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カテゴリー「旅」の記事

2017年11月25日 (土)

ちょいとワンデイトリップ@江ノ島・鎌倉・他

珍しくたびネタです。
最近、とある方から僕の守護神は江ノ島の弁天様なのでお参りするといい、と助言されたのでお天気のいい日を見て出かけてきました。

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我が家から江ノ島までは小一時間で着くので、朝出て入ったらちょうど急行電車が来ていてあっという間についてしまった。
とにかくお天気が良かったので富士山も烏帽子岩もよく見えました。

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比較的朝の早い時間だったので修学旅行の中学生くらいしか観光客はおらず静かにお参りすることができましたよ。
とりあえず江ノ島に渡ったら坂道、階段をひたすら登ると突然境内が開けます。



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そこの境内の上手にあるのが弁天様のいる六角堂。
江ノ島にはこれまで何回も来ていましたけれどお参りを目的に来たのも初めてなので、これまではこのあたりはなんとなくお参りしてスルーしちゃっていたのですが、今回は拝観料を払って中に入りました。

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ここの弁天様は日本三大弁天というものの一つで鎌倉時代に作られた大変由緒のあるものらしい。

江戸時代には江ノ島といえば弁天様、ということで信仰も厚く多くの参拝者が訪れたらしい。

らしいばかりで肝心な弁天様の写真は撮影禁止なのでありませんが(まあ神様は普通どこも撮影禁止なものですが)中に入ると鎌倉時代初期と中期に作られた二体の弁天様がいらっしゃった。
特に中期に作られた弁天様は裸の坐像で琵琶を持っているという珍しいものらしい。

その坐像を見つめていると初めて見るのになぜかとても懐かしいというか、やっと出会えたというかとても清々しく心を洗われるような気分になってくるから不思議です。
何をお願いしたのかは秘密ですけれど、他の参拝者もいなかったのでしばらくお堂の中でじっくり参拝しましたよ。

再び外に出れば日も高く上がり縁結びのお地蔵さんに書けられた赤いお札と赤いお札のコントラストが美しい。

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これだけのお札を見ていると、縁結びというとなんだかお手軽に恋愛成就という感じがしていたのだけれど、みんな真剣に願かけにきているのだなあと実感させられます。

さて、江ノ島はこのくらいにして、次は江ノ電に乗って鎌倉に向かいました。

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目指すは長谷寺。
ここの観音様も僕の守り神だそうなのでついでと言ってはなんですがお参りに行ったわけであります。なぜか女性の神様ばかりが守り神というのもちょっと嬉しい。

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時間的に江ノ島より一時間ほど後になるので流石に観光客も多く出て来ており、いつも通りの賑やかな長谷寺でした。

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観音堂に入ると、正面に大きな観音様が僕を見下ろしている。
この観音様を初めて見たのは中学一年生くらいの頃なので、今から半世紀近くも昔のことなのだけれど、当時埼玉から一泊で観光に来た鎌倉で唯一僕の中に残っていたのがこの長谷観音だったのです。

その時は薄暗い中に立つ大きな観音立像が薄気味悪い印象で強烈に心に残ったのかもしれないけれど、改めてお参りしてみると優しく微笑んでいるように見える観音様の顔を見ていると何か懐かしい、これまた自分の人生の中で巡り巡って戻ってきた感覚があり心洗われるのでありました。

参拝後は時間もあったので境内をぶらぶらしていたら、巨大マニ車を発見。
マニ車というのは下の写真のような形のものでこれを周りから押してクルクル回すとご利益があるというもので、確かチベット仏教あたりから来ていたような。
というのは以前ネパールの山岳気候映画をたくさん見たときに必ず出て来たのがこのマニ車で、その印象がとても強かったのであります。

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中に入ると小さなマニ車がたくさんあってこれを手で回しながら一周するとご利益があるんですね。

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不思議なもので、ここ長谷寺にはなんども訪れているし、このマニ車のお堂にもなんども入ったことがあるはずなのに、「あ、これこれ!」って気づいたのはこの日が初めて。今まで一体何を見ていたんだろう。

人の体験なんとか見たものなんてその時の心の問題で見えてくるものが同じものでも全く違って見えるものなのだということを実感させられたのでありました。

境内には小福桜という桜が咲いていて鎌倉の街並みや海もよくみえました。

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お天気も波もいいので海の中にはゴマ粒のようにサーファーがたくさんいる。
肉眼じゃ見えないんだろうなあ、こういうのも。

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ということで午前中半日はとてもスピリチュアルな旅をしたのでありましたが、午後からは一転、大都会新宿に用があったのでたまたま鎌倉駅に停車していた湘南新宿ラインでまっしぐら。

ちょっと早めに着いたのですることもないのでいつもの中古レコード屋さんに入ろうかとうろついたのですが、なんだかそういう俗な場所に入り込むと午前中のスピリチュアルなものが無駄になってしまいそうな感じがして、せっかくカメラを持っているのだから写真でも撮るか、とブラブラしました。

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ここ新宿は高校から大学に至るジャズべったりの生活の中心にあった街で、僕にとっては新宿はジャズの街だった。
当時は無数にあったジャズ喫茶も今は数える程も無くなってしまったので、今の新宿にはなんの興味もないというのが正直な気持ち。

唯一ジャズのレコードを売ってるあの店がある事で新宿に訪れるくらいかなあ。

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そんなわけで所在なくブラブラ歩いていたら花園神社がちょうどこの日三の酉だというので大量の提灯がぶら下がっていたのでちょこっと覗いてみた。

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昼の明るい時間なのでまだお店は閉まっていて、一件だけ熊手を飾っていたお店があっただけなので、見るものもなく仕方なくまた街を放浪することに。

とは言っても、自分の興味のない場所をぶらつくというのもなかなか面倒くさいものなので、ついつい昔のジャズの街新宿の名残があるこのお店に来てしまった。

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お店の看板と内装は昔とあまり変わらない感じだけれども、僕が年をとって変わってしまったのかお店が変わってしまったのか、流れているジャズはみんな退屈で、出てくるコーヒーもEno Cafeとは比較にならないしガッカリなのだけれども、それでも他に拠り所がないので最近のジャズ雑誌など眺めながら一時間ほどの時間を過ごしましたよ。

午前中の江ノ島・鎌倉のスピリチュアルな前半、後半は新宿での猥雑な大人の世界を知り始めた青春時代へのタイムスリップとなんだか思いがけずも己の人生を振り返るの心の旅の様な一日になってしまったのでありました。

たまには自分を見つめ直す様なこういう一日もいいものであります。


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2015年6月13日 (土)

戦後70年目の沖縄で釣り以外のことも考える

沖縄に来ています。
正確に言うと沖縄には半月前から西表島にいたので、那覇に来ているということです。遊びで沖縄にくるのは二度目で、昨年の船中泊遠征についでのこと。
今回も船中泊遠征なのですが、東京や大阪からくる本体よりも一日早く那覇入りしていわゆる観光をして見ることにしました。

一般的な観光にはあまり興味の無いワタクシですが、首里城は一度訪れてみたかったので、モノレールに乗って出かけることに。

切符を買って改札を抜けようとしたら、自動改札機に切符を入れる隙間が無いので、一瞬あれ?と思ったら、切符に二次元バーコードが印刷されていて、飛行機の島上みたいに切符を近づけて通過。なんだかカッコイイぞ。開通した時代がわかる。

旭橋駅で電車を待ってるとやって来ましたモノレール、二両連結で車両も小さめの感じ。走り出すと以外にカーブが多く駅間は短い。

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終点の首里駅が近づくと丘の上に首里城が見えてきた。
駅を出てモノレールから見えた方向に道を歩くのだけれど、観光地によくある「首里城はこちら」みたいな看板が少なく、次第にこの道でイイのか不安になってくる。歩道のところどころにある地図も地味で目印など大げさに書かれてい無いので、注意しながら行った。最後の一般道から白への曲がり角にもこれといった看板はなく、うっかりすると行き過ぎてしまいそう。

角を曲がって少しいったら「どこから来たんですか」と中年のおっさんに突然声をかけられた。一瞬「西表島から」といいそうになるのを飲み込み間があいて、「横浜からです」と返事をすると「めんそーれ」といわれた。返事に困った顔をしていたのだろう「めんそーれというのは沖縄の言葉でようこそと言う意味です」と続けたので、「ありがとうございます」と答えて城に向かって歩いた。

その先は道の両側が沖縄県立芸術大学の校舎と図書館があり、落ち着いた空気が流れていた。

この辺りからゆるく上り坂になり、城山に登り始める。

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この辺りから首里城観光の案内順路を示す矢印が時々立っているのだが、これがとても分かりにくい。首里城一帯の公園は広く、いろいろな建物があるのに、順路の文字と矢印だけしかかれてい無いので、地図なしで歩くとどこに行く順路なのか不安になってくるのだ。

それでも要所要所には案内係りのおじさんがいたので、直接聞くと丁寧に教えてくれたので辿り着いた。

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門をくぐり抜けて正殿を正面に見ながら入り口と書かれた方向に向かう。入り口でビニール袋を渡されたので???と思ったら、中は土足では無いので靴を脱いでこれに入れろと言うことらしい。

入ってみたら納得。
床はすべて木張りの塗られたものなので、靴で歩いたらすぐに傷んでしまう。
時間がたっぷりあったので、入ってすぐに並ぶ琉球王朝の歴代の王様の絵をじっくり見比べながら行った。絵柄が三代くらいは構図や側近の顔などまで同じもが続いた後、突然背景の雰囲気がガラリとかわったので、説明を見るとこの王様は革新家だったとか。

絵図はすべてモノクロで、現物は沖縄戦で消失してしまったという。このような宝物まで焼けてしまったのかと、沖縄戦の激しさを想像し心が痛む。

僕らの小・中学生の時代は沖縄はまだアメリカの統治下にあり、日本ではなかった。
歴史の教科書にも地理の教科書にもほとんど出てくることはなく、第二次大戦で地上戦となりアメリカに占領されたことくらいしか知らなかった。

僕が15歳の時沖縄は本土復帰を果たしたのだが、その頃デビューした歌手の南沙織くらいしか沖縄のことは知らなかった。彼女が日本語を話せないというようなはなしもあり沖縄に対するイメージはボヤけるばかりだった。
そんなことを思い出しながら、城の中を歩いて回る。ところどころにある窓から見える海が青く美しい。

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琉球王朝の交易図を見て交易範囲の広さに驚かされた。これだけの小国が大国に挟まれながら占領されることなく400年以上もの間繁栄できたことは驚異だ。どのような政治的手腕で大国とやりあってきたのか、今の軍備の「増強こそ平和を守る」とうそぶく日本の政治家の見本となるべきこともあるのではないかと感じつつ廊下を歩く。

絵巻を映像解説している大型モニターの前に椅子があったので、休みながら画面を眺めた。どうやら琉球王朝時代の楽器の演奏や踊りを踊っている絵巻らしく、珍しい楽器や中国のものにそっくりなものなど出てきて興味深いのでじっくり見ることにした。

楽器の解説映像なのにその楽器の音が最後まで再現されていなかったのが残念だったが、絵巻の後に続いて楽器自体を再現する映像が面白いので30分近い映像を最後まで見てしまった。1年以上かけて漆で仕上げていく工程を細かく記録していたので、漆塗りについてちょっと知識がついてしまった。

職人の方の技術の高さに驚かされつつ最後まで見たが、楽器の演奏シーンはここでも無く、それらしい音が少し聞かれただけだったのが残念。楽器なんだから演奏してナンボでしょう。
それと、もう一つ技術で驚いたのは建築技術の高さでした。柱の組み、や繋ぎなどの木工技術が高い。

なんだかんだ2時間近く城内を歩いて、土産も買わずに帰路につく。
ちょど一番陽の高い時間に駅まで歩いた。どこかでお昼を食べようと思ったのだが、観光地の割にはお店が少ない。京都や奈良のように観光客目当ての店が軒を連ねるというような風景は全く無く、普通の街並みなのだ。

結局適当なお店を見つけられぬままモノレールに乗り旭橋駅まで戻り、今度はホテルに向く途中でお店をと歩いていくのだが、ここもまた看板は出ているのに開いていなかったりして、最後の最後で沖縄そばのお店にたどり着き入って食べる。

昨夜の夕食もソーキソバ、今日の昼もだが、なぜか飽きない。
初めて沖縄に仕事できたおよそ30年前、初めて食べたソーキソバは味気なく美味しいとは少しも感じなかった。私の舌が育っていなかったのか、ソーキソバの味がソフトになって食べやすくなったのかどうかは不明だけれど、美味しけりゃあいいか。

ホテルに戻る曲がり角の手前で「沖縄戦・ホロコースト展示館」という看板とウインドーに展示された沖縄戦での悲惨な写真が目に飛び込んできた。

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写真を見て、太平洋戦争、唯一の本土地上戦となった沖縄戦の悲惨さを思い知らされる。戦争は殺し殺されという負の連続。正義も大義もあったものじゃない。悲しみと憎しみ以外の何も残らない。

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中に入って展示を見ようとしたら、管理人が不在という札が立っていたのでやめた。
少し重い気分でホテルの部屋に戻ってネットを見たら、ジャズ・サックス奏者のオーネット・コールマンが無くなったことを知った。
私のジャズ人生に大きな影響を与えてくれたミュージシャン。合掌。
ネット・ラジオでブルースを聴きながら明日からの釣りの準備をする。
リールに巻いてあるライン・システム(糸の仕掛け)を全部作り直す。
ある程度使うルアーも整理して収納し準備万端。
後は、今夜合流する本隊の皆さんが来るのを待つばかり。

その前に、ソーキソバを食べにちょっと出かけてこよう。


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2015年3月10日 (火)

上越高田の夜は更けて@STOMP 上越高田

ひょんなきっかけで、新潟は上越市高田に住む大学ジャズ研の後輩Sに会いに行くことになり、同じく大学ジャズ研後輩のTを誘って遥々神奈川から350km余車で走って出かけました。


都内の渋滞もなく順調に関越高速に乗れたので朝出て昼の1時過ぎには新潟に入り、妙高の山々を左手に通り過ぎ上越高田へ。市内に入ると雪こそなかったものの町屋造りの家並みに雁木が続く独特の風情のある街並みに旅情が込み上げてきます。

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宿泊のホテルもカーナビがバッチリ教えてくれたので問題なく到着。
早速地元Sに電話で連絡を取るのだがなぜか電話に出ない。留守電になってしまう。仕方ないのでT街に繰り出し散策することに。

30408 ホテルの窓から虹が見えた  これは何かの前兆かそれとも幸せを呼ぶ虹か

ホテルがある通りは雁木の並ぶ飲屋街なのだが、異常に飲み屋が多いのでビックリ。
小さな川を渡って本町通という少し広い道沿いはどうやら街の商店会らしいのだが、シャッターの閉まった店が多く閑散としている。

しかし、地方によくある寂れたシャッター街という趣はなく、小綺麗にしているのでたまたま今日は閉まっていますと言う雰囲気。酒屋を探してさまようが中か見つからず、花屋さんのおばちゃんに聞いてもこの辺にはないというので、とりあえず駅に向かう。駅周辺なら何かあるだろうというのと、観光案内所などもあると踏んだのだ。

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これが正解で、観光案内所がありそこで地酒の酒屋さんを聞くが本日は定休日ということで翌日行くことに。ちょどそこにSから電話があり合流することになった。

およそ30年ぶりにあった後輩Sはぱっと見はあまり変わっておらずすぐにわかった。
とりあえず温泉でも入りましょうということになり、車で近くのスーパー銭湯に行く。お湯に浸かってドライブの疲れを取ったら夕方6時、夕食のお時間。

美味しいてんぷら屋さんがあるというので連れて行っていただき、気の利いた小料理に刺身天婦羅などをいただきながら再開に乾杯し昔ばなし、近況、バカエロ話などしているとあっという間に時計は9時を回っていた。

Sは高田の街でSTOMP(ストンプ)というバーを共同経営しているので、そちらに移動しジャズなど聞きながら昔話でもしようや、ということになり移動。

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お店は中町通の中心部、ガソリン・スタンドENEOSの隣の二階にある。
狭い螺旋階段を上ったところにドアがあり、開けて入ると手前にテーブルが二つ、奥にカウンターがあるのでそちらの奥に陣取る。

こじんまりとしたミュージック・バーという感じのお店はジャズだけでなく、Sと共同経営しているもう一人のSさんの好きなロックもかかる。「プログレあります?」ときいたら「あります」とのお返事に、思わずニヤリとしてしまいまう。「なんでもありだな」と思ったからだ。

1件目のてんぷら屋でそこそこ日本酒を飲んでいながらもハーパーをボトルで入れて飲酒開始。Tは水割り私はロックで。

早速Tの手持ちのCDからイタリアン・ジャズのアントニオ・ファラオを取り出してかけてもらう。幸い他に客はいなかったので傍若無人に振舞えたのだ。しかし、飲酒が始まると、いや、始まる前からすでに酔っ払って出来上がりつつあるTとSはひねりのない下ネタを連発し悦に入っている。

30年ぶりの再会というと、積もる話の量も相当なもので話題は尽きない。
小一時間ほどしたところで常連さんと思われるお客さんが入店。

Cさんというこのお客さんにSが我々を紹介すると、Cさん「わざわざこんな遠くまで来てくれるなんて嬉しい関係ですね」と声をかけてくださったのが間違いだった。

優しい一言を「スキ」とみるや酔っ払いTは初対面Cさんに下ネタ攻撃!どう反応して良いのか戸惑うCさんにSまでが下ネタ攻撃。

客をいじってどうするSよ!と思ったが、このCさん、心の広い方で面白くもない下ネタを軽くいなして人生における人の出会いの素晴らしさについて語ろうとするのだか、せっかくのいい話を二人の下ネタ攻撃が台無しにしてゆく。

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翌日スキーに行くつもりだった私は酒の量をセーブしていたので、さほど酔っておらず後輩二人が酔っ払って子供のように弾けていく姿を酒の肴にしながらバーボンを舐める。

全く35年以上前の学生時代からちっとも進歩していな、人間の本質というものはそう簡単に変わるものではないのだな。などと呆れつつ感心しつつも次第に下ネタ攻撃にこちらも侵されてきてしまい、しまいにはCさんも加わって泥沼の飲酒となていったのであった。

思えば、人生の出会いというのは不思議なもので、我々3人が出会ったのはジャズという音楽があったからこそ、いや客のCさんとて同じ、ジャズを聴くからこの店に出入りするようになったのだ。

音楽が結ぶ縁で思いを共有できる友が増えるというのは誠に嬉しくこうした友は人生を豊かにしてくれる。

私の場合、音楽に限らず、釣り、子供の保育園、スウィミングと他の趣味を通じてこうした友ができてゆくので生きることが楽しくて仕方ない。

話はあちこちに飛びまくりながらその隙間にひねりのない下ネタギャグを織り交ぜて会話は弾み時間はあっという間に過ぎていく。
気がつくと時計の針は午前1時を回っているではないか。

先ほど開けたボトルもほぼ空になりかけている。

1時半を回る頃、明日があるから、とCさんに再会をくりやり約束させ店を出た。

ホテルの部屋に戻ると自分がかなりよっていいることに気付きながら即爆睡。


翌朝7時起床。酒はなんとか残っておらずスキーに出かける準備をする。Tは二日酔いで撃沈しスキーを断念。

夕方スキーから帰り一休みしたのち食事に行き、STOMPの開店に合わせてまたまた螺旋階段を登る。

ドアを開けるとすでに客が一人おり、少しホッとした。

Sもすでに店におり、そのお客さんを紹介していただいたが、今日のお客さんは昨夜のCさんよりはガードが固かったので、攻め込まれずにすんだ。

S自身、昨夜我々の帰った後さらに来た客と飲んで本日は完全な二日酔い状態で、酒を口にせず水を飲んでいる有様。

二日目のこの日は私が持ち込んだCDをかけてもらう。
最近再発されたイーストウィンド・レーベルの数枚とマイルスのセラードア・カフェのライブ5枚組を持ってきた。マイルスはいわゆる電気マイルスだ。こいつをかけたらお客さんも帰ってしまうなと思われたのでとりあえずはイーストウィンドのアート・ファーマーでソフトにスタート。

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もう一人、客が来店し先にいた方と知り合いらしく一緒に飲み始めたので、本日はTも絡むことなくこちらは独自に飲む。
そこに、昨夜のC氏が登場。
せっかく静かに飲めると思っていたところに餌食が登場してしまったため、昨夜の再現が始まってしまう。

11時を過ぎ、先の二人の客が帰ってしまうと完全に昨夜のリプレイになってしまった。音楽もジャズは飽きたのでとりあえず電気マイルスから始まり続いてロックを、Cさんのリクエストでジョニー・ウィンター、最後はもう一人のSさんのお気に入りでスティービー・レイボーンとブルージーなロックに変わる。

このSTOMPと言うお店、音楽好きにはたまらないほどたくさんの音源を持っていらっしゃる、ジャズに関わらずロックも充実しているようだ。お酒も充実している。
高田を訪れた音楽関係者、ミュージシャンなどもよく来るとか。
皆様も、上越高田の街にご用の際には(あまりないだろうけれど)是非足を運んであげてください。普段は我々がいないので下ネタ攻撃も無いと思われますので、心地よい空間を提供してくれると思われます。

心地よいギターの音に埋もれながら、時折音楽の話を真面目にしつつも最後は下ネタに着地してしまいながら、上越高田の夜は意味なく更けて行ったのでありました。

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2015年2月22日 (日)

飛行機の怖い話 その2

ヒコーキの怖い話の続きです。

これは以前にも本ブログで書いたお話なんですが、乗客にお相撲さんが乗っている時、お相撲さんがトイレに立つと操縦士で飛行機のバランスが微妙に崩れるのがわかるらしいです。

飛行機は預かり荷物も貨物室に積み込む際はかなり左右前後のバランスに気を使うらしいので、200kg近いお相撲さんがのっしのっしと動くとバランスが崩れるのもわかるような気がしますね。

皆さん、もしお相撲さんと同じ飛行機に乗り合わせることがあっても決して怖がらないでくださいね、このくらいの事で飛行機の操縦に影響が出ることは無いそうですから。パイロットの腕を信じましょう。でもお相撲さんが席を立った時にサインや握手を求めて急激に近寄るのはやめたほうがいいかも。

次のお話は、凍った滑走路へ着陸する話です。真冬の北海道やヨーロッパなど寒いところでは滑走路は当然凍りつきます。もちろん凍結防止剤などが撒かれているでしょうからスケートリンクのようにつるつるに凍ることは無いと思いますが、訓練としては万が一凍り付いてしまった滑走路に降りなければならない事態を想定して凍った滑走路に着陸する訓練をするそうなんですね。

知人がその訓練の共感をやっていたある日のこと。マイナス15度以下の極寒の旭川空港で行われたその訓練では、まさしく凍った滑走路への着陸するという訓練そのものをやったそうなんですね。もちろん操縦するのは比較的新人さん達でしょうから腕の方もそれなりだったらしいんですね。

その時はツルツルの滑走路に無事着陸したもののその後でタイヤが若干スリップしたしたらしく、滑走路に無事止まった飛行機は滑走路に引かれている線に対して斜めに曲がって止まったとか。知人の教官曰く、その程度なら問題無いとか。まあ、確かに飛行機が真正面を向いていなくても無事に着陸してくれたら問題ないですよ。

そういえば以前真冬のカルガリー空港でトランジットをしている時に、駐機場の飛行機の翼にホースで何か液体をふりかけているのを見かけたので、あれは何か?と聞いたところ、翼のフラップが寒さで凍りつかないように氷点(氷になる温度)の低いガソリンをかけている、と聞いてびっくりしたことがあります。

ガソリンを翼にたっぷりかけた飛行機のエンジンに火が入るなんて考えただけでドキドキするじゃあないですか。

飛行機が斜めに泊まる話でお乱しました。

私の経験談になりますが、広島空港が以前の市内すぐそばの海辺から、市内からバスで一時間ほど離れた山の上に移転して国際空港になったばかりのことです。その日、仕事で朝一番の飛行機で羽田から広島に向かったワタクシ。フライトは何の問題もなく快適でさあまもなく広島空港に着陸しますという時になってやたらと飛行機が揺れ始めた。機長からのアナウンスで横風が少々強いが着陸に問題はないとのこと、飛行機は高度を下げ機内のモニターに飛行機の機首に取り付けられたカメラの映像が写だっされます。

見ていると、滑走路がどんどん近づくに従い何か違和感がある。どうやら画面が斜めに曲がっているんですよ。そのうちどこかで水平に機体を立て直して着陸するんだろうとドキドキしながら見ていたら、滑走路はグングン近づくのに映し出される映像は一向に斜めになったまま•••画面はとうとう最後まで水平になることなく一瞬片足が早く着いてすぐに両足着陸といった感じのスリル満点の着陸でした。

飛行機が飛行中怖いのは乱気流ですね、これはどんなフライトでも大なり小なり揺れるもんです。今現在ワタクシが乗っている飛行機も結構揺れていましたよ、機長からの「トイレに行くな」アナウンスが三回。

確か今年(2015年)の1月あたりに韓国ソウルから北米に向かった飛行機が日本海上空で大きなエアポケットに落ちて、客室乗務員が重傷を負い客室は荷物や食べ物が散乱し大混乱、成田空港に緊急着陸するという事故がありましたが、目に見えない空気の流れなのでそういうことはいつでも起こりうる話なんだろうなと思います。

空気や水のような流体は何か物に当たるとそこに抵抗が生まれ、渦巻きが発生します。これをカルマン渦と言って、自動車なんかの場合には前方から受けた空気が車体にあたりカルマン渦が発生するとそれが空気抵抗になります。この渦が最も受けにくい形が流線形という形。涙の粒の形です。スポーツカーのポルシェなどの車体を思い浮かべていただくと分かり易い。前は丸っこく後ろは細くなっていますね。

自動車が木の葉の舞い散る道を走り抜けると、道の木の葉がくるくると渦を巻いて舞うシーンを見たことがある方も多いのでは。
このように、ものに空気が当たると渦巻きができる。ここがポイントです。

地球には山という凸凹が存在し、そこに風が当たると同じような空気の渦ができるんですね。
日本で一番高い山はみなさんご存知の富士山、ここには冬になると北西の強い風が当たります。
ということは、やはりそこにも空気の渦巻きができるワケですが、問題はその渦のできる場所なんです。

知人の元パイロット氏によると、なんと房総半島の南端あたりに富士山の乱気流が発生するというんですね。
大阪をはじめとする関西方面から羽田に向かう飛行機の多くは、このあたりを通過して浦安方面位旋回していくのが飛行ルートらしいんですが、そろそろ下降を始めようかという房総南端あたりで乱気流に巻き込まれるのはパイロット仲間では要注意になっているとか。皆様も羽田へ向けて南から飛んで来た際には、そろそろこの辺で落ちるかもしれないなって注意してみてください。突然お尻の下がす~っと下がるような感覚が味わえるかも。
え?味わいたくないって。ごもっともですね。

最後は一つちょっと笑える話を。

無事着陸した飛行機は滑走路上に惹かれた線の真上を、ちょうど飛行機んのど真ん中に線が来るように大きな機体を器用に操って駐機場に向かいます。パイロットはいつも飛行機の真ん中に線が来るように走る事が体に染み付いているんですね。
そのパイロットさんが空いた高速道路を走る時、ふと気づいたら車線を真ん中にして走ってしまうことが多々あるとか。

皆さんが高速道路で車線をまたいで走る車を見つけた時、それはもしかしたらパイロットの運転する車かもしれません。温かい目で見て優しく注意してげましょう。だっていつも飛行機の上でワタクシ達の命をあずかってくれているのですから。

そろそろ、ワタクシの乗った飛行機も着陸態勢に入るようです。
PCが使えるのもここまで、無事着陸する事を願いつつ、このお話をおしまいにしましょう。



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2015年2月18日 (水)

飛行機の怖いお話

せっかく飛行機に乗ったのだから、もう少し飛行機の話を。
今度はちょっと怖い話を書いたちゃおうかな。怪談じゃあないですよ飛行機にまつわる怖い話です。
知人に元某大手航空会社チーフ・パーサーと別な某大手航空会社のパイロットがいて、酒を飲んではヒコーキの怖い話をしてワタクシ達シロートと怖がらせたので、その腹いせです。

なんて、書き始めたらにわかにヒコーキが揺れ始めて時々キーボードから手が離れたり押し付けられたりして、機内アナウンスではシートベルトを着けて立つなっていうし、トイレも使っちゃダメ、客室乗務員も席に着くとかって、もうすでに結構怖いじゃないですか。

これ以上書くのはもうやめておこうかしら。というより、書くのが(入力が)不可能なくらい揺れそう。成田を飛び立っておよそ3時間、もう日本の上空ではないなあ。南に向かっているのでフィリピンに差し掛かるあたりか?

え~と、そうそう、怖い話でしたね。

我々が飛行機に乗りさあ出発、飛行機はゆっくりと動き出し滑走路に向かいます、夜の出発便ですとここで機内灯が消されて暗くされます。これはどうしてだかご存じでしょうか?
着陸の時もそうですね「当機はおよそ15分ほどで着陸態勢に入ります。お客様は座席に座りシートベルトが締まっていることをご確認ください」なんていうアナウンスに続いて必ず機内は暗くなります。そう!もうお気づきでしょうか?飛行機は離発着時、夜は暗く、昼間は窓を全部開けて明るくするんですね。
さあ、ここで質問です。これは、一体なぜでしょーか?

飛行機というのは飛行中の事故というのは極めて少ないんですね。ウクライナ親ロシア派の地対空ミサイルに打ち落とされるとか、与圧隔壁が破壊するとかといった事件や事故以外そう滅多に落ちるもんじゃあないんです。しかし、離発着時には事故率が一気に上がります。水平飛行に入るまでの或いは着陸態勢に入った時の飛行機というのはとても不安定な状態なんです。ですからいつ事故が起こるとも限らない。そして、もし不運にも事故が起こってしまった時、ヒコーキは様々なトラブルに見舞われ照明も消えるでしょう、それが夜だった時、明るかった機内がっつ全暗くなったらどうなりますか?
そう、人の目は突然の明るさの変化についていけず何も見えなくなってしまいます。
機内を暗くしたり明るさを保ったりするのはもしもの時に乗客の目が見えなくなって混乱しないように明るさ或いは暗さに目を慣らしておくためなんだそうです。

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機内は暗くなり飛行機は滑走路へと向かい、いよいよ離陸です。でもみなさんご安心ください。
暗くなった機内で目が慣れていますから何が起こっても大丈夫。

ああ•••一つしか話していないのにもうこんなに怖くなってしまった。
飛行機の揺れは一向に収まらないし。

離発着時に飛行機が安定しない話に関連してもう一つ。
昔の話なので今はどうなのか知りませんが、かつて大阪の伊丹空港発淡路島あたり行きという超短距離便があったらしいんです。
ワタクシが何を言いたいのかもうおわかりですね。そう!この便は離陸して水平飛行に入る前の不安定な機体のまま着陸態勢に入るといういわばアクロバット飛行的なことをやっていたらしんですね。この路線に搭乗する機長はベテランばかりだったとか。

さて、飛行機は無事離陸し、暗い機内は水平飛行に入りちょっと一安心。
機内サービスで食事が出ちゃったりしてアルコールも出てきて(最近の国内線にはありませんが)機内はすっかりくつろいだ雰囲気が流れます。寝ちゃう人もたくさん出てきます。

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このサービスも、一見お腹が空いているんだか何か美味しいものでも出してもてなそう、というふうに捉えてしまいますが、ここで大切なのは「機内に流れたくつろいだ雰囲気」なんです。

飛行機が飛行中最も恐ろしいことは何でしょう?
いろいろある中の一つに他愛もない事をきっかけに機内がパニックになることです。
孤立した閉鎖された空間というのは心理学上も集団的パニックに陥りやすいんでしょう(たぶん)これをできるだけ回避するために、お客様にはお腹一杯になっていただいて精神的充足感を味わっていただき是非パニックになど陥らないようにしていただこうという趣旨も機内食にはあるそうです。

そう言われてみれば、ニューヨークやヨーロッパ直航便など12時間も飛行機の上、なんていう時は何回も食事が出てきて、もう食べきれないのに~、って思うのにそれでも食べさせられる。
大昔、まだ、ソビエト(懐かしい響きだ)上空を飛行機が飛べなかった時代の南回りのヨーローッパまで24時間なんていうのに乗った時には、もうこれ以上は無理ですっていうくらい次から次へと食事が出てきた気がする。

あ。そうだ!

離発着と長距離便で一つ怖い話が。
先ほども出た北米大陸やヨーロッパ直航便などというと長い時間のフライトになるので当然燃料もたくさん積みます。

北米東海岸方面なんか太平洋を突っ切るので、もしも何か起こったって途中で降り所もハワイくらいしかありゃしない。そこで、十分な距離を飛べるように燃料は満タンににして飛ぶわけです。
燃料は液体ですからそこそこの重さはあります。
成田空港、羽田の国際便滑走路あたりで離陸する飛行機をじっくりとご覧ください。
滑走路を走り始めて間もなく飛び上がってしまう便と重そうになかなか上がらず「どっこいしょ~!」ってやっとこさ飛び上がる便があるのがわかります。

そのくらい燃料の重さは飛行機の操縦に影響があるんですね。自動車を運転なさるみなさんでしたら満タン時とタンク空っぽ時の車の軽さが違うのはわかりますよね。地上を走っていてあれだけ違うものが空の上を飛ぶっていうんですからナニオカイワンヤですね。
そう、満タン長距離便は重いんです、どのくらい重いのかというと、離陸直後に飛行機にトラブルが発生しても着陸態勢が取れない程なんだそうです。

そう、飛行機は満タンでは着陸できない乗り物なんですね。では、万が一の時にはどうするか?ともうしますと、これは確かボーイング747での話だったと思いますが、燃料タンクが翼の中にあって、翼の先から燃料を噴射して捨てられるようになってるそうなんです。

この時翼先端部から霧状に吹き出された燃料に太陽が当たると綺麗な虹色に光それは美しい光景だとか。どうです、一度は見てみたくなりましたでしょ。

まだいくつも書いていないのにもうこんなに長くなってしまった。
おかげさまで今、ワタクシの乗る飛行機の揺れは幾分治まってきたようなので、この辺で少し仮眠をとらせていただくことにしましょう。

せっかくなので、翼の写真を載せておきますね。

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久しぶりの国際線フライトでビックリ!

数年前フランスに行って以来、久しぶりに長距離の国際便のフライトに乗りましたがその変貌ぶりにビックリ!田舎者です。

まずは目の前、前の席の背もたれにモニターが付いている、ってそのくらいは知っていますよ。ビックリしたのはモニターがタッチパネルになっていて画面にはメニュが映し出されているじゃあないですか!メニュには映画、ゲーム、オーディオ、トラベル・インフォ、キッズ・ワールド、米メディアなんていうのがあります。

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キッズ・ワールドではゲーム、ビデオ、子供向け音楽などお子様専用のコンテンツが用意されているんですね。あ、あなた!今思ったでしょ!アダルト・ワールドはないの?って。あるわけないじゃあないですか!マイ・メディアではUSBのコネクターがある機種ではこれに自分のUSBメモリを入れて写真を見たりでいるようですが、ワタクシの乗った便ではエコノミーだった為かUSBコネクタはついていませんでした。

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皆さんの気になるビデオを見てみると8本の映画がありましたよ。ニューリリースでは現在日本で公開したばかりの「ドラキュラ」なんかもありました。このほかにも何か課金コンテンツもあるらしくモニタの下にカードの読み取りスロットが付いていたりして、なかなか商売には抜け目が無いようで。

オーディオを見たらGREAT JAZZというのがあったので早速開くと出てきました。

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何故かトップの一枚がBOZ SCAGGS ! なんで?って思って選んでみたら、アルバムタイトルが「SPEAK LOW」、やっている曲はInvitation, She was Too Good For Me,I Wish I Knew,Speak Low,Do Nothing Hear From Me,って
ここまで書いてその後を見たら12曲もやってる.I’ll Remember April, Skylark,Dindiなんかもやっていて、飛行機のエンジン音と揺れの中で聞いているのでよく分からないのでありますが、なかなか良いですよ。
バックにはストリングス付きホーン・オーケストラが控え目のアレンジで流れてきてボズのボーカルを盛り上げている。
こんなアルバムあったんですね。
そのほかにも、マイルスのMILESTONES,モンクwithコルトレーンとか、後は知らない人でMark Isaacs Resururgence Band ,James Hunter,Madeleine Peyroux,Nathan Haines,Ledisi,Mindi Abai
r,Richard Elliot,Somi,Gerald Albrightなんていう方々にNina Simone,上原ひろみ,Kenny Garrett,Diana Krall,Dianne Reeves(グラミーおめでとうございます),LouisArmstrong,Al Jareau,Keith Jarrett&charie Haden Duoなどとなかなかの充実。
JAZZだけでこれだけのメニュからオン・ディマンドで聴けるんですから時代は変わったなあ。

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今、Mark Isaacs Resururgence Band、を聴いているのでありますが、いわゆるフュージョンのテクニカルでちょっとジャズ色の濃いやつでなかなか良い。あとでネットがつながったらちゃんと調べてみよう。

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と、そこでPC環境の話になるわけですが、こちらも揃っていてWiFiは1時間10ドル、24時間30ドルとか。使ってみようか悩んだんですが、行きは有りものジャズコンテンツが充実しているのでこちらで積ませることにしてとりあえずパスしました。

もう、ここまででコンテンツ的にはお腹がいっぱいなので行きはジャズ聴いてこのブログ書いておしまいにしよっと。


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2014年6月 3日 (火)

富士山はいいなあ@箱根

ネパール人カメラマン、クリシュナ君との箱根旅。

二日目はおそらく9時くらいまでが勝負とにらみました。
何をにらんだのかというと、箱根から富士山が見える時間帯のことです。

第一日目は午前11時にてすでに富士は雲隠れしており、鈴木ボートのおねえさんの話では10時頃までは時折見えていたとのこと。
「明日も早朝が勝負でしょうねえ」とおっしゃっていた。

こういう地元の方の情報は非常に貴重なので大いに参考にさせていただいたのと、天気予報によれば一日目関東の山沿いでは大気が不安定になり雷雨、突風、竜巻注意報が出ており
明日も状態は同じとの予報が出ていたのでした。

箱根芦ノ湖というのは南側と北側では大きく天候が異なることがあり、元箱根では雨なのに桃源台では晴れてるなんてことも良くあります。

これは、南側に位置する元箱根側は南の風が吹くと山を吹き上がった風により雲が作られるのに対し北側の桃源台側は比較的この影響を受けにくいということなどが原因にあげられます。

ともかく、そんな理屈よりもこちらとしては早起きして雲の無いスッキリした時間に勝負をつけてしまおうということで二日目の起床予定時刻は午前3時に決めました。

当日、2時過ぎには目覚めてしまったジジイ体質のワタクシは間が持たないので2時40分くらいにはクリシュナ君を起こして行動開始。

暗い道を大観山めがけてまっしぐら!
途中カーナビが分かりにくくてちょっと道に迷いながらも3時半頃には撮影ポイントに到着!
すると、もうすでに二名のカメラマンが三脚立てていらっしゃる。
いやあ、かないません。

お話をお伺うと一人の方は1時起き!もう一人の方は2時起き!とか。
お二人とも毎日のように富士山を狙ってあっちこっち出没されるとか。
今日は黄砂が飛んできていていまいちくっきり見えないとか。
とか、とか攻撃にいささか及び腰の我々国際交流部隊もひるまず参加!

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暗がりにボンヤリと浮かび上がる富士山はやがて過ごしずつ輪郭をはっきりとし始め、これで
朝陽が当たって赤くなってくれれば文句は無し!という構図だったのですが、肝心の朝陽がいまいち頼りなく、さして赤くなることなく、それでもくっきりとしたさわやかな雄姿を見せてくれたのでありました。

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麓の芦ノ湖は雲に覆われ雲海の下。
これもまた日本的な淡い色彩のいい感じの富士山だと私は思うのでありました。

日が出てまもなく午前1時氏は早々と今日はダメ!とお帰りになり、日が上がると2時氏もお先ですと帰られました。そこに入れ替わるように登場したスポーツカーに乗った二人連れカメラマンが登場!

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車を降りるなり飛びつくように富士山に向かいシャッターを切りまくります。
ひとしきり写真を撮りきったご様子なので声をかけると富士市から吹っ飛んできたとの事。

みなさんの富士山撮影に懸ける情熱に感服いたしました。

皆さんが帰られた後も、私ら二人は「芦ノ湖の霧が晴れるまで待つもんね」とコーヒー沸かして朝ごはんの焼きそばパン及びアンパンを食し、さらについでだからと大観山山頂のパーキングまでドライブし、7時近くなりやっと霧が晴れ始めたので元の場所に戻り霧の晴れた富士山をパチリ!

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すぐさま麓に下りて湖畔からの富士山を撮影すべく車に飛び乗り7時25分元箱根着!
いい場所でクリシュナ君を車から下ろしワタクシは駐車場へ車を回して、置いた後クリシュナ君のもとに駆け寄った時には富士山はすでにほとんど雲の中。
という一瞬の勝負でありました。

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時刻は午前7時30分。
一般の観光客のみなさんはホテルあるいは旅館で朝食をとられている時間でありましょう。
この日鮮やかな富士山を見ることが出来たのは早起きカメラマンと一握りの釣り人くらいだったのです。


クリシュナ君的には富士山の見えない箱根なんてクリープの無いコーヒーみたいなもの(古!)らしいので、その後箱根神社の大鳥居を撮影して帰路につきました。

早起きは3文の得といいますが、この日の早起きは3文以上の価値がありましたよ~!
  


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2014年6月 2日 (月)

温泉と富士見@箱根芦ノ湖周辺

4月に富士五湖を案内したネパール人カメラマンのクリシュナ君、6月早々ネーパールへ帰国とのことでその前に箱根の温泉でも一泊して観光しようという話になり出かけてきました。

横浜に住んでいて良かったなあ、って思えることは以前にも書きましたが鎌倉が近いことと、海釣りするのに釣り場が近いこと、そしてもう一つが箱根がすぐそこっていうことですね。

我が家からだと芦ノ湖までおよそ50km、都内に出るのとあまり距離は変わりません。

どうせ行くならゴミゴミした都会より箱根で温泉でしょ!

今回も、もちろん写真撮影も一つの目的ですから日程は天気予報とにらめっこして決めました。

ところが、3日前の5月25日日曜日、地元のお祭りに参加して少々風邪気味の中たこ焼き屋をおよそ1500個!も焼いて(焼くのを見ていたようなものだけれど)、焼きながらしこたま昼ビールを飲んで、家に帰ってそのまま昼寝、風邪をこじらせたところに夜10時からなでしこのアジア・カップ決勝戦観戦と無理ばかりしてたらすっかり体調を崩し、26日はどよ~んとしてたのが27日には熱まで上がってしまいすっかり寝込んで箱根どころじゃあない!という状況に陥ってしまいました。
一時はキャンセルしようか?と弱気になるもパブロン・ゴールド顆粒と咳止めシロップを飲みまくり全身から汗を噴出したら何とか行けそうな感じになってきたので決行しました。
それでも28日の朝はゆっくり起きてちょっと様子見し、箱根のライブ・カメラを見たら早朝良かった天気も雲が出て見晴らしはあまり良くなさそうとのことで9時過ぎにのんびり出発。

道路も東名→小田原・厚木道路→箱根といった道路公団ぼったくられコースはやめて
国道1号線→藤沢橋→国道137号線→西湘バイパス→箱根というのんびりハイ・コスト・パフォーマンスコースを選択、平日の午前中なのでたいした渋滞も無く11時過ぎには芦ノ湖に到着しました。
初めて見る芦ノ湖にクリシュナ君は「まるでポカラのよう」と大喜び。
ポカラというのはネパールの有名な景勝地で山に囲まれた大きな湖のある美しい所です。

あいにくガスっていて遠くの富士山は望めないので、箱根の関所跡にご案内することに。
ご案内するのはいいんですけれど、実はワタクシ芦ノ湖には釣りにしょっちゅう来ていたものの関所跡といえばその下の湖の釣りポイントとしてしか認識しておらず入り口もどこだか良く知らないというていたらく。

何とか入り口を見つけてお金を払って入場にいたりました。

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このての資料館、博物館については仕事上たくさん関わってきたので、ワタクシの目に特に新鮮なものは入ってこず、クリシュナ君はそれなりに楽しんでいたようですが。


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つづく恩賜公園からの眺めも雲にさえぎられて今ひとつ。

しょうがないから大涌谷でも行って暇つぶそうかって向かっていく途中、ヒッチハイクの
若いカップルに遭遇!
「どこまで行くの」って聞いたら「桃源台」っていうので乗せてあげました。

お二人はデンマーク人で一ヶ月ちょっとかけて日本を旅行中とのこと、そのほとんどをヒッチ・ハイクで勝負しているという。やるなあ!

「大涌谷寄ってかない?」って聞いたら「行く」というので連れて行って、無理やり毒ガス吸わせちゃいました。

名物黒卵には反応していましたが高すぎる!っていって手にはしません。
途中偶然にも富士山がちょこっと頭を出して喜んで撮影したりしていましたが。

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30分程度で大涌谷を離れて、一路桃源台へ!
と思ったらお二人さん地図を取り出してきて仙石原のa-coopで晩飯の調達したい、って言うのでこの日素泊まりだった我々にもこれは好都合というのでまたまたショート・ドライブ。

彼らのローコスト・ツアーは徹底しており、仙石原のa-coopではカップラーメンを中心に食材を購入。実に質素な食生活。

我々も見習ってカップラーメンにいなり寿司、焼きそばパン、あんぱんなどを購入、ディナーと明日の朝食を買い揃えたのでありました。

箱根→温泉旅館またはホテル→贅沢懐石料理などバブル・リゾート路線というものとは180度方向の違う質素な旅もこれまた楽し。

車を桃源台に走らせ旅の無事を祈って二人とはお別れ。
翌日は御殿場インターでヒッチ・ハイクして京都に向かうとか。
ヨーロッパの若者は質素でいいなあなどと思いつつ湖畔を散策していると猫ちゃんに遭遇!

首から何かぶら下げているので良く見たら「営業部長」の看板。

Photo

営業部長の後ろであらぬところを舐めているのは「副営業部長」さん。
観光地ともなると動物も働かにゃあならないんですねえ。

4時過ぎ、早々と宿に到着した我々は暇をもてあましTVで国会中継を見、安倍首相の集団的自衛権集中審議においてののらくら答弁に腹を立てながらも、クリシュナ君と国際平和とはいかにして達成すべきものかというまじめな討論をしたのでした。

平和主義者のクリシュナ君「対話以外に平和はありえない」と熱弁!まったくその通りと意気投合。

国会中継も終わり、腹もすいたのでディナーの稲荷寿司&カップラーメンを食べ、クリシュナ君人生初の温泉体験をさせて浴衣に着替え午後8時に消灯。

なんたって翌朝は早朝3時起きで富士山の日の出を撮りに行こうっていうんですから。


続く・・・



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2014年4月23日 (水)

三渓園とジャズ@平田フミト トリオ K's Dining  福富町

今日は午後から三渓園を見物して、夜はラテン・ジャズ・ピアノで有名な平田フミト・トリオを
聴きに行こうといういかにもみなと横浜らしい、しかしこういう取り合わせはあまりいかにもではないというめったにないお出かけとなりました。

もちろん今回もクリシュナ君をご案内してのワン・デイ・トリップです。

お昼ごはんを食べて、コーヒーなんか余裕で飲んじゃってからおうちを出て、三渓園に着いたのは二時過ぎ。

ここはですね、ワタクシ横浜に住み着いて30年にもなるというのに始めていったんですよ。

三渓園に対しては「大金持ちの豪邸の大日本庭園」というイメージしかなく、子供の頃から
我がオヤジの日本庭園好きから小さいながらも自分の家の日本庭園を見て育った、あるい
は手入れの手伝いをさせられて育ったワタクシには、日本庭園は興味外だったんですね。

今回は、ガイドブックに載っていた三渓園の三重塔を見たクリシュナ君の希望で行ってみる事になりました。

園内に入ってみると、想像以上のバカデカ日本庭園にビックリ!
池の広さが半端じゃあない!十分キャスティングの釣りが出来るほどの広さ。

Photo

こんな池を庭に持って、毎朝起き抜けに一キャストして一日の始まりとする、もしくは昼寝から目覚めたらおもむろに窓から釣糸をたれて釣りをする、なんていうのがワタクシの夢でありますのでそういうものを私有していた人物がいたという事実を目の当たりにして羨望とショックのダブルパンチを受けたのでありました。

正直いって池の向こうに見える山の上の三重塔なんてどうでも良くなり、自分だったらこの池にどんな魚を放すだろうなどと釣りのことばかり考えておりました。

一方のクリシュナ君は日本庭園好きで、この大庭園に大満足。
一回りぐるりと回りながら写真を撮りまくることにしました。

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遅ればせながら三渓園について簡単に説明いたしますと、この庭園は明治時代の実業家原三渓という人物によって作られた大庭園で、その中には京都や奈良、鎌倉などから移築された塔やお堂、茶室、仏像などがあちこちに配置されています。

Photo_2

悪く言えば、生糸産業で人民を搾取してバカ儲けした成金が、京都、奈良、鎌倉の文化財を片っ端から自分の庭に持ってきちゃった超成金趣味の庭園でワシから見たら「ほかに使うことは無かったんかい?!」っていうようなものなのですが、成金趣味の割には庭園のデザイン、建物の配置のセンスが良いところに救われています。

さすがの原家もその後は没落の道をたどったそうで様々なドラマがそこには有ったのだろうななどと想いつつ、おごる平家は久しからず的な哀愁も感じたのでありました。

園内を歩き回ってみると、とにかく一つ一つの建物がみんな重要文化財っていうくらい見事なものでそれなりに感動させられました。
重要文化財の大見本市という感じ。

4時過ぎまでゆっくりと園内を歩き回り、南門から園を出て隣接されている本牧市民公園にある上海友好都市記念に作られた中国建築物を見てからバスに乗り根岸経由で桜木町へ。

薄暮のみなとみらい地区を撮影して回り、後半の部ジャズライブへ向かいました。

Photo_3

今回のライブのお店はK's Diningというな~んと!韓国料理屋さんでのジャズライブ。
この組み合わせも中々無いのでおもしろいなあと思いながらお店にいくと入り口で
平田フミトさんがおしゃべりしていらっしゃる。

実は彼は大学のジャズ研の後輩に当たり、今は立派なミュージシャンとして活躍しているものの大学時代の上下関係は死ぬまで普遍的なものなので、失礼ながら一リスナーの私の
ほうがデカイ態度で挨拶してお店に入っていったのでありました。

店内は満員で30人が限界というくらいのカウンターとテーブルのお店。

立派なグランドピアノが置かれており、店主の音楽への気合の入りようが伺えます。

クリシュナ君がベジタリアンだということを話したら、気を利かせてくれて肉抜きチヂミ、
卵抜きビビンバなど作ってくれたので大変助かりました。

ライブが始まるまでビールで乾杯し、三渓園での疲れを癒します。

午後7時半ころトリオの登場。
メンバーは平田フミト(P)中村健吾(B)高橋徹(Ds)

スタートはなんだったっけ?何かスタンダードナンバーだったような・・・(失礼)
平田フミトさんのピアノはラテンジャズで有名ですが、スタンダードの演奏もいいんですよ。

今回はリズム隊の二人との呼吸もぴったり!

比較的手数の多い平田君のピアノの音をかいくぐるように鋭くリズムを刻むベース。
タイトで無駄の無い音数でサポートするドラムスとバランスが非常に良い。

スタンダードに続きラテンの名曲「サンバなんとか・・・曲名忘れた」(失礼)や珍しいボサ・ノバでの「酒バラ」、ワタクシの大好きな「ドルフィン・ダンス」、ハイテンポでの「アンソロポロジ
ー」など曲を追うごとに演奏は熱くなり熱気ムンムン!バリエーション豊かに聞かせてくれました。

どの演奏も質は高く、大満足です。一部が終わったらクリシュナ君が写真を撮りたいとい
うので平田さんにお願いしてメンバーから許諾を受け第二部の始まり。

二部は、さらに熱い演奏が繰り広げられました。

中でも印象に残るのは平田さんのオリジナル「月となんとか・・・」(忘れたごめん!)と超ハイ・テンポでの「ナイト・イン・チュニジア」

「ナイト・イン・チュニジア」ではベースのカデンツァがすばらしかった。
ピアノから振られると迷うことなく素早く弓を取り出し、ハイ・テンポのカデンツァをアルコで縦横無尽に弾きまくる。

あるときは強くある時はやさしく、そして早く、そして絶妙の間を取り。思わず目頭がジ~ンと熱くなって今いました。ベースのソロで泣いたのって始めてかも。
最後はアンコールで「グレイター・ラブ」を楽しく締めくくりのりのりライブは終了。

いやあ、良かったです。
ついでにメンバー三人並んでいただきクリシュナ君がパチリと一枚。
そのままCDのジャケットになっちゃうような写真を撮って、メンバーと握手をしました。

クリシュナ君も感動したらしく「一生忘れない」って握手しながらメンバーに語りかけていました。
ワタクシもメンバー全員にご挨拶と握手を交わし、今日のこの日の出会いに感謝したのでありました。


ジャズ・ファンのみなさん!平田フミトさん、いやワタクシから見ると平田君なんですが、
にご注目を!ライブスケジュールは彼のブログで見ることが出来ますよ。

今すぐ「平田フミト」 で検索!You-Tubeでも沢山出てきます。

ちなみに4月29日には山手の WARANE(わらね)というお店で珍しい彼のソロライブがあります。
チャージは2000円だったかな?リーズナブルなので一見の価値あり。
この日弾くピアノもドイツ製のベヒシュタインというすばらしいピアノだそうでそちらにも注目です。
カトマンズのカメラマンはまさか日本に来てジャズ・ミュージシャンと出会うなんて夢にも見ていなかったろうなぁ、逆もまたしかり。私にとってもすてきな出会い。

出会いは偶然で突然でそしてそれは永遠のつながりに変わっていきます。
明日もまた、すてき出会いがあるといいな。

などと、感傷にふけりながら、土曜の夜11時の福富町の怪しく輝くネオンの下を家路に着いたのでありました。



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2014年4月22日 (火)

ぶらりワン・デイ・トリップ@鎌倉・七里ガ浜

お天気がいいのでちょっと鎌倉へ、なあんていうことが出来るのが数少ない横浜に住んで
よかった!と思える時ですね。
我が家から鎌倉までは電車とバスを使うと一時間弱でいけるんです。

そんなわけで、今回はネパール人カメラマン、クリシュナ君を案内して鎌倉への一日旅行です。

午前9時過ぎに家を出て10時頃到着。
まずは小町通をぶらぶらしてみやげ物屋さんなんかを覗き込んでいたら、いきなり目に入ったのが鎌倉彫のお箸半額セール。

今、家で使っているお箸は上海万博の時に上海で買ってきたシロモノなのですが、いい加減くたびれてしまっていたのでチャンスと思い夫婦箸を購入。クリシュナ君にもマイ・チョップスティック用に購入してあげました。

着く早々いきなりお土産を買って、いざ鶴岡八幡宮へ!

鎌倉に来たらここは押さえておかないとちう場所ですが、当日は階段を上がった所にある社で丁度結婚式が行われており、日本の古式ゆかしき結婚風景を見ることができていきなりラッキー!

神主さんを先頭に巫女さん新郎新婦、親御さん親族の方々と思われる方々の隊列に、古来よりの古楽器を使った三人編成の楽隊もついて、雰囲気を盛り上げてくれます。
日本人の私でも、こんなに格式の高い結婚式を見るのは初めてだったので、カトマンズ育ちのクリシュナ君の目にはどのように映ったのやら。

Photo


クリシュナ君、大変喜んで写真を取りまくっていました。

儀式がを一通り見終わり、鶴岡八幡宮を後に若宮大路をくだり駅に戻ります。
途中、お腹がすいたのでベジタリアンのクリシュナ君に対応してくれそうなお蕎麦屋さんのメニュをみて入店。たけのこご飯とお蕎麦のセットをいただきました。

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食後は江ノ電に乗って大仏に向かいます。

長谷の駅を降り、週末の観光客でにぎわう通りを一路北上し大仏様へ。
木の枝の間から遠く大仏様の顔が見えてくるとクリシュナ君「ビューティフル」の連発。

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チケットを購入し中に入るとさらに「ビューティフル」の連発。
遠くから、近くから右から左から、あらゆる角度から大仏様を取りまくっていました。
まあ、仕事がカメラマンなのですから撮りまくるのは当たり前のことなんですが。

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彼の「ビューティフル」の声に、今まで大仏さんを見て美しいって感じたことはあまり無いなあ、なんて思いながら大仏さんの顔をじ~っと見ているとなんだかやさしくて穏やかな目元口元に心がなんとなく癒されゆったりとした気持ちに変わっていく自分に気づいたのでありました。
これまでは神聖、威厳というような言葉しか思わなかったので何かとても新鮮な思いで
大仏さんを見ることができて大満足。

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ほんのちょっとした視点を変えるだけで同じものもまったく異なったものに見えてくるもの
なのだなあ、とあらためて感じることができてクリシュナ君にちょっと感謝。

20円払って大仏さんの中まで入ってさらに色々と思いをはせつつ、次なるお寺長谷寺に
向かいました。

長谷寺では立派な観音様を初めとした多くの仏像を拝観。
撮影禁止のところが多いので写真は撮れませんでしたが、こちらもまた「ビューティフル」
でしたよ。

01_2


長谷寺はアジサイも有名なのでその時期に見せてあげたかったなあ、なんて思いながら
「この花は色が変わっていくんだよ」って、展示されていた写真を見て説明してあげると
大変強い興味を示しておりました。

当日は一部のツツジと牡丹が見ごろで花の写真も撮りまくっていましたね。

Photo_3


長谷寺からは鎌倉の海岸線も見えてこちらも山国ネパールのクリシュナ君には良かった
みたい。

海無し県埼玉育ちのワタクシには彼の気持ちが少し分かるような気がしました。


天気は今一で、雨が降り出しそうになってきたもののせっかくだからと浜辺に行ってみることにし、江ノ電にのって七里ガ浜へ。

浜辺に下りて波打ち際を江ノ島見ながら鎌倉高校前まで歩きました。

Photo_4


浜辺に落ちていた貝殻を拾ってあげたらクリシュナ君喜んでいました。

いい思い出になってくれたらいいな、なんて思いながら三度江ノ電に乗り夕暮れの湘南を
あとに帰路についたのでありました。




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