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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2018年8月29日 (水)

門の扉が壊れちゃった

いやあ、台風21号の風、すごかったですねぇ。被害の出た地域の皆様にはお見舞い申し上げます。
今年は本当に台風が多い。話は前々回の台風がさった後の朝、新聞を取りに玄関から門のところまで50メートルほど歩き(ウソ)郵便受けに目をやろうとしたら、ん?何か落ちている。
10センチほどのL字型の物体を見てすぐに門の扉の取っ手だとわかった。

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はめ込んでいたものが外れたのかしら、と拾って本来あるべき門の取っ手のところにあてがって見たけれどハマらない。もう一度よく見たらどうやらもとの部分から折れてしまっているようだ。

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築40年近いボロ屋だからこういうことも起こるんだな、と驚きもせず納得してしまったのだけれど、さて、これは一体直るものなのかしら?と直し方を想像して見た。

一番簡単なのはとってだけの交換ができるということ。二番目はとってと一体になった鍵の部分の交換。ここはネジ止めしてあるのでおそらくパーツがあれば交換できるのであろう。もしこれができないとなると門の扉全体、いや、門自体の作り直しか?などと考えているとだんだん憂鬱になってきた。

なんたって40年も前に作られた門のパーツがいまでも売っているとは思えない、とりあえず近所のリフォーム屋さんに相談してみよう、と思ったのだがなんとなく気が重く電話せずに二週間以上が過ぎてしまった。

その間、門が風に煽られてバタン、バタンと開いたり閉じたりするのも困るので折しも門の反対側のパッキンのようなゴムが剥がれていたので、このゴム紐で輪っかを作ってくくりつけておいた。

先日、いい加減ちゃんと直さなければ、という思いと、機能的には紐で縛っておいても、普段どうせ鍵もかけないのだからこのまま行くか、という思いが交錯する中修理のことを考えていたらピンときた。

ひょっとしたらネットで探したらパーツが有るかもしれない!と。

早速門のところに行って扉の型名がどこかに書かれていないか探して見たら、ありました。メーカー名と門の名前がしっかり書かれている。
すぐにその名前でググってみたらなんと!とってのと鍵の部分のパーツらしき写真をすぐに発見!
新日軽 門扉 錠・ハンドル部品 [D型錠]内部化粧座アーム(片開き・両開き用) ホワイト色 H8AAB0208とある。価格は5000円ちょい(送料込み)

この金額で直ったらこんなにめでたいことはない。門の工事で数十万円かかるのかと心の中では半分覚悟していたので、桁が二つ違うこの価格に思わず小躍りしそうになる。

写真に寸法が入っていたので、そのままwebページを表示したPCをメジャーと一緒に門まで持っていき測ってみたらほぼ間違いがないことがわかった。

それでも取り付け方法がわからないとせっかく買っても無駄になってしまうので、ネジで外せる部分を解体して構造を見てみることにした。

錆びてきつくなっているかと思われたネジは意外に素直に回ってくれて、するりと外れパーツを外すと中が見えた。

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壊れたのは門の内側の取っ手なのだけれど、構造的には外側の取っ手から伸びた軸に内側の取っ手をはめ込んであるだけというシンプルな構造ということがわかったのでこれなら自分で治せると判断し即ポチって注文した。

待つこと数日(結構時間がかかった、在庫の問題かな?)やっと届いたのが台風21号が関西を南北に突っ切って日本海に出た頃の9月4日の19時すぎくらい、こちら横浜も結構な風が吹き始めていたので早速暗闇の中で作業をして取り付けました。

なんたって台風の風で門がバタバタ煽られた日には近所迷惑だし、こっちも熟睡できないし、ということで。

作業は想像以上にスムーズに行き5分程度で完了。
一時はいくらかかるのかしら?と不安になっていたのがウソみたい。結局5000円ちょいで門はキレイになおってしまったのでした。


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無事取っ手が作られ鍵も閉まるようになったので台風の風にバタバタすることもなくなんとか夜明けを迎えることができました。

それにしても台風多すぎ!気象庁の観測史上二番目の多さだとか。
もう今年は台風いらない。

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2018年7月20日 (金)

やっとスマホ!

先日やっとスマホに変えました。

僕のライフスタイルに高い料金のスマホは要らないというのがこれまでガラケーで頑張っていた理由だったのですが、バイクを買うに当たって、最近はカーナビがわりにスマホを使う、ということを知って心が動いたんです。バイク用のカーナビを買った方がトータルでは安いのかもしれませんが、道路情報の更新や使用頻度などを考えた時にスマホに心が行ったのと、最近日常的な人との連絡に「ライン」が使われるようになり、今まではPCでラインをしていたのが面倒になってきたのも気が変わった原因の大きな一つ。

ということでスマホにしよう、と決めてその方面に詳しい友人に相談したら、スマホにするなら断然 iPhoneにした方が良い、と言われ何も知らずに近所のauショップへ行って、iPhoneください、みたいに言ったら、担当のお兄さんが嬉しそうに「はいはい、どれにいたしましょうか?」とくいついてきた。

では料金プランを!と月々の支払額を見てビックリ!高いと覚悟はしていたがこんなに高いとは!これを月々4年間払ったらトータルで30万円を超えちゃう〜!
一瞬買うのをやめようかと思ったけれどもう引っ込みのつかないところまで話が進んでしまっていたのでまあいいか、と諦める。

携帯会社は儲かるわけだよなあ。iPhone使っている人ってたくさんいるし。

それでもスマホを受け取って家に帰ったらなんだか嬉しい。
基本的な設定をあれこれやってから件の知り合いに相談して、PCとの情報共有やらなんやら便利な使い方を色々聞いたら確かに便利。

スマホといってもほとんどPCと昨日は変わらないので、携帯PCを手にしたようなものだ。

これまで毎日PCとニラメッコしていたのがスマホのおかげであまりPCを立ち上げる必要もなくなってきてほとんどのことがスマホでできるようになってしまった。世の中がスマホになっている理由を身にしみて感じたわけだけれど、この便利さに高い料金が見合っているのかどうかはまだ判断をつけかねています。

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2018年3月23日 (金)

おニューのカメラで悪戦苦闘

カメラを買った。

釣りの時に使う濡れても大丈夫なアウトドア用カメラでオリンパスのTG-5というモデルだ。

これまでアウトドア用のカメラはペンタックスのWG-1というモデルを持っていたのだけれど購入して6年くらい経つと、今のデジタルカメラの超光速的進歩によりずいぶんとスペック的に劣る感じは否めない上に撮影画像自体が購入当時に比べるとキレが甘くなってしまったので最近はすっかり出番がなくなっていたのだ。

WG-1の代わりは一昨年買ったソニーのミラーレス・デジタル一眼レフα6000が活躍してくれていて、デジイチらしいキレのいい美しい画像を楽しませてくれていたのだが、僕の場合、撮影というと釣りに持っって行くことが圧倒的に多いので、いつか水に濡れてオジャンになってしまうのではないかという恐怖と常にタタカイながらの使用に最近は甚だ疲れてしまったのでした。

そんな折釣りの現場でルアーデザイナーの若林さんが使用していたカメラが防水で綺麗な画像だったので何を使っているのか聞いたところこのオリンパスのTGシリーズだと教えていただいたので早速購入となったのでありました。

ところがいざ購入しようと近所のカメラのキタムラに電話で在庫を問い合わせたら、なんと入荷まで一ヶ月半待ち!だというではないか!

一ヶ月半も経ってしまったら4月までのシーバス釣りシーズンに間に合わない。「こっちは来週には使いたいんだよう」ということで他を当たってみたところヨドバシカメラに在庫を発見し即購入。

めでたく手に入れたのでありました。

さて、新しいカメラを手にして早速取説とにらめっこしながら色々機能を見ていたら知らなかった機能がたくさんついている。

普通はこういうカメラのスペックや機能を十分に検討してから購入に至るものなんでしょうが僕の場合すっかりあべこべで、買ったらこんな機能がついてる!と喜んでいるのだから能天気というしかない。

購入半月でまだ未知の機能がたくさんあるのだけれど、とりあえず把握しているのは通常の撮影にプログラムオート的機能や小さなものを顕微鏡的に拡大して撮影できる顕微鏡機能など様々あるのでありますが、ビデオ屋の僕が反応してしまったのは4K動画やハイスピード撮影さらにコマドリ撮影。

とりわけコマドリ機能にはまってしまった。コマドリと言っても鳥の名前じゃない。
シャッターを一定の間隔をあけて撮影し、撮影後に一連の画像を流すと普段はあまり動きのないもの、雲の流れや花が開く様子などが生き生きと動いて見られる、あれです。インターバル撮影と取説には書いてある。

かつては昭和の40年代50年代にテレビでみたものはハイスピードカメラでのフィルムによる特殊撮影でしか見られなかった。花の蕾がわーっと広がる様子や雲が湧き上がっては消える様子などをテレビで見ては感動したものでありますが、それがお手軽に家庭用のコンパクトデジタルカメラで取れてしまうのだからいい歳のおじさんにはびっくりなのであります。

早速試しにと二階のベランダに設置し大空の雲の動きを撮って見た。
どのくらいの間隔でシャッターを切ったらいいのかもわからず感に頼って3秒に一コマで撮って見た。

このカメラは299コマまで撮影でき再生時にはそれが1分に凝縮される。

とりあえずベランダに仕掛けたカメラをず〜っと見ているのも退屈なので別の作業をしていたら老化の激しい脳みそはカメラのことをすっかり忘れて出かけてしまった。

出かけた先で思い出して慌てて帰り早速カメラのところに行ったらセットした三脚が風に煽られて傾いている。三脚を固定しないのは超基本的ミスで、まあちょっとお試し、程度の撮影だったから手を抜いてしまったのでありますが深く反省しつつ画像を再生してみたら、あら、動画が撮れていない。

静止画が299枚取れているだけで、カメラの再生機能で素早く送っていくと動画に見えることは見えて、湧き上がっては消える雲が思った以上に狙い通り撮れていたのでそれなりに感動し、心配した三脚が傾いたのも撮影後のことだったようで画像に問題はなかった。しかし、動画が撮れていなかったので取説を手に取り失敗の原因を探ればただの設定ミスでありました。

つまりこのカメラ、静止画でのコマドリと、それを動画に合成する機能が両方ついていたのでありますね。さらにこのコマドリの開始時刻をあらかじめ予約できることも分かった。

一応問題が解決したので、今度こそはと翌日の朝日が登ってくるのを狙ってみた。

薄暗い東の空がぐんぐんと明るくなりやがて太陽が刺したかと思うとこれまたぐんぐん空に上がってきて眩い陽光を指す、というイメージの動画を取ろうとしたのであります。

日の出の時間を調べて、日の出の前後どのくらいの時間を撮影すればいいのかを計算して一時間とし、日の出30分前にカメラが撮影始めるようにセッティングして見たのでありますが、ここで大きな問題が起こった。

自分の寝室である二階の窓から撮影するにあたって、撮影には当然窓を開けておかなければならない。しかし三月初めの朝方に窓を開け放って寝るというのはなかなかの勇気と体力がいる、一つは寒さの問題、そしてもう一つ花粉の問題だ。

前者はそれなりの対応が取りようがなくはないものの花粉の方は対処のしようがない。ひどい花粉症の僕はこの時期には部屋の窓は一切締め切り洗濯物部屋干し、外に出る時どころか室内でもマスクをして花粉対策をせねばならないほどひどい花粉症なのに、窓を開け放って寝るなんて、まるで狼の群れの中に放り込まれたこウサギちゃんのようなもので、たちまちに狼花粉にやられてしまうのは火を見るより明らか。

仕方ないのでタイマーにセットするのは諦め、早朝早めに起きてカメラをセットしたら窓を開け放ち自分側の部屋に逃げる作戦をとったのでありました。
朝5時半、目を覚まして早速カメラにと起き上がってみたら東の空はすでに明るくなリ始めているではないか。

慌ててセットして撮影開始。一時間ほどシャッターを切れるようにし、動作を確認したらカメラの横にいただけで鼻水が垂れてきそうなのでキッチンに逃げ込んで早朝のコーヒーなどいただき一時間後にカメラを回収し再生してみたら、おお!今度は動画で撮れている。

青みがかった東の空がやがて茜色になり太陽が小さくみあたかと思ったらぐんぐん上がってくる。と思ったら、太陽はあまりぐんぐん上がって来ずどうも全体の動きが遅くてダイナミックさに欠ける映像になってる。

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                朝日 イメージ

どうやらシャッターを切る間隔が短くすぎたようで、次こそはもう少し長くしてダイナミックな映像をと、数日後再トライしてみた。

前回より少し早く来てまだ暗いうちからの撮影を敢行したのでありますが、なんと午前3時半に目が覚めてしまった。年寄りの朝は早い、と言っても3時半から日の出を待つのも辛いのでタイマーを使ってみることにし、セットしたらあとはカメラ任せでうたた寝していようと決め込んだのであります。

ところがカメラをセットして再び布団に潜り込んだが寝付けない。
カメラが気になるのかアドレナリンが分泌してテンションが上がってしまったのか、布団の中で30分もぞもぞしていたがどうしても眠れない。さらに30分なんとか寝ようとしたのでありますが目は冴えてギラギラとしてくるばかり。

気づけば4時半近くなってしまっている。こうなりゃあもうこのまま起きて撮影だ、
と起き上がってカメラを確認し、花粉から逃れるために別の部屋に移動。

NHK-FMのラジオ深夜便など聞きながらパソコンをいじりつつ、時間が来るのを待った。そろそろ取り始めている頃、という頃合いを見計らってカメラのところに行きシャッターが切れるのを待っていたのだが設定した時間の感覚を過ぎてもシャッター音がしない。またしてもオペレーションミスでカメラが動作していなかった。原因究明は後にしてすぐに撮影開始にセットし直してなんとか撮影開始。

ふと視線を窓の向こうにあげると大空は暑い雲でびっしりと覆われているじゃありませんか。

雲には隙間もなく無情なくらい重苦しく垂れ込めている。
あらあ天気予報では朝から晴れだったはずなのに、そりゃあないよ。
おれの3時半起きはなんだったんだあ!!!と思わず朝から大声で叫んでしまいそうになるのをグッとこらえるも、やり場のない失望感。
しかしすぐに気を取り直し予定通り撮影を決行。

重く垂れ込めた雲だってなんらかの動きはあるに違いないし、劇的なお天気の好転で雲間から太陽が差し込んできたりしたら、これはこれでなかなかドラマチックじゃあないか。と思ったのであります。

カメラをセットしてからおよそ二時間半。
朝メシに肉うどん卵入りをたべ、犬の散歩をし、洗濯物を干してもまだ時間が余るのでごろ寝してたらいい時間になった。

ウキウキ、ワクワクしながらカメラを三脚からはずし早速再生。と思ってスイッチを入れたら電池切れの表示。

どうやら撮影中に電池が切れたらしいのだけれど、撮れた分はちゃんと動画処理されるんだろうか?

しばらく充電してからスイッチを入れ再生ボタンを押したら、おおお、撮影できている。

再生してみたらこれが思いのほか良い。
重く垂れ込めた雲は思いなりに動いてくれていた。それもなかなか重厚感のある動きで感動的である。太陽は出てこなかったけれど日の出時間を過ぎると光量が上がり雲間から光がさしたりしてなかなかドラマチックだ。

ということでやっとの事で思いがけなくもコマドリ撮影に成功!と喜んだのだけれどPCで再生してみたら大きな失敗に気がついた。

写真の画角を4:3で撮影してしまったのでビデオにした時の16:9の画面の両脇に黒いマスクがかかってしまい、まるで昔のビデオで撮った画像をハイビジョンにコンバートしたかのような古臭い感じの画像になってしまったのであります。

しかし、これで諦めることはしない。
あらかたの失敗は一通りやったので次こそはイメージ通りの映像を取る確信があります。うまくいったときにはYouTubeにでもアップしてご覧いただきますので乞うご期待。


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2018年1月 4日 (木)

明けましておめでとうございます

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

もう今日は4日で仕事が今日から始まる方もたくさんいらっしゃることと思いますが、僕の方は正月は実家に帰省して親の面倒を見たり色々することが多くてブログを書く気分になれなかったのですが、やっと三が日が開けて余裕ができた感じです。

実は今年は元旦の朝一からちょっとしたハプニングがありまして、ブログに書きたかったのですが三日も経ってしまった。

昨年のブログは元旦の初日の出の写真から始まっていたと思うのですが、今年も日の出を撮りに行ったんですね。
大晦日は9時にはとこに入ってしまい、元旦の朝に備えていたのですが朝起きて窓を見たら外が薄明るい。慌てて時計を見たら6時40分。確か去年の初日の出が6時53分だったと思ったので顔も洗わず慌てて着替えてカメラを首にかけて犬を引っ張って近くの河原まで走って行きましたよ。

まさか元旦早々ジョギングするとは夢にも思わなかった。
それでもジョギングした甲斐があって、河原から近くの橋まで走っていく辺りで日が上がり始めギリギリ日の出に間に合いました。

橋の上には人が十人ほどいてスマホやカメラで写真を撮ってる。
僕も慌ててカメラを出して息を切らせながら写真を撮っていたら隣にいたおばちゃんにが「綺麗ですね」と声をかけてきた。「そうですね、綺麗ですね」と僕。
「その写真撮って売るんですか?」とおばちゃん。

僕「売りませんよ。撮るだけです」
おば「その写真いただけませんか?」
僕「え?でも焼きませんから」
おば「記念にどうしても欲しいんですよ」
僕「じゃあ、メールアドレスでも教えてくれたらデータあげますよ」
おば「メールはやらないんです」

その間もどんどん上がってくる太陽を写真に収めていたのでおばちゃんの顔はわからぬまま会話だけしていたんですが、正直うっとうしかった。

おばちゃん、僕の写真を見たわけでもないのにいい写真を撮ってると勘違いしてその後もしつこく写真が欲しいというので、僕もすっかりその情熱に押されてしまった。

僕「それじゃあ連絡先を紙かなんかに書いてください。あとで連絡しますから」
ということになりおばちゃんは何かの裏紙に携帯の番号を書いて手渡して帰っていった。

なんだか元日の朝っぱらからナンパされたようなナンパしたような変なことになってしまったのだけれど、おばちゃんには悪いけれど後に20歳くらい若かったら嬉しかったなあ、なんて思いながら写真をひとしきり撮って帰宅。

その日の朝はお屠蘇がわりにお酒を飲んで酔っ払っちゃったので昼ごろまで寝てしまい、午後になって写真のことを思い出した。

とりあえず約束だけは果たそうと紙に書かれた電話番号に電話して、メールはないの?と聞いてみたら、そういうのはやっていないとおっしゃる。どうやら写真を焼いて欲しがっているのことが分かったので、コンビニで焼いたもので良ければあげます。という話に落ち着きコンビニで2枚ほど焼いて、夕方の犬の散歩で朝の端に行くついでに渡すことにした。
夕方時間より少し早く端に向かって行ったら、おばちゃんのらしき車がすでに停まっており近くに人の姿が見える。
近づいたら70歳くらいと思しきおばちゃんがいて僕に気づいて寄ってきたので、写真を二枚手渡したらちょっと落胆の顔色を見せた。

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おばちゃんはどうやら大きく焼いた写真が欲しかったらしく額に入れて飾りたかったらしい。ちょっと期待を裏切っちゃって申し訳ない気分になっちゃったけれど紙焼きから大伸ばしすることができるのをおばちゃんは知っていたらしく、「これを大きくして飾ります」と言って写真を受け取り「また来年会えたら」と言い残し帰って言った。

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ご覧のように大した写真じゃないのだけれど、こんなものでも喜んでくれるのなら少しは人のためになることもできたのかしらなどと思う元旦なのでありました。
今年もいい出会いがあるといいなあ。どんな一年になるのか楽しみになってきたのでありました。

皆様も良い一年になりますように。

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2017年1月 2日 (月)

2017年元旦はスピリチュアルなのだ

今年のお正月は元旦早朝に目が覚めてしまい五時前にはどうしても眠れなくなってしまったので、エイ!っと起きてしまい、新年最初の一人Eno Cafeを行事的にかしこまって執り行いました。

どの辺が行事的かと申しますと、ぼくは十八歳の時に買ったジョン・コルトレーンというジャズ・ミュージシャンの「トランジション」というアルバムが大好きで、毎年年末最後にはこのレコードのA面を大音量でかけて一年を締めくくる、ということを二十年近く執り行って来たんですね。

このレコードのA面というのは、一曲目にアルバム・タイトルのトランジションという曲が二十分近くにわたり演奏されていて、これが火の吹くような激しさと調整の中でギリギリまで混沌としたサウンドを繰り広げており、聴いているとこちらも半ばトランス状態になり精神が浄化されていくような気がするんです。

そしてこの激しい演奏の次に流れるディア・ロードというバラードの曲が素晴らしく透明で美しく、優しく、トランス状態にあった心を優しく包み込んで、高ぶった気持ちを沈めつつも感動の中に誘ってくれるという構成になっており、個人的にはジョン・コルトレーンのアルバムで最高の、最強のA面と思っているのです。
現在売られているCDではこのディア・ロードが収録されていないということを小耳に挟み大きな落胆と怒りのようなものがこみ上げてきたことを覚えていますが。

話を戻すと、この十数年、いろいろあってこの年末儀式をすっかりやらなくなってしまったんですね。

昨日もおせちとコーヒー焙煎、そば打ちに疲労してそれどころじゃなかった。
ところが、元旦早朝に目が覚めてみたら、妙に澄んだ凜とした空気の中に身を置いた時に突然このA面が聴きたくなったんです。

しかしながら、現在埼玉の実家にいる私はレコードとオーディオ・システム一式を帰省時に持ってくるわけにもいかないので、音楽を聞く手段と言ったらYou-Tubeしかない。

PCから出て来るシャカシャカ音で、しかもMP3ごときの音でこんなありがたいアルバムを聴くのにはちょっとためらいもしたが背に腹は変えられないので聴きました。
早朝なので音量も極めて控えめに。

音を出してみれば元旦早朝の静寂の中に流れる小音量のコルトレーンというのもなかなか良いもので、暴力的大音量のグイグイ押し迫ってくるコルトレーンとは違い、激しい演奏ながらも一歩引いて語りかけてくるような聞こえ方をしたのであります。

昨日焙煎した自称「兎夢スペシャル」なる試験的焙煎のコーヒーを淹れてみたところ、これがまた予想以上に美味しく、素晴らしいバランスのコーヒーだったので、このコーヒーの香りと味に満たされながら聞くトランジションは心にどんどんしみこんできて、元旦早朝から一人妙に神聖な体験をしてしまったのであります。

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You-Tubeですので一曲目が終わったら気持ちの冷めないうちに素早く二曲目のディア・ロードをさがして流せば至福の音と香り、味わいに包まれ、今年はきっといい年になるに違いない、と確信したのでありました。

あまりにも気分が良かったので、近くの日の出撮影ポイントに犬の散歩がてら出かけて初日の出の撮影もしようと思い立ち、六時半頃家を出てカメラ・ポジションの橋の上に着いたらすでに数人の人がパラパラと集まっており、手には一様にスマホを持って明るくなりつつある東の方向を見つめていらっしゃる。
ぼくはスマホを持っていないので、仕方なく一眼レフで本格撮影です。
とはいえ200ミリの望遠レンズは自宅に置いてきてしまったのでとりあえず付いているワイド系のレンズで勝負することに。

この日の東京地方の日の出時刻六時五十一分になると平地ばかりの埼玉特有の地平線的風景の中に立ち並ぶ高圧線の鉄塔と町のゴミ焼却場のシルエットの向こう側がにわかに明るくなりカメラを構えます。

徐々に明るくなってゆく地平線的風景と空の群青色のコントラストが素晴らしくシャッターと切ります。
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周囲の人たちも見ず知らずながら「あそこから上がる」とか「あと少し」とか声を上げ気分は高揚していきます。

六時五十三分、ゴミ焼却場の右隅が明るく輝いたと思ったらそこから先はグングンと陽が上がってきました。

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画角を変えながらシャッターをバチバチ押し、初日の出を撮影するなんていつ以来のことだろうかと考えましたよ。

思えば今年初孫を生んだ長女が小学校に入ったばかりの頃、早朝の鵠沼海岸に車を走らせ家族全員で見た初日の出以来なのではないのかと思うと、これまた時の流れの速さとその間の様々な思い出が去来し、グングン上がってくる初日をみながら人生を振り返るというとても精神的に充実した瞬間を味わうことができました。

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陽が川面に当たると水面から湯気が立ち上り始めて幻想的な雰囲気を醸し出して来れます。
電線とゴミ焼却場を心の中で富士山と大木に無理やり置き換えて見てみたらこれはこれで素晴らしい絵ではないですか!

ついでに近くの朝日のあたる協会の尖塔を撮影しました。

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普段昼間見る時はどおってことない教会(失礼)なんですが、こういう光の中で見ると神聖な感じが際立ち心が洗われる気にすらなってくるから不思議です。

なんだかすごくスピリチュアルな元旦を、しかも早朝二時間あまりの間に濃密に体験してしまいこの一年はきっと良い年になる!そうなるように気持ちを入れていこう!と
珍しく己を奮い立たせる一年の始まりとなったのでありました。


あらためまして、新年明けましておめでとうございます。

本年もenos日記をよろしくお願い致します。

皆様にとっても素敵な一年になりますように!



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2016年12月23日 (金)

本が読める喜び

最近本が読めるようになった。

本を買うお金がなかったわけではない。いい老眼鏡を手に入れたからでもない。

実はおよそ十年前に患ったひどい病気の後遺症で、この十年間ほど文字を読むことを体が拒否したのである。
このように書いても、こんなダラダラと長い文章を月に何度も更新していて嘘ばっかり!という声も聞こえてきそうですが、本当なのだから仕方がない。

なぜか「書くこと」はできるのに「読むこと」が苦痛で、ひどい時には漫画が目に入るのも体が拒否したほどで、数年前からやっと漫画が少し読めるようになり、一昨年あたりから新聞の拾い読み程度のことはできるようになったものの本に立ち向かうことができなかった。

その間にも何度かジャズや釣りという自分の大好きなカテゴリーの本なら読めるかもしれないと挑戦してみたものの一ページ読むのがやっとでなかなか本に近づくことができなかったのだ。

ところが先日、たまたま訪れたアウトドア・ショップにカヌーイストの野田知佑さんの本を目にし、手に取ったパラパラとページをめくってみるとなんだか面白そうだなという感覚が湧いてきて買うことにした。

 


カヌーイストの野田知佑さんは、日本におけるカヌーでの川下り遊びの元祖とも言える人で「日本の川を旅する」という本で1980年代に作家デビュー、その後アラスカのマッケンジー川やユーコン川などの川下り様子を紀行文にしてアウトドア雑誌Be-PALに掲載しており、それを読んだのがぼくの野田さんとの出会いだった。


冒険やアウト・ドアの遊びに飢えていた三十代のぼくは野田さんの本を読みあさり大いに興奮し触発された。

現在七十歳を過ぎた野田さんは、この十数年は四国の山の中での暮らしの様子などを雑誌に掲載していたようだが、「川を冒険する野田さん」のファンだったぼくにはそのような内容の文章が物足りなく感じるようになり次第に読まなくなってしまった。


今回手にした本ではつい最近、野田さんがカナダのユーコン川(下流はアラスカ)を一週間にわたりカヌーではなくて筏で下るというもの。表紙の写真には犬と一緒にオールの付いた筏に乗る野田さんの姿があった。
それは久しぶりに見る冒険する野田さんの姿でもあった。

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本のタイトルと写真を見た時に何かぼくの心の中にポンッ!とはじけるような感覚が起こり、無意識に本を手にしていた。

それでもすぐにその本を読む気にはならず、二三日家の机の上に放置していたのだが、ある日ネットが使えなくなりパソコンを触る作業ができなくなった時に暇つぶしに本を手に取り読んでみたらこれが面白くてたまらない。

冒険する野田さんの文章は生き生きとしており、そこに登場する人やモノも実に興味深く面白い。
あっという間に十ページほど読み進んだ時に初めて「本が読める!」と気づいた。
そこからはもう勢いが止まらず二日間でその本を読み切ってしまう。

今までどうして本が読めなかったのか自分でも不思議に思うほど、本の文章はスルスルと頭に入ってきて心を躍動させてくれた。
同時に、時間の使い方がとても有意義になり生活の充実感が全く違って感じられた。

部屋を見回すと、この十年間に読まずに放置されたジャズ本が幾つかあったので、早速次はこれだと手にして読み始める。

まずは中山康樹氏の著書「マイルスvsコルトレーン」から取りかかる。

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読む前はどうせマイルスとコルトレーンの話だ、大方の内容は自分でも知っているものだろう、などとタカをくくって読み始めたのだが、自分の知らない二人の歴史的事実を挙げながら二人のミュージシャンの生き様を描く内容に魅了され、これも二日で読んでしまった。

次は、たまたま出かけた際に駅の本屋で見つけたマイルス本「マイルス・デイビスの真実」を手にする。マイルス・デイビス研究家としても知られるジャズジャーナリストの小川隆夫さんの本で、音楽家マイルス・デイビスの生涯を自己のインタビューと周辺のミュージシャンや関係者の証言をもとに検証している興味深い内容なのだ。これも随分前から気になっていた本なのだが手が出せなかった。つい最近文庫本で再発された700ページもある分厚い本だ。
ちょうど先に読んだコルトレーンとマイルスが共演したあたりから読み始めた。
こういう読み方は正しい読書方とは言えないのかもしれないが、それ以前の時代のマイルス・デイビスには今はあまり興味が行かないだけなので後からじっくり読み返すつもりである。

それは、この本にするとちょうど100ページ付近から読み始めたことになるのだが数日で540ページあたりまで読み進んでしまった。同時に本に出てくるマイルス・デイビスのCDを聴いて楽しんでいるのだが、知識は音を違ったものとして認識させてくれるから不思議である。

さらに、これだけでは物足らずに同時進行で東京ジャズメモリーなるエッセイも読み進め残るは四分の一ほどとなんだか凄まじい勢いでジャズ本を読みまくってる。

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かつて仕事で東京と大阪を毎週のように行き来していた頃、移動の新幹線の中でこのようなペースで本を読んだ時期があったがそれ以来の活字の吸収力だ。
まるで干からびていたスポンジが水を吸うかのようにどんどん活字を吸収してしまう自分が見える。

スポンジはどこまで水を吸い込んで膨らみ切るのか、今のところまだその兆候はない。



本を夢中になって読むと時間が過ぎるのが早い。
時間が過ぎるのが早いということは楽しい、ということと充実しているということの証なのではないだろうか。このところ日々がとても充実感にあふれ毎日が楽しくて仕方がない。

先日は新聞の本の紹介ページを読んで次なるターゲットを見つけた。
同じ音楽ものだがビートルズものだ。

こう見えても(どう見られているのか?)音楽の聴き始めはビートルズがスタート。
中学生の時ラジカセで録音して聴きまくったのがビートルズであり、ぼくの洋楽の原体験でもある。

そこから紆余曲折して今はジャズオヤジと化してしまっているのだが、ジャズだけしか聞かないジャズオヤジにはなりたくないので他ジャンルの音楽も実はよく聴いているのだ。ここ数年はジャズよりもクラッシック音楽のほうが聞く機会が多いのではないかと思う。

なんだか本が読めるようになったことで、最近ちょっと距離を置いていた最新のジャズにも少し興味が湧いてきたので、もう一度勉強のし直しをしようかとも思っている。



しかしながら、テレビには未だに拒否反応が強く、自分の意思で機械のスイッチを入れることは全くなく、家でもここ数年テレビを見ていない。一時は釣りヴィジョンを時々見ていたけれどそれも見なくなってしまった。

テレビを普通に見られる日はいつくるのであろうか?別にそんな日は来て欲しいとも思わないのだ。
なぜなら、今のテレビ番組に面白いと思うものがほとんどなく、むしろ見ていてこちらをバカにしているのか?と感じさせられることのほうが多くて不愉快なのだ。


テレビのことはさておき、同じ文章を読むにしてもPCの画面で読むのと本になったものを読むのでは読後の充実感がまるで違う気がする。
本の場合にはその本なりの厚みなりがモノとして目の前にあるという実在感がそう感じさせてくれるのだろうか。そう考えると本というのは単に知識を得るためのメディアというだけではなく、読み手の心を満足させる要素もあり、そのことが今のぼくの生活に充実感をもたらせてくれているのかもしれない。


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2016年9月 3日 (土)

ネットのない生活をしてみた!

ここ数日、実家で暮らす両親のところに用があって滞在したのだけれど、この間ネット環境がなく、メールも見られない、ブログは書けない、天気予報もニュースも交通情報も釣果情報もフェイスブックも釣具屋の営業時間も、なあんにもわかんないという生活でありました。

まあ、言って見れば「ネット断食」のような生活をしたことになるのですが、果たしてこのようにネットから隔絶された生活をした時に、日頃は朝から寝る前までネット漬け生活をしている自分はどう変化するのであろうか?というところが自分のことながら興味があって、日々観察していたのであります。

実家に行った日は例のライブを行った日なので、到着は深夜。すぐに寝てしまったので問題なかったのですが、翌朝起きて顔を洗っていつものようにPCの電源を入れてハタと手が止まった。

することがないのであります。

通常はまず朝起きて昨夜のメール・チェック。そしてそれに続いてフェイスブックあたりを開いて身の回りの情報を手繰り集めるのでありますが、これらが全くできない。

仕方がないので昨夜の自分たちのライブの様子をブログに書こうと、テキストだけ打つことにした。

これでしばらく間は持ち、朝食を終えていつもの挽きたてコーヒーを飲みながら「埼玉の朝は早い」などと大昔の大橋巨泉さんのネスカフェのCMの真似をしたりしていたものの(わかんねぇだろうなぁ)コーヒーがなくなったところではいおしまい。

することがなくなってしまった。

サックスでも吹いて暇つぶそうか?と時計に目をやればまだ朝の7時台。
こんな時間から住宅街のど真ん中でサックスなんか吹いた日にゃあ警察にでも通報されるのが関の山、ということで別なことを考える。

通常、ネット→ジャズと動き始めたらその次あたりに来るのは「釣り」ということになり、埼玉の実家に滞在中は車で10分にある日本一釣れない管理釣り場である朝霞ガーデンに出向いてストイックなマス釣りを展開するのが常でありまして、今回も車の後ろには当然のごとくフライとルアーのマス釣り体制が一式揃ってる。

しかし、おりしも史上稀なる行動をしている台風10号が南大東島近海からゆっくりと北上を始めた影響で関東地方も朝から雨模様。

いくら釣り好きでもこんなジトジトベタベタの雨の中の釣りはまっぴらゴメン!
と、啖呵を切るのはいいのだがやはりやることがない。

そんな時、ふと頼まれていたビデオの編集が滞っていたことを思い出し、おもむろに外付けハードディスクをつないでみたら素材のデータがしっかり入っているじゃあありませんか。

先ほどまでの落胆の連続が嘘のように自分でも「あ、今オレ生き生きしてる!」と感じるくらい元気になて編集を始めました。
集中すること二時間。さすがにどんなにやることがなくても仕事的作業への集中力はこのくらいが限界で、いったん休んでしまったら気持ちがもう編集の方に向かない。

ああ、相変わらず気分屋な性格のオレ!

などど思いながら、もうじきお昼だから何か作ろうと、別なベクトルに目的を見出してなんとか午前を乗り切りました。

午後は昼寝してからサックスを思う存分吹きまくってご近所にご迷惑をかけてこの日はなんとか乗り切りました。

とはいうものの、最近はサックスの練習にもPCのアプリを使って行うので、ネットにこそ依存しないもののPC依存は逃れられない。


さて二日目、この日も台風の影響で雨で昨日と状況は変わらず。
それでも朝起きてから一番にしたのはPCにスイッチを入れること。立ち上がってデスクトップの画面を見てから「ああ、することないんだ」と気がついた。

朝ごはんでも食べよっと、と朝食→引き立てコーヒー、といったところでさて次は何をする?

立ち上がったPCをみて、昨日の編集の続きでもするか…ということにした。

これでなんとか午前中は間が持ちました。

午後は昨日と同じく昼寝サックスね。PC使って。

さあ、二日目を終えていよいよ三日目。と言っても特に何もすることもなければ出来事も起こらないのだけれども、さすがに三日目ともなると、朝起きて反射的にPCを立ち上げることはしなかった。

この日は台風10号が関東地方に接近していたので、台風の進路が気になり一時間おきにテレビで台風情報をチェックしながら、暴風雨のため締め切った部屋で朝からサックスの練習。

昼まであっという間に時間は過ぎ、午後はまたまた昼寝してラッパ吹いてという自堕落生活。

そうは言いながらも、折あるごとにネットで天気予報を見ようとしたり、一日50通以上来るメールのことが気になったりとなかなか心はネットから逃げられない。
それに、使えない、使わないと分かっていながらもPCの電源が入っていないと落ち着かないという禁断症状も。


この日の夕方から夜にかけては東北地方に向かった台風10号の情報から目が離せず、通常ならPCの台風情報にへばりつくところを、久しぶりにテレビの前に釘付けとなってこの日は終わったのでありました。



四日目は台風一過の晴天の中、本来の実家に来た用事があったので午前中これを済ませて、午後は昼寝してからまた用事をひとつこなしたところで午後の四時。

さあて、夕飯までの間何すっか?とPCで音楽を聴きながらふと、あることを思い出してブログに書き始める。

ブログを書いている時の自分というのは一体どういう顔をしているのだろう?と思うくらい集中して一時間半、夕食までの時間で半分書き上げて、食後すぐに残りを書き切る。

さらに、寝るまでの時間にもう一本。
と、ネタと書くモチベーションさえ上がればいくらでもいけちゃう自分が怖い。

とはいえ、本来ならおの作業もネットを経由してブログを書く作業なのでありまして、基本的なにはネット依存的精神状態なのに変わりがない。

ああ、ここまで自分の心も体も根深くネットの根っこが這い尽くされてしまっているのかと思わされるばかり。

五日目になるとさすがにネット禁断症状から這い出せたのか、PCの存在も気にならず、と言いたいところだけれど朝起きたらPCの電源を入れている。

主にスケジュールの確認などのために立ち上げたのでありネットに依存しているわけではないのだけれど、PCが立ち上がっていることで精神的に安定する自分がわかる。

ここまでを振り返ってみると、ネットに依存しているのもわかるけれどそれ以上にPCへの依存が強いことがよくわかりました。

生活の中にPCが無いのが想像でき無いくらい依存している。
生活のツールとしてかなり大きな割合を占めているのですね。
今回は諦めてしまっているので使わないけれど、普段は料理をするときにもクックパッドなどのレシピでネットのお世話になっていますからPCなしの生活は考えられないほどになっています。

私はスマホは持たないので、これは想像ですが、おそらく私のPC依存と同等、あるいはそれ以上にスマホ依存の方々は多いのではないかとも思いますね。

私は釣りに行ったときはPCから全く離れることができますが、スマホを持っていらっしゃる皆さんは移動中にさらってる方も多く見られますし、釣った魚の写真を即座にSNSにアップする方なんかもいらっしゃる。

ウィンドウズ95の発売以降急激に広がったコンピュータ社会ですが、まだ20年あまり、というか私にとってはもう20年という感覚かな、インターネットが普及して17~8年、

スマホに至ってはこの5年くらい?

良くも悪くも世の中はすっかり変わってしまいましたね。
私も変わってしまった。
皆さんも変わってしまったんだと思いますよ。


さあて五日目の晩、ようやく自宅に戻ってネット生活に戻るわけですが、それを前にしてすでにネットを使ってしなければならないことが山積み。
その作業の事前の整理にPCを使ったりして…



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2015年10月29日 (木)

本日は植木屋さんなのだ!

タイトルを見てピンときた方、流石です。なんでかって?
天才バカボンのパパは植木職人だったんですね。

私、ガーデニングが趣味なんです、なんていうとなんだかオシャレで人にも言ってみたくなる感じがしますが、私、植木が趣味なんです、というと急におっさん臭くなってしまうのはバカボンのパパだけのせいではないと思うんですが、なぜなんでしょう。

植木→日本庭園→渋い→おっさん臭、ということになってしまうのか?
日本庭園といえば日本が世界に誇る伝統文化ですし、皆さんだって「そうだ。京都へ行こう」なんて言って京都へ行ったら寺社で庭園を見て「いいなあ」って思っているんじゃないかと思うんですが。

そんな日本庭園の主役と言ったらなんといっても松の木なんですね。
それは何故かといえば、松の木ほど手をかければかけるほど形が良くなり、一方で手がやたらにかかる植木はないからなんです。

そういう意味をも含めて、松の木は庭木の王様とも言って良いでしょう。
良い日本庭園には必ず手入れの行き届いた立派な松が必ずと言って良いほど庭の中心の一番良いところに植わっているものです。

松の木というのは、特にここでいうのは黒松という種類の話になりますが、松の木は日の当たるところだけ芽が出て、日陰は葉が落ちて枯れてしまう、一度目を落とすと二度とそこから新しい芽が出てこないという性質があるのと、形を整えるのに木の構造上植木バサミで切ることができず全て手作業で行わねばならないということがあるんです。

大方の植木なんていうものは、伸びてきたら植木バサミでや最近では電気バリカンでもバサバサと適当にいい形に刈りそろえてあげればいいし、間違って切リすぎちゃってもまた芽が出てくるので二三年もすれば元に戻るので気楽なんです。

例えばこの木、これは松じゃあありません。↓形は似ているけれど「マキ」と言う木。

Imgp5912_7

これなんかは、バサバサ切っちゃってもどんどん目が出てくるので手入れは簡単なんですよ。

ところが松はそうはいかない。一度誤って芽を落としてしまうとそこからは芽が出ないので形を戻すのは大変な時間がかかり、なかなか取り返しがつかないんですね。

では、松はどう手入れするのか?というと
まずは初夏にかけて新しい芽がぐんぐん伸びていくときに、今年はこの芽をここまで伸ばしたら格好がつくな、という長さを見極めて芽の先を積む「ミドリ摘み」という作業で形を整えます。

その芽が伸びて枝になり、木全体に葉が茂った秋には、今度は木の下の方の枝が上の枝の影になることがならないように、松の葉をすいてあげて、葉の隙間から陽光が下の枝に日が届くようにしてあげる「葉刈り」という作業をします。

この二つの作業であの松の形を作り上げていくんですね。
どちらも手作業になるので大変手がかかるしはっきり言って面倒臭い作業なんですよ。

冬の訪れを告げる金沢の兼六園の雪吊りがニュースで流れるたびに、雪吊りよりも松の形そのものを見て、「ああ、ここの松はなんて立派なんだろう」、とここの植木職人さんたちの仕事ぶりに感動してしまうほどなんです。

ですから、ご家庭の庭で松の木を植えるときはそれなりの覚悟なり植木屋さんにお願いするお金なりを持って植えないと後が大変なことになる。

ところが、「植木が趣味なんです」なんていう人はこれを自分で行うことを無上のヨロコビとするらしく、春と秋にせっせと手をかけた松の木の立つ庭を見ては「いい庭だ」なんて思うらしいのですが、私にはその気持ちがさっぱり理解できない。

不運なことにこの類の「植木が好きなんです」というヒトが実は実家に一人いて、もう50年も前から松を植えて毎年いじってはご満悦、という人生を送っているんです。
それはそれでいいんですが、近年怪我をして動けなくなったり、お年を召して梯子で高いところに立つのが危険になったりで、手に届かないところの松の木を手入れできなってしまったんですね。

そこで、潔ぎよく植木屋さんに頼んでやって貰えばいいんですが、どうも長年手塩にかけた松の木を赤の他人の手で汚すことを良しとしないという気持ちがあるらしく、身内の私に「やってくれ」という話になるんですよ。

「そんなんできないよ」と言い切ってしまえばいいんですが、実は私の自宅にも植木好きだった前の住人が残して行った結構良い松が一本あって、植木屋さんに払うお金などないので自分でやっているうちに松の手入れをすっかり覚えちゃったんです。

と言うようないきさつで、秋の良いお天気の昨日、仕方ないので実家の松の木のは刈りを行いました。

葉刈りする前の松の枝というのはこんな感じ↓葉が密集して隙間がありません。

Imgp5906_22

これを、枝の先に数枚葉を残して手でむしっていくんですね。
作業を始めるときは、松の木を見上げると木の遠くなりそうな作業にクラクラしそうになるんですが、一つ一つやっていくしかないんです。

Imgp5909

開始一時間で枝二つ分くらいが終わったので一休み。
掃除と同じで、やった分だけの結果ははっきりと現れるので達成感はあります。

Imgp5913

  上の写真は刈る前、下は刈った後・・・さらに

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   全体的にはこんな感じ

おりしも10月末とは思えない強い日差しと南から入った空気のおかげで気温は上がり、Tシャツいっちょうでも汗ばむくらい。

さらに三時間やったところで八割がた終えて小休止。
後一息というところなんですが、ここからがなかなか手の届きにくいところなので手間のかかり方が違うんですよ。

Imgp5918

脚立を立てる地面も平らじゃないので立てる場所を探すのにも一苦労。
小一時間休んだ後に一気に勝負をかけて完成。
と言うより、もう疲れちゃったからこの辺で勘弁してくださいというかんじ。

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すっきりと出来上がり   わかんないか?

まあそれでも、それらしくなったじゃあありませんか。
こんな細い松でも樹齢50以上なんです。

皆様、こんど日本庭園を訪れる機会がございましたら是非とも庭の松にご注目いただきたい。そこには植木職人さんたちの並々ならぬ職人技を見ることができるはず。庭園の見方も少しは変わることでありましょう。

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2015年3月25日 (水)

マグロが食べられなくなる話

みなさん、うなぎが絶滅危惧種指定されたことはご存知かと思いますが、もう一つの皆さん大好きなクロマグロも絶滅危惧種に指定されたということはご存知でしょうか?
そんなことニュースで見て知ってらい!という方々にも是非読んでいただきたいのが今回のお話なんです。

新聞などでは、クロマグロの漁獲量を2015年から半分に減らし資源の復元に期待するなどと書かれていますが、事態はそんな甘いものではないんですよ。

先日、ある釣り業界のお祭りの中でマグロの資源保護に関するトーク・ショーが行われ、私も日本のクロマグロの現状を知らされて愕然とさせられました。
報告では、築地の仲買人をしている生田氏、三重大学の勝川先生、プロ釣り師の茂木氏に壱岐のマグロ漁師の方2名が壇上で窮状を訴えました。

それによると、かつて築地の市場に入りきれないくらい入荷された三陸沖産のクロマグロが今では皆無であること(生田氏)、壱岐沖でのマグロ漁獲量が10年前の10分の1以下にまで落ち込みもはや壊滅的であること(壱岐の漁師さん)などが報告されました。
(下のグラフ参照)
Imgp3394

マグロがここまで急激に減ってしまった原因は大きく三つあると勝川先生は上げます。

その1は
小さなマグロを獲ってしまうこと。下の写真は手のひらに乗ったマグロの赤ちゃんです。こういうものまで網で文字通り一網打尽にしてしまっているらしい。

Imgp3387


その2は
産卵で集まったマグロを産卵前にこれもまた巻き網で一網打尽にしてしまうこと。これもしたのグラフを見ると、マグロの産卵期である5~7月に漁獲量が集中していることを見るとわかります。

Photo

                                           月別マグロ漁獲量推移

卵を産みに集まったマグロを根こそぎ採ってしまうわけですから、魚が減るのは当然です。なぜこの様な漁をするのかというと、マグロの個体数が減ってしまったため通常回遊しているマグロを捕まえることが困難になってしまったためです。年を追うごとにその傾向が顕著になっているのも分かりますね。2014年に注目してみてください。
その3は
こういった漁業に対してなんの規制もなく獲り放題になっているということです。
こう書くと、ご存知の方は2015年からクロマグロの漁獲量を半分に減らす決まりができたではないか?!とおっしゃるでしょう。

Imgp3394

再登場した上のグラフは長崎県壱岐市におけるクロマグロの漁獲量推移ですが、10年前に比べ10分の1以下に減っているのが分かりますね。
今回の漁獲量規制の基準になる基準となる数値が2014年の数値ならば、まだいくらか望みがあるのですが、実際には10年前の漁穫量に対して半分というのが今回の規制の実態なのです。もうすでにそんなにたくさんマグロは獲れていないわけですから、それだけの漁の魚を産卵期に集中してとってしまっtらどうなるのか?
イマジネーション豊かな皆さんでしたら容易にご想像がつくはず。


以上3点が原因となって、日本のクロマグロはかなり危機的状況に置かれています。
勝川先生によれば今年の漁を規制なしに行ってしまえば、取り返しがつかなくなるかもしれないというほど切迫しています。

どのような規制が行われたら良いのかは、アメリカがいいお手本になっています。
前出茂木氏によると、アメリカでは地域差はあるものの、漁師は一定の大きさ以上の物を1日2本、釣り師は一隻で1日1本というふうに決められています。これは獲る魚の数を減らすだけでなく、獲る側はより大きいものを選んで獲ることになるので幼魚の保護にもつながります。

10年以上前のことでしょうか?大西洋クロマグロの危機的減少が話題になりましたが、このような規制が効果を出し、「今ではいつ行っても大きなマグロが釣れる」(茂木氏)とか。

こうした規制を日本にも早急に取り入れることが必要なのですが、農水省はあまり積極的ではなく前記した程度の規制にとどまり大きな期待ができないのが現状です。

前出壱岐の漁師さんたちは、すでに巻き網漁法を捨ててマグロの一本釣り漁法のみに転じたそうです。こうすることで小さな、大量のマグロを獲らずに大きいものを必要数だけ獲ることができるからです。


海の自然というのは大変豊かであるという事は、皮肉にも福島第一の事故が教えてくれています。
漁業を中止せざるを得なくなった福島沖の海の魚は、この3年間で3倍にも増えているとか。
マグロは成長の早い魚なので、生まれて6年もすると100kgを超える大きさに成長するそうです。
今なら、数年間国産マグロを我慢し、その後は厳格な規制を導入することで未来の日本のマグロはなんとか確保できる状況にあるのです。

この話はマグロに関したことではありません、日本の漁業全体の衰退は魚が獲れなくなったことが一番の原因です。かつての北海道のニシン漁や秋田のハタハタ漁など私たち日本人は学んできたはずなのに、三たび同じ過ちを犯そうとしている、というよりも何お教訓も得ていないといってもよいのではないでしょうか?

学校の社会の時間で習ったと思いますが日本は世界三大漁場の一つです。世界でも有数の魚の豊かな場所です。それは私自身全国を釣りして歩いて実感しました。魚種の多さが他国に比べ頭抜けて多いんです。その豊かさに甘んじて現状の漁業の衰退が起こってしまっているところが悲しいんですね。

とにかく今必要とされるのは、科学的な根拠に基づく規制です。これまでの「早い者勝ち」「先に取った者勝ち」というオリンピック方式をやめて、大きさと漁獲数を規制する必要があるのです。豊かな日本の海ならば必ず魚は戻ってくるはずです。魚を取って豊かな生活ができるようになれば地方の漁業も栄え地方創生にもつながります。

前出、三重大学勝川先生によれば、政府、農水省にこれまでこれらのデータを示し、規制の実行を求めてきたにも過かわらず、政府側の対応は実に遅いとのこと、今政府を動かすのは私たちみんなの声、世論が盛り上がることが大事だとおっしゃられていた。

マグロ好きのみなさんにお願いです。
まずはクロマグロの現状を知っていただき、機会があれば政府に規制を求める動きに賛同していただきたいのです。

これは、マグロだけにかかったことではないと私は考えます。
日本の水産資源がすべて先に取ったもん勝ちのような現状ですので、漁師、釣り人ともにすべての資源を守るなんらかの規制(ルール)を作る必要があると思うのです。
そうでないと、未来の日本に漁師はいなくなり、食卓の上がる魚はすべて外国産になってしまい、魚釣りは外国に出かけということが現実になってしまうからです。

外国の魚を食べればいいじゃないか?!という方々もいらっしゃるでしょうが、クロマグロを絶滅させてしまうということは、海外からの日本に対する信頼度を大きく下げることを意味します。そのような失態を犯した国が科学的根拠に基づき調査捕鯨を行うといったときに誰が信じてくれるでしょうか?

もう一つ残念な話があります。
絶滅危惧種に認定されると西欧諸国ではその魚の売り上げが下がるのが常なのですが、日本では上がってしまうのです。うなぎの時もマグロの時も、食べられるうちに食べておこうと、食べた方、いらっしゃるはず。皆さん自身のどこかに「早いのも勝ち」という精神が染み付いているようなのです。

今問われているのは私たち一人ひとりの問題なのかもしれません。
事はマグロだけの問題ではないと考えるのであります。

海の資源は国際法上では人類みんなの資源であると定められているそうです。それは政府だけのものでも、漁師だけのものでも、釣り師だけのものでも、食べる人だけのものではない、すべての人のものなのねすね。ということは、このような問題はすべての人が参加して真面目に考えないと、正しく解決しないということになるんじゃないでしょうか?

釣り師もたまには真面目に自然のことを考えるんです。そうしないと釣りができなうくなってしまうからです。
資料引用:壱岐市マグロ資源を考える会パンフレット 、 SFPC他


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2014年8月23日 (土)

Macbook pro 買っちゃった!

もともとウィンドウズ95が出る前からアップル・コンピュータで仕事してたんですよ。当時はグラフィック系は圧倒的にマックでした。


クゥワドラが出る前。

Ms−dosの時代です。

もちろんインターネットなんて無かった。

マルチメディアって言う言葉が出てきた頃かな?

懐かしいって思った人!手を挙げて!

ところが18年くらい前に自宅にPC置くときに安いからってウィンドウズの自作PCにしちゃったんですね。自作PCが流行っていた頃です。


その後もう一台っウィンドウズに買い替えたんですが、それもこの暑さのせいか調子悪くなっちゃったんです。


そこで、新しいPCを買おうって決断してイロイロみていたらMacbook proの新しいのが気になって近所のヤマダ電機に電話してみた。

すると、在庫も展示品もあるというのでチロット見に行ったんですね。

イロイロ触りながら素朴な疑問を、あまりアップルには詳しくなさそうな店員さんに聞きまくること一時間!

基本的な問題点は解決したのと、Macのデザイン、操作性、佇まいに参ってしまい、お店の対面にあるコンビニでお金おろして買っちゃいました。

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いやあもう、二日使って大満足!

やっぱり使いやすい。
電源を入れてからの起動の速さ。
画面きれい。
インターフェースの使い心地。
ソフトも昔に比べるとだいぶ安いものが充実しているし文句無いです。


面倒なのはメアドの引っ越しくらいかな。
これから数年間はこの子と一緒にやっていこうと思います。


Macからの初更新でした。




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