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2021年11月

2021年11月18日 (木)

紅葉の信濃路をバイクツーリング②@諏訪〜安曇野

信州バイクツーリング紅葉編は二日目に入りいよいよお天気も良く本格ツーリングであるはずであった。

この日は下諏訪から安曇野までの移動だけだったので、せっかくだからビーナスラインから美ヶ原を回って松本へ降りようと目論んでいたのだ。

が、しかし、前夜2時まで酒を飲み、しかも普段の生活の体内リズムから体が6時には起きたい!といい目覚めてしまったのでひどい寝不足。

体はだるいし、眠いし、無気力。こんな体調でバイクに乗ったら事故は必至なのでやめた。

 

お昼近くまで友人宅でうたた寝して出発する。

目指すはすぐ近所の「みんなのテンホウ」というラーメン屋さん。

ここのお店の野沢菜入りの諏訪餃子を食べたかったのだ。

店が見つからずに近所を二周してようやくたどり着く。寝不足でボーッとしていて店の前を通り過ぎていた。

やっと店に入りラーメン餃子セットを注文。

ラーメンが先に出てきたがお目当ての餃子が出るまで待っていて、餃子が出てきたので喜んでかぶりついたら、あれえ?野沢菜が入ってない!

おかしいな?とメニューをよく見たら普通の餃子と諏訪餃子の二種類があった!又しても寝不足の注意不足。

仕方ないので普通のラーメン餃子を食べて悲しいくらい満腹になる。

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こんな注意散漫の寝不足状態でバイクに乗るのは危険と判断し、近場の諏訪湖畔の公園に行き草の上に寝転んで昼寝する。

 

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その間にもスマホのタイムラプスで湖越しに見えた富士山の風景を撮影した。

小一時間、いいお天気のポカポカ陽気のもとで昼寝して起きて撮影した画像を見たら、フレームに知らないおじさんが歩き回っていた。


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午後2時頃だろうか、やっと寝ず即も解消しつつあったので安曇野に向かう。

空になったタンクを満タンにして塩尻峠を越えて松本へ。

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市内は渋滞していたが我慢して抜ける。

本来なら安曇野インターまで下道を行くはずだったのだけれど、渋滞がひどかったので裏道から安曇野市内を抜けて穂高神社に立ち寄った。

 

ここも二年前に訪れ交通安全のお守りを買った思い出の場所だったので、古くなったお守りを収めて新しいお守りを買った。

平日午後の神社は空いていてゆっくりと参拝できた。

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穂高神社をでたらこの日の目的地、松川村のスペイン料理店パンプローナへ向かう。

目と鼻の先の場所なのですぐに着いた。ここで大学時代の仲間と夜に宴会をやることになっている。

 

しかし午後5時集合には早すぎたので、一度店に入ってから別動部隊と連絡を取り今夜の宿舎になるペンションへ移動。

 

ここは小川沿いにあるイギリス風の素敵な建物で紅葉も綺麗だった。

宿にチェックインし別働隊の到着を待って合流し再びパンプローナへ。

次から次へと出てくる美味しいお料理とワインをくらい満腹になり気がつくと眠くなり意識は朦朧としている

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そんな調子でまたまたこの日も宴会で11時頃まで飲んだかな?

途中寝てしまって良く覚えていない。

最後に締めのコーヒーを厨房をお借りして入れたことだけ覚えている。

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なんだかツーリングというより宴会の話ばかりになってしまった。

 

ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

2021年11月17日 (水)

紅葉の信濃路をバイクツーリング①@諏訪編

ゲージツの秋の次は紅葉狩りです。

バイクに跨り信州の紅葉狩に行ってきました。秋は気候的にバイク乗りには最高の季節ですね。でも「女心と秋の空」なんていうくらいころころ天気が変わるのは困ったもんです。

今回出かけたのは毎年出かけている信州は諏訪から安曇野にかけてのコース。

コロナが少し落ち着いてきたので旧友に会おうというのが本命でそのついでに紅葉も楽しんじゃおうという欲張りな作戦でした。

 

10月31日曜日早朝5時に我が家を出発し下道の国道16号線、保土ヶ谷バイパスに乗り東名高速入り口を横目に見てそのまま真っ直ぐ進んで橋本方面へ。

日曜の朝、道は空いていて快適だったのですが、トイレ休憩しようとファミマに入ったら、まだトイレ流行っていないんです、と仕様を断られるという何と無く理不尽な気分を引きずって橋本から津久井湖方面に走る。

この辺の道はかつては毎週のようにブラックバス釣りで通った津久井湖への道なのでよ〜く知っているつもりだったのですが、圏央道の建設に伴い随分道が新しくなっていて目標の相模湖方面の標識に誘われてついうっかり左折してしまっら城山ダムから津久井湖に出る道を間違えてしまい、ちょっと遠回りして津久井湖畔を走る道に出る。

この辺りで明るくなってきたのですがお天気は曇りでいまにも降り始めそう。

予報では8時くらいから降るというので道を急ぎます。

小さな峠道のクネクネ道を楽しんで相模湖インターまで行くと、道は空いているし時間も余裕があるのでそのまま下道で大月まで行くことに。

相模湖湖畔のクネクネ道が楽しい。

信号機が少ないのも快適な走りを助けてくれる。

 

大月まで行ったらさらに下道を走って行きたくなり甲府まで行くことにした。

大月から笹子トンネルのあたりに広がる田園風景はいつも中央高速の上から見ていて素敵だなと思っていたので、その道を走りたくなったのだ。

天気が良ければ紅葉の始まりつつある田園風景を川沿いに走る優雅なコースだったのだけれど、だんだん雲は厚くなる様子で暗くなってきてしまい心もイマイチ弾まない。

 

国道20号線の笹子トンネルを抜けて勝沼に出るとそこはぶどう園だらけ。

昔高速のない頃に遠足でよく通った道で、国道沿いにあるぶどう園の葡萄棚の連なる風景が懐かしい。

 

勝沼から甲府盆地を見下ろすと明らかに雨雲が広がっておりこの先は雨だと覚悟させられる。

高速に乗ろうかどうか迷ったが、この日のとりあえずの目標の上諏訪までの所要時間がナビによれば国道でも高速でも30分程度の差なので、雨の高速道路はスリップが怖いこともあり下道を選ぶ。

 

ここからの道はかつて中央高速が勝沼までしかなかった学生時代が懐かしかった。

毎年冬に八方尾根にスキーに行くときに走った道だ。

甲府市内の国道はバイパスで広く大きく変わっていたが、それを抜けて韮崎に入ると昔の風景とあまり変わらぬ感じで懐かしい。

 

小雨がそぼ降る中の走行だったが、のんびりと走る田園地帯は心地よい。

途中道の駅などによりながらのんびりと茅野まで八ヶ岳と南アルプスの谷間を走り抜けた。

この辺りは紅葉も綺麗だったのだがいかんせん小雨模様で光がないので紅葉も薄黒く見えるだけだったのが惜しい。

 

9時を回って茅野に入ると諏訪の盆地が見えてきた。

空は高くなりつつあり、茅野から諏訪に入ると雨も上がってホッと一息。

ここから上諏訪にあるシャンブルドット・畳という友人が経営する変な名前の民泊にむかう。

 

10時過ぎに約束よりだいぶ早く到着。

家を出てから約5時間でおよそ200キロのツーリング。

天気は悪かったけれど懐かしい風景に包めれて楽しかったぞ。今度は天気のいい日を選んで走ってみよう。来年の新緑シーズンなどもいいだろうなあ。

 

さて、到着後は諏訪湖を見下ろすテラスのあるこの宿で、諏訪の名物になりつつある諏訪の駅弁をいただく話になっていたのだがお腹が空いていなかったので自前のコーヒーを入れて一年ぶりの再会であれこれよもやま話をしながら、スマホのタイムラプス機能で諏訪湖を撮影した。

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雲はだんだん薄れていき青空が覗く下りがコマ送りで撮影できたので、それを友人に見せて、これ、夕日が落ちるところなんか撮ったら綺麗だよお、と撮影することをお勧めしたりする。

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午後2時過ぎまでおしゃべりしたら今度は下諏訪の友人宅に向かう。

20分もあればいけると思ったら道を間違えて小一時間もかかってしまった。

 

この日はこの友人宅で一泊する。

折しも衆議院議員選挙の投開票日だったので選挙速報を見ながら、いや夕方から酒を飲んで酔っ払い気がつけば夜中の2時であった。

朝4時に起きて200キロバイクで走って夜中の2時まで酒を飲むなんてバカのすることだ。皆さんは真似しないでくださいね。

 

ブログ掲載の文章、画像の無断転載は禁止です ©️enos1091 All rights reserve

 

2021年11月12日 (金)

ゴッホ展に行った@東京都美術館

東京都美術館で現在開催されているゴッホ展「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」に行ってきました。

この展覧会はヘレーネ・クレラー=ミュラーという資産家の妻がゴッホがまだあまり評価されていない時代の1908年からおよそ20年間にわたりゴッホ作品を収集したものを公開するという展覧会で、今回僕が注目していたのは初期のゴッホのデッサンや版画が沢山展示されるというところでした。

なあんて書き始めるといっぱしの美術愛好家のような感じなのですが、確かに僕は絵を見るのは好きだけれど小中高校で学んだ以外には体系的に美術史を学んだわけでもなく単純に絵を見るのが好き、という程度のものなんです。

とりわけゴッホについては、大人になるまでは、いや大人になっても嫌いな画家で、若い頃はダリやピカソなんかが好きだった。

ゴッホを好きになったきっかけは仕事でゴッホのドキュメンタリー映像を製作したことで、この時は彼の生まれた街からパリ、アルル、などを回り撮影した。

ゴッホのストーリーも自分なりに書いたりしながら彼の絵に触れているうちに親近感が沸くようになり、さらにアムステルダムのゴッホ美術館で本物のゴッホの絵に触れてから彼の絵の大依頼だったタッチが逆に好きになってしまったのであります。

 

そんなゴッホ歴を持つ僕なのですが、これまで初期のゴッホのデッサンを見ることは少なく、ゴッホの油彩画を見る限りでは彼のデッサン力はさほどでもないのかな、と思っていたんですね。

ところが今回たくさんの初期のデッサンを見てその考えが間違っていたことに気がつきました。

初期のゴッホのデッサンは後期の一件雑に塗りたくったそしてデフォルメされている描写とは全く違い、実に精緻に対象物を描いていてまるで生きて出てきそうな人物画なども多く感動させられたのでした。

さらにその絵の点数も多く、彼の若い時代の暮らしに沿って展示されており、これまで僕の知らなかったゴッホの経歴を細部にまで知ることができたのが良かった。

そしてさらに、初期のデッサンから初期の暗いタッチの多い油彩へ、そしてパリに出てからの華やかな色使い、さらにはアルルでの熟成したゴッホの絵画群と彼の人生を絵を通して垣間見ることができた。

それは、僕自身が作ったドキュメント映像などとは異なる画家ゴッホの生き様を生々しくそこに存在していた。

つまり、絵画というのは画家が描いたその瞬間がそのままの形でダイレクトに時空を超えて目の前にあ流のだということに気づき、それを見た僕は生々しく訴えかけてくる絵たちに打ちのめされて感動したのでありました。

なんというか、ゴッホが絵を描いた瞬間のエネルギーがそのままダイレクトに自分に浴びせられるというか、彼の描く様までが目の前に浮かび上がってくるような迫力に圧倒されたのでありました。

 

例えば音楽などは作曲家が楽譜に書いたものを他の演奏家が会う意味翻訳して演奏するもので、ベートーベンの頭の中でなっていたサウンドがそのまま演奏会で聴けるとは限らないし、ましてやそれが録音物となってしまうと作者と聞き手の間に何枚ものフィルターがかかってしまうのでありますが、絵はその点、およそ100年前に書かれたその瞬間が目の前にあるということに気づき感動したのでありました。

さらに気付かされたのは、僕が生まれたのはゴッホの死後70年弱という時間軸の中にあって、今まではずっと昔の人、という印象が覆り、立ったの70年前の僕のおじいさんか曾祖父さんくらいの世代の人だという親近感を覚えたのも新鮮なのでありました。

 

絵を見るというのはその時の自分の心を見ることだと思う。

同じ絵でも見る時の自分の精神状態によって全く違った印象に見えるからそう思うのです。特に抽象画などは見る時々によって全く違った絵に見えてくることがあるのでそう感じるんですね。

 

絵を見る楽しみ方は自由でいいと僕は思っているので、こんな鑑賞のし方しかできないけれどそれなりに十分楽しんでいるのであります。

本ブログの読者の皆さんには絵なんて興味ない方も多いかと思いますが、気分転換や自分を見つめ直したい時などいい絵を見るのもいいかもですよ。

 

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