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2021年9月 8日 (水)

佐渡島初遠征②

初めての佐渡島遠征二日目は南西の風が強く海は時化なのでのんびりと観光することになった。

自然相手の遊びなのでお天気ばかりは仕方ない。むしりて海に出れば命の危険もあるし、ということでこの日は朝もゆっくり起きてホテルの部屋でエノカフェを開店する。

本来エノカフェは遊漁船の上で回転するのをモットーとしているのだけれども、時化の日はホテルでもやるのであります。

この日は、お客様は怪魚ハンターお一人だけ。

淹れたコーヒーはインドネシアのアラビカ。

コクのあるコーヒーを飲みながら朝のひと時をくつろぐ。船の上での釣行前の高揚した気分で飲むコーヒーとはまた違った美味しさがある。

話題は病気の話。お互い其れ相応に利成に病気に対して経験も関心もそれなりにある。色々と興味深い話が聞けた。

 

10時になったら出ましょう、と引率のY店長からラインがあり、ホテルのロビーに集合し出かけることになった。

行き先はお任せ、釣り以外はあまり興味がない、というか初めての島でどこに行っていいか分からない。佐渡といえば金山跡だろうけれども、あまり観光施設というところが好きでない僕は今ひとつ乗り気でなかった。

 

さて車が走り始め、どこに行くの?と聞いたらなんだか知らない場所の名前を言う。それどこ?とスマホの地図を見たら島の西南端にある江戸時代から残る建屋の集落だと言う。

そう言う古いものには興味があるので、興味がむくっと湧いてきた。

 

佐渡島は東京23区より広いんです!と何処かに立て看板があったが、その通りで、島の中央部から最西南端までの道のりは長かった。

岬を周り山を回り込み、行けども行けども到達しない。

 

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1時間ほど走ってようやく小さな町に着き、それを一旦抜けて畑を突っ切るように走った先にその集落はあった。

 

そこは「宿根木」と言う集落で、江戸時代ここで北前船(千石船)と呼ばれる大きな木造船を作り北海道から西を回り込んで瀬戸内海、大阪、関東へと物資を運んだ舟運の一端を担った集落であった。

 

駐車場を降りて集落に入ると、昔ながらの壁の板張り木造建築に人がすれ違うのがやっとほどの細い石畳の道は誠に風情があった。

 

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集落の中心部に、当時千石船(北前船)でひと財産を築いた大金持ちの屋敷があり、内部を見学できるようになっている。

幾らかの見学料を払って屋敷に入るとそこには広い土間があり石のかまどがあった。

それを見た僕は急激に懐かしさに襲われた。

 

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僕が幼い頃育てられた母型の実家は、当時(昭和30年代)まだ茅葺き屋根の農家で、入り口を入ると土間とカマドがあり、そこから上がり込むと薄暗い板の間に囲炉裏があったのをはっきりと記憶している。

 

ここのお屋敷も規模こそ大きいが全く同じ構造で、土間、板の間、囲炉裏、と三拍子同じように揃っていた。

そしてさらには、太い針を使った畳の広間があり、狭くて急な階段に薄暗い二階、格子の窓がありと懐かしいもの尽くしだった。

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幼少の頃から60年近く経って時代は令和の時代になったが、僕が育った環境は現代の生活様式よりもはるかに江戸時代のそれに近かったことに気づかされた。

僕の中には江戸時代、明治、大正、昭和、平成、そして令和とここ百数十年の歴史が刻まれているのだ。

平成生まれ、さらに生まれた時にはインターネットやスマホがすでにあった世代とは文字通り隔世の感があるのだ。

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なんだか自分が古い人間になったことが誇らしくも感じられた。なんかえらいことを成し遂げていたらもう少しで人間国宝的年齢だもんなあ、などと思ったのだが、釣りばかりしているのでは国宝どころか一家の主人もままならないのだけれど。

 

などと考えながら、屋敷の中をぐるりと一回りし、お着物、襖の絵、などにいちいち感心しながら家の裏庭に出る。

 

ここには花崗岩の崖を利用した穴蔵が彫ってあり、ここは昔の冷蔵庫のようなもので、夏は涼しく冬は暖かいので味噌、醤油、酒などを貯蔵したらしい。岩を一打ち一打ちして穴を開けた立派な蔵だった。

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さて、屋敷を出たら早昼、すぐ近くのお蕎麦やさんにはいり天ぷらそばをいただく。

ここの店も古い民家をそのままに中を乙ついた雰囲気のお店に改造してあった。

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出てきた天ぷらにトマトの天ぷらが目を引いた。え?トマト!と思わず声を上げてしまったが、食べてみたら意外に美味しい。今度家でもやってみようと思った。

 

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お蕎麦もおいしく満足した勢いでソフトクリームもいただく。

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店を出て集落を回ると角に三角形の敷地の家があった。ここは吉永小百合さんのポスターで有名な家らしく、一同揃ってポーズをとり写真をパチリ。

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集落巡りはこの辺にして、少し離れたところにある歴史博物館に行って見た。

ここには原寸大の千石船の復元がありこれが迫力があり見事だった。

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船に乗り込み中に入ることもできたので乗り込む。そこには太く長い帆柱が船を縦に寝かせてあり、甲板下に入ると操舵の丸太や、バラストがわりの大きな御影石など実に見事な作りに唸らされた。

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この船で当時の人たちが日本海の時化の海を闘う様などが容易に想像され思いは江戸時代の海にはせた。

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ひとしきり見て感銘を受けた後に、隣接する民俗資料館に行くと、ここは古い木造平屋の学校校舎をそのまま展示室にしており、ここもまた、小学校低学年時には木造校舎で学んだ僕には懐かしい空間だった。

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ただ、一部屋だけ薄気味悪い部屋があったので恐る恐る覗き込んだら、神棚や仏壇の古いものが雑然と置かれており、ちょっと中を除いたものの君悪くなりすぐに飛び出した。

僕だけではなく、中には中まで入り頭痛が起こったものなどもおり霊障ではないかと車に戻って一同一騒ぎした。

 

ここはすぐに退散しようということで、集落を離れ街に戻流と午後三時を廻っていた。

 

昨日釣った魚を入れてあるクーラーボックスに氷を足そうと購入し、クーラーの置いてある港まで行って氷を補充、ホテルに帰ってきたらいい時間になっていたので一服してから地元でも有名らしい美味しい回転寿司屋に繰り出した。

 

6時前に行ったにも関わらずすでに満席近い繁盛ぶりで、我ら5人は運良くテーブルに通されて、メニューにある旨そうなネタをかたっぱしから注文した。

バイ貝、赤エビ、あたりが絶品。イワシに中トロもうまかった、他のネタも皆新鮮で下手な送球寿司屋に負けないくらいのクウォリティであった。

 

全員で平らげた皿をツインタワーの様に重ねておばかな写真を撮って終了。

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明日は、早朝から釣りとなるので、一同早々にホテルに戻り寝ることにした。

 

佐渡観光の一日はこうして終わった。

それは美味しいものを食べただけでなく、歴史の流れの中の自分の位置を考えさせてくれるいい旅になった。

 

写真協力:Ebb&Flow
釣りに関するお問い合わせはルアーショップEbb&Flowへどうぞ
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