である。

人に負けたというよりも気づかなかった自分が悔しい。

でも、たくさん釣っても処分に困るだけだから、数的にはこのくらいでいいや。と自分を慰めながら船は港にと戻っていったのでありました。

 

次回は数はいいから大きいのメインで狙いたいなあ、と気分はすっかりタチウオモードになっていたのでありました。

 

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